2人の恋人


 俺の存在って、一体なんだろう?
 ふと、頭をよぎってしまった考え。
 1度浮かんでしまったその考えはなかなか消えてはくれず・・・


 「あ、快斗♪」
 新一の家へ行くと、蘭が出てくるところだった。
「やっぱここに来てたんだ。どっか行くの?新一は?」
「新一はさっき、目暮警部に呼び出されて行っちゃった。わたしはこれからお隣に行くの」
「お隣?」
「うん。志保さんがね、おいしい紅茶を頂いたから一緒にどう?って言うから」
「志保さん・・・」
 その名前を聞いた途端、思わず顔が強張る。
 苦手なんだよなあ、あの人・・・。
「ね、快斗も行こう。わたしね、今日はチーズケーキ作ってきたの。一緒に食べよう?」
 いかにも楽しそうに、にっこりと満面の笑みを向けられては断るわけにも行かない。
 ま、蘭の誘いを断るなんて、出来っこねえけど。
 隣の阿笠邸に行くと、宮野志保と阿笠博士が出迎えてくれた。
「あら、あなたもいたの」
 志保さんが俺の顔を見るなり、目を細めて言う。
「・・・すいませんね、お邪魔して」
「別に。どうぞ蘭さん、上がって」
 俺から視線を外すと、蘭ににっこりと微笑みかけ、中へと促す。
 この人の、独特の雰囲気ってどうも苦手なんだよなあ・・・。


 新一の家へ行き来するようになってから、自然、顔をあわせるようになった宮野志保。妙に蘭のこと
を気に入っていて、突然蘭の前に現れた俺のことを胡散臭く思っているような・・・そんな思いが表情
にも表れているようで、俺を見る彼女の眼差しはどこか冷たく感じる。
 蘭は、「志保さんは優しい人だよ」なんて言うけどさ・・・。その台詞を聞いた新一の顔も複雑そう
だったしな・・・。
 とにもかくにも俺たち4人は同じテーブルに付き、蘭の作ってきたケーキと志保さんの入れてくれた
紅茶を頂くことにした。

「工藤君には残しておかなくて良いの?」
 小さな丸いチーズケーキをちょうど4つに切り分けた蘭の顔を見て、志保さんが聞いた。
「うん。実はもう一つ作ってきてたの。1つはここへ持ってこようと思ってて・・・」
「あら・・・ありがとう」
「ううん。いつも、お2人にはお世話になってるから」
 蘭が優しく微笑む。志保さんと阿笠博士は顔を見合わせ、うれしそうに微笑みあった。

 こういう時って、中に入っていけないよなあ。
 志保さんも、阿笠博士も蘭とはもう長い付き合いだ。俺の知らない3人のやり取りなんかもあるわけ
で・・・。こんなとき、どうしても蘭との間に距離を感じてしまう。
 愛しい蘭。誰よりも大切な存在。
 でも、蘭にとって俺は?一体どんな存在なんだろう。
 新一は、蘭の恋人だ。誰もが認めている2人。だけど俺は・・・?
 やっぱ、友達・・・かな。蘭が、俺のことも大切に思ってくれているのは知っているけど・・・でも、
恋人じゃない、んだよな・・・。

「快斗?どうしたの?食べたくないの?」
 いつの間にか思いにふけっていて、手が止まってしまっていた。心配そうに俺の顔を覗き込んでくる
蘭の視線にはっとする。
「あ、わりい。なんでもないんだ。ちゃんと食うよ、俺、チーズケーキ好きなんだ」
 いつものように、にっと笑ってケーキを口にすると、蘭もほっとしたように微笑んだ。
 一瞬、志保さんがちらりと意味深な視線を送ってきたが、気付かない振りをしてケーキに集中する。
「ホントに蘭君は料理が上手だのう。これならいつでもお嫁にいけるじゃろう」
 博士が、さりげなく言った一言が、俺の胸に響く。
 もちろん、博士は相手を新一と思って言っているのだろう。
 蘭が、頬を染める。
「そんなことないですよお」
「あら、もったいないくらいよ?工藤君にも、黒羽君にも・・・」
「へ?」
 突然自分の名前を言われ、思わず変な声を出してしまう。
 な、なに言い出すんだ、この人は―――!
 蘭は、というと真っ赤になって俯いている。
 ほら、蘭が困ってるじゃねえか・・・。
「突然何言うんですか」
「あら、不満だった?」
「べ、別に不満ってわけじゃあ・・・!」
 不満なわけねえだろお?相手が蘭ならいつだって大歓迎だけど、当の蘭が・・・
 チラッと蘭の顔を見ると、思ったとおり、真っ赤な顔のままチーズケーキを食べている・・・。
 それを見て、志保さんがクスリと笑う。阿笠博士はちょっと目をぱちくりさせていたが、肩をすくめ、
再びケーキを食べ始めた。


