ヒ ミ ツ



 「は!?蘭がいなくなったァ!?」
 新一が突然大声を上げ、周りにいた人々が新一を白い目で見る。
「ちょ、ちょっと新一君、声大きいわよ!」
 そのこが慌てて周りをきょろきょろしながら声を潜めるが、新一はそれどころではない。
「いなくなったってどういう事だよ!?園子!」
「だからァ、恭子がジュースでも飲みたいねって言い出してェ、蘭が、ちょうどコンビニに行く用事が
あったから買ってきてやるって言ったのよ。で、すぐそこのコンビニに行ったんだけど・・・」
「帰ってこねえのか」
「そういうこと」
 園子がこくんと頷く。
 新一は頭を抱えた。
 ―――ったくゥ、何やってんだよ、あいつは。
「ごめん、新一君。あの子が方向音痴だって分かってたんだけど・・・まさかすぐそこなのに、迷うな
んて思わなくって・・・」
 園子の言うことはもっともだった。何しろ、園子らの泊っている旅館からそのコンビ二まで、ほんの
50メートルほどしか離れていないのだから・・・。
 新一達は帝丹高校の修学旅行で、京都に来ていた。新一、蘭、園子は同じグループで、1日目、2日目
と無事に楽しく旅行をしていた。そして2日目の夜、グループで行動するという制限つきで、自由行動
が許されている。新一達も7時にグループ全員で集まり、夜の京都に繰り出すはずだったのだが・・・
「あいつの携帯は?」
「わたしが持ってる。あの子、すぐ戻るからって言って、置いてっちゃったのよ」
 新一はハアッと溜息をついた。
「―――とにかく、探しに行かないと・・・。園子、オメエはみんなと一緒に行動しろ。バラバラにな
るのはまずい」
「新一君は?」
「俺は、前に事件がらみでこっちに来たことあっから大丈夫だよ。―――何かあったら、携帯に電話く
れ」
「うん、分かった。気をつけて―――」
 と、園子が全部言い終える前に、新一は走り出して行ってしまったのだった・・・。
「はや・・・。蘭のこととなると、ホント、人変わるわね」
 と園子は呆れたように言ったが、すぐに
「おっと、わたしも行かなきゃ」
 と言って、旅館のロビーに集まっていた同じグループの仲間の所へ駆けて行った。
 いなくなった、と入ってももう小さな子供ではないのだから、それほど心配しなくても・・・と思う
のだが、新一の心配はそれとは違う所にあって・・・。
 ―――あいつを1人で歩かせたりしたら、ゼッテ―ナンパされんじゃねーか!
 というわけで・・・。蘭をナンパ男たちから守るべく、必死に探し回るのだった・・・。


 「は?青子がいない?」
 快斗が、素っ頓狂な声をあげる。
 こちらは、やはり京都に修学旅行にやって来た快斗達江古田高校の生徒たちが宿泊している旅館。
「そうなのよ。“トイレに行ってくる”って行って1人で出てったきり・・・。もう集合時間なのにィ」
 と困った顔で言うのは、青子の親友恵子だ。
「ったく、しょうがね―なァ、あいつは・・・。分かった、ちょっと俺その辺探してくっから、オメエ
らもうちょっとここで待ってろよ。まだ集合時間までに5分位あんだろ?」
「うん、そうね。分かった」
「じゃあな」
 快斗はひらひらと手を振って、外へと出て行った。

 
 「っとに世話の妬ける奴だなあ。高校生にもなって迷子になるなっつ―の」
 快斗はぶつぶつ言いながら、夜の京都の町を歩いていた。
「離してください!」
 ―――あん?
 突然聞こえてきた女の声。快斗が足を止め、声のしたほうを見ると―――。繁華街を少し外れた暗く
細い横道に、女子高生と、3人の男たち―――。
 ―――!あの子は・・・
 それは、見覚えのある女の子だった。艶やかな長い黒髪、大きな瞳の可愛い顔立ち、すらっとした体
躯のその女子高生は・・・。
 ―――毛利蘭、だったか・・・。工藤新一の彼女じゃねえか。何でここに?あいつらも修学旅行か?
 いかにも柄の悪そうな3人の男たちは、しつこく蘭に絡んでいる。
「そんなつれないこと言わんで、まあ付き合えや」
「ここらの楽しいとこ教えたるさかい、な」
「ねーちゃんみたいなベッピンさん、1人であるいとったら危険やろォ?」
「オメエらのほうがよっぽど危険だろうが」
 いつのまにか、男たちのすぐ後ろに立っていた快斗が低い声で言った。
「うわっ、なんじゃおまえ」
「いつの間に―――なんや、このねーちゃんのこれか?」
 男が、いやらしい笑いを浮かべ、親指を立てる。
「オメエらの知ったこっちゃね―よ。良いからその手、離せよ」
 蘭の手を掴んでいた男の手を捻り上げる。
「いてェ!何すんねん、このどアホ!」
「アホにアホって言われたくねーよ!と」
 言いながらその男を突き飛ばし、そばにいた男にぶつけ2人一緒にその場に倒れた。
「や、やろォ」
 もう1人の男がちょっと怯んだ隙に、快斗は蘭の手を取り、走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
 蘭は驚いて目を丸くしている。
「良いから走れ!」
 快斗に怒鳴られ、蘭は追求を止め、素直に走り出した。
「ま、またんかい!」
 後ろのほうで男の声がしたが、2人とも構わず走りつづける。
 人通りの多い、明るい通りまで出てようやく快斗は足を止めた。
 さすがに蘭はまだ呼吸が整わず、肩で息をしている。
「だいじょうぶか?」
 と快斗が聞くと、蘭はこくんと頷いた。
「ありがとう、助けてくれて」
 と言って、ニッコリ笑って顔を上げ、快斗を見るとちょっと目を丸くした。
「あ、あなた―――」
「え?」
 快斗はドキッとした。―――ばれてはいないはずだが。以前、蘭に変装した怪盗キッドが自分だとい
うこと・・・。
「何?」
「あ―――ううん、ちょっと知ってる人に似てたから・・・。あの、あなた、東京の人・・・?」
「ああ。江古田高校の3年。修学旅行で来てるんだ。おたくもだろ?」
「うん。わたしは帝丹高校。あの、名前聞いても良い?わたしは毛利蘭」
「俺は黒羽快斗。よろしくな」
「よろしく!さっきは本当にありがとう。助かりました」
 ふわり、と微笑む。快斗は、ちょっと赤くなって目を逸らした。
 ―――可愛いじゃん・・・。あいつらが騒ぐのも頷けるな・・・。
 快斗は、蘭が新一の彼女であるということ以外でも蘭のことを知っていた。
 それは以前、空手部の連中が話しているのを偶然聞いて―――。