 ケーキを食べ終わり、志保さんが皿を片付けるのを俺が手伝う。蘭が腰を上げかけてたけど、俺がそ
れを押しとどめ、皿をもってキッチンへ行く。
「わたしに何か言いたいことでも?」
 シンクに皿を置くと、志保さんが俺のほうを見ずに言った。
「・・・あんまり、蘭を困らせるようなこと言わないでくださいよ」
 と、俺が言うと志保さんはクスリと笑い、
「あなたも、工藤君とおんなじね」
 と言った。
「へ?」
「蘭さんのこととなると、ポーカーフェイスが出来なくなる・・・。そうじゃない?」
 横目でちらりと俺を見やる。
「・・・否定はしませんよ。けど、俺と新一は違う」
「そう?」
「違いますよ、全然」
 志保さんから目をそらし、自嘲気味に呟く。
 あ、やべ、つい・・・
 最近ずっと、胸に渦巻いている想いが胸に迫り、つい言葉に表れてしまった。
「俺のほうが良い男だし?」
 慌てて、わざとおどけて見せる。けど、この人には通じないんだろうな・・・。
「・・・わたしは興味ないけど」
 しれっと言われ、「はは・・・」と乾いた笑いを零す。
「でも、意外だったわ。工藤君が、あなたみたいな人が蘭さんに近付くのを許すとは思わなかったから」
「・・・ま、許してるわけじゃないと思いますけど」
「でも、他の男の人との反応が明らかに違うもの。・・・さ、そろそろ行きましょうか。蘭さんがヤキ
モチを妬くといけないから」
「は?」
 今、なんかすごい台詞を聞いたような・・・
「ヤキモチ?」
「そうよ。蘭さんね、今でこそわたしと普通に話してくれるけど、工藤君が元に戻ってから暫くは、わ
たしの事を避けてたのよ」
「避けてた?蘭が?」
 それは、普段の蘭からはあまり想像出来ないことだった。
「ええ。わたしは、あの事件の関係者で、工藤君と同じ境遇になっていた・・・。蘭さんから見れば、
わたしと工藤君が特別な関係に見えたんでしょうね。わたしと工藤君が、事件の話をしたり、工藤君が
1人でここへ来たりしていると、すごく心配していたわ」
 そうか・・・。つまり、志保さんに対して嫉妬していたわけだ・・・。
「やっと普通に話してくれるようになったのは、2人が恋人同士という関係になってから。工藤君のこ
とを信じられるようになったからでしょうけど・・・。嬉しい反面、少しつまらない気もするわね」
 ふふ、とちょっと意地悪な笑みを浮かべる。
「だから、こんなとこであなたとわたしが2人で話していたら、蘭さんがヤキモチを妬くかも」
「それはないと思うけど・・・」
「あら、そう?」
 志保さんが少し意外そうな顔をする。
 そりゃ、ヤキモチ妬いてくれたりしたらうれしいけどさ・・・。俺はまだ、蘭にとってヤキモチを妬
いてもらえるような存在じゃないんだよな。
「ま、いいわ。もう行きましょう」
 志保さんはちょっと肩をすくめるとそう言って、さっさとキッチンを出て行った。俺もその後に続く。