 「なァ、今度の大会、カメラ持って来いよ」
「分かってるって。毛利蘭の写真、取るんだろ?」
 その言葉に、快斗はふとそちらを見た。
 ―――毛利蘭って、あの毛利蘭?
「毛利?」
 と、快斗は思わず言った。
 話をしていた空手部の男が快斗を見る。
「なんだよ、黒羽、知ってんの?」
「あ、いや・・・聞いたことがあるような気がして・・・」
 と、あいまいに誤魔化す。
「ふーん?彼女、去年の空手の都大会で優勝したんだけどさ、すげー可愛くって、ちょっとしたアイド
ルなんだぜ、空手界の」
「へェ、そんなに可愛いんだ?」
「可愛いし、きれいだし、強いし、な。今回最後の大会だから、ばっちり写真とっとかないと!」
 妙に気合を入れて話をしている連中を見て、
 ―――オメエら、気合入れるところが違うだろ・・・
 と思ったのだった。


 「こんな夜に女の子の1人歩きは危ないぜ?」
 と、快斗が言うと、蘭は恥ずかしそうに笑った。
「そんなか弱くもないけど・・・一応空手やってるし。でも、あそこで空手技使ったらまずいものね」
「停学になるとか?」
「それくらいなら良いけど・・・。今後、修学旅行で夜の外出禁止、とかになったらいやだし」
 快斗はちょっとビックリした。停学を“それくらい“と言ってしまうのもすごいが、そんなことを考
えて、空手技を出さなかったのか・・・。
「けど、何で1人で?」
 と快斗が聞くと、
「それが・・・なんか、道に迷っちゃったみたいで・・・」
 頬を赤らめてそう言う蘭。
 ―――こっちも迷子かよ。
 と思ったとき、快斗の携帯電話が鳴り出した。
「おっと。―――もしもし―――は?いた?どこに?―――裏口に行ってたァ?何で・・・」
 電話をしてきたのは恵子。迷子になったと思っていた青子が、実は何を勘違いしたのか、裏口に行っ
ていたとのこと。
「―――ったく・・・え?俺?あ―、今ちょっと離れちまってるな―――いいよ。オメエらだけで行っ
てろよ。俺はあとで合流するから。―――じゃあな」
「―――友達を探してたの?」
 快斗が電話を切ると、蘭が言った。
「ああ。ちゃんといたみてーだけど。―――なァ、え―と、毛利さん、携帯電話持ってね―の?」
「うん。実は、友達に預けたままなの。すぐに戻るつもりだったから・・・」
「じゃ、俺の貸してやるからさ、電話してみろよ。友達が心配してんじゃねーの?」
 と言って携帯電話を差し出すと、蘭はニッコリと笑って、それを受け取った。その笑顔を見て、思わ
ず頬を染める快斗。
 ―――なんつー無防備な・・・。あいつも苦労するな・・・。
「―――もしもし、新一?」
 電話した先は、やはり新一。
「蘭!?オメエ、どこにいんだよ!?」
「ご、ごめ・・・道に迷っちゃって・・・」
「知らねー土地で1人歩きなんかすっからだよ。ったくゥ・・・で、大丈夫なのか?」
「う、うん」
「今、どこに―――」
 と言いかけ、新一は突然言葉を切った。
「新一?」
「・・・オメエの携帯、園子が持ってんだよなァ」
「あ、うん。だからなかなか連絡できなくって・・・」
「んなことは良いけど、今、どっからかけてる?公衆電話じゃねーだろ?」
「うん、えーと・・・」
 蘭はちょっと詰まった。変な男たちに絡まれたことを話すと、新一はすごく心配するだろう。でも、
今快斗といることをどうやって説明しよう?
 と思って黙っていると、快斗が声をかけてきた。
「何?彼氏にかけてんの?」
 その声は、新一にも聞こえ・・・
「―――おいっ、今の誰だ?」
「え、あ、え―と、あの、黒羽くんっていって、その、さっきちょっと・・・知り合って」
「知り合ったってなんだよ?どうしてそいつとオメエが一緒にいんだよ?」
「えっとォ、実はさっき変な人たちに絡まれて・・・で、助けてくれたのが