「あら、博士は?」
 部屋に戻ると、蘭だけがいすに座ってテレビを見ていた。
「あ、さっき地下の研究室に行くって・・・」
「また?仕様がないわね・・・。わたしもちょっと行ってくるわね。蘭さんたちはゆっくりしていって
ね」
 志保さんはそう言って微笑むと、部屋を出て行った。
 俺は蘭の隣に座ると、残っていた紅茶を飲んだ。
 と、なぜか俺の顔をじっと見つめている蘭に気付く。
「?どした?」
「あ・・・ううん。志保さんと、何話してたのかなって・・・」
「別に、たいしたことじゃねえけど・・・なんで?」
 そう聞くと、蘭はちょっと首を傾げて、
「えっと・・・。最近、快斗も志保さんと仲良くなったなあと思って」
 と言ったから、驚いた。
「は?俺と志保さんが?何言ってんだよ」
「だって・・・良く、2人で難しい話してるじゃない。わたしには良く分からないような・・・」
 拗ねたように言う蘭に、俺は首を傾げる。
 そんな話したことあったっけ?
「良く覚えてねえけど・・・。別に、仲良くなったわけじゃねえよ。志保さんにとっちゃ、俺って蘭の
おまけみたいなもんだろうし」
「おまけ?」
 きょとんとして、俺を見上げる蘭。
 あ、可愛い・・・。この角度に、弱いんだよなあ。
「そ。志保さんは蘭と話せるのを楽しみにしてるんだよ」
「そ、そうかなあ」
 ちょっと照れたように首を傾げる仕草が、また可愛い。
「でも、最初の頃に比べたら志保さんと快斗、仲良くなったよ。2人とも頭良いから、気が合いそうだ
し・・・」
「そおかあ?」
「うん。なんか、時々2人の会話に入っていけないことあるもん。そういう時って・・・ちょっと寂し
いっていうか・・・悔しいっていうか・・・自分が嫌な子に思えちゃったりするの」
「嫌な子?」
 何言ってるんだ?蘭。蘭が嫌な子のわけねえじゃん。
「うん。だって・・・。わたしはヤキモチとか焼けるような・・・そんな、彼女みたいなこと言っちゃ
だめじゃない?彼女っていえるような立場じゃないのに、そんな・・・」
「ちょ、ちょっと待って!」
 蘭の台詞を、慌てて遮る。
 今、なんてった?ヤキモチって、そう言ったか?彼女みたいなって?
「蘭・・・もしかして、妬いてくれてたの?」
 そう聞くと、途端に真っ赤になる蘭。
「だ、だから、わたしはそんなこと言えるような・・・」
「妬いてたの?」
 もう一度畳み掛けるように聞く。と、真っ赤になりながらも、小さく頷く蘭。
 うあ〜〜〜〜〜、まじ・・・?
「ご、ごめんね。ずうずうしいよね、こんなの・・・・」
 言いかけた蘭の体を、ぎゅうっと抱きしめる。
「か、快斗?」
「すっげえ嬉しい!蘭が、ヤキモチ妬いてくれるなんて・・・すげえ、嬉しいよ」
「快斗・・・でも、わたし・・・」
 おずおずと離れようとする蘭の唇に、素早くキスをする。不意打ちを食らって、目を見開く蘭。
 そんな蘭を優しく見つめて
「良いんだよ」
「え・・・・・」
「俺が、望んだんだから。蘭に新一っていう恋人がいても、それでもいいって望んだのは俺だから・・
・。だから、蘭が罪悪感を感じる必要なんてどこにもないんだ」
「でも・・・」
「蘭、蘭さえ良ければ俺のこと2人目の恋人だと思ってくれよ」
「2人目の・・・?」
 きょとんとして、首を傾げる蘭。
「そう。『大切な友達』っていうのも良いけどさ。やっぱ俺としては恋人って言ってもらったほうが嬉
しいし。『恋人』だったらヤキモチ妬いたって良いわけだろ?」
「そ、それは、でも・・・」
 困ったように、視線を彷徨わせる蘭に、もう一度優しいキスを送る。
 そこへ・・・
「な〜〜〜にやってんだよっ、おめえらは!」
 入って来たのは新一。
 気配に気付いていた俺は、新一を見てにやりと笑う。
「し、新一!」
 蘭は真っ赤になって新一を見ている。でも、俺から離れようとはしない。
 蘭・・・良いんだな。
 俺が蘭を見つめると、蘭も俺を見上げて、少し恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
「だ〜〜か〜〜ら〜〜、な〜〜にしてんだよ、おめえらはっ」
「っせ〜な〜、せっかく2人きりで愛を深めてたのに、邪魔すんじゃねえよ」
「何が愛だよ!蘭、快斗から離れろ!」
「え・・・」
 新一に言われ、離れようとする蘭の肩を、ぐいと思い切り引き寄せる。
「ふん、はなさねえよ。蘭は俺にとっても恋人だからな!」
「な・・・!」
 絶句する新一。蘭は真っ赤になっている。
「・・・お取り込み中悪いんだけど、人の家でもめるの止めてくれる?」
 と、後ろから聞こえてきた声に振り返ると、志保さんが冷めた目で俺たちを見ていた。
「志保さん!」
「・・・蘭さん、いいの?」
「え?」
「この我侭な2人が恋人じゃあ、苦労するんじゃない?」
 志保さんの一言に俺と新一の眉がピンとつり上がる。
「苦労なんてさせねえよ」
 と新一。俺も、
「そうそう。蘭を悲しませるようなことは、ぜってえしねえから」
 と言い放つ。
 志保さんはちょっと肩をすくめると、蘭を見てふっと優しい笑みを漏らし
「だったら、蘭さん、もし2人があなたを悲しませるようなことをしたらわたしのところへいらっしゃ
い。わたしがあなたを守ってあげるから」
 と言った。
 これには俺も新一も(んなあぶねえことさせられるか!)と思ったが、蘭はいたく感動したようで、
瞳をうるうると潤ませ、
「ありがとう、志保さん」
 と言って満面の笑みを浮かべたのだった。

 恋人になれたのは良いけれど。まだまだ安心できねえな。この状況じゃ・・・
 蘭に気付かれないように、そっと溜息をつき、ふと後ろの新一を見ると・・・やはり不貞腐れた顔の
新一が、俺の視線に気付き、肩をすくめて見せた。
 
 ―――まだまだ、勝負は、これから、か・・・?

 負けるつもりはないけれど・・・とりあえず、蘭が笑っていてくれるなら、今はこれだけで満足しよ
う。1歩1歩ゆっくりと・・・前に進んで行ければ、それで良い・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 突発的に、どうしても書きたくなってしまった快蘭新。このシリーズを書いてるとすごくリラックス
できる感じがするんですよ。ずっと書きたくってうずうずしてたから・・・。新蘭も好きだけど、やっ
ぱり快蘭新かなあ、とか思ったり・・・。書くごとに、3人の中に進展があると楽しいかなと思ってま
す。この次のお話ではどうなるか?まだわたしも考えてませんが・・・明るいお話にしたいと思ってま
す。それでは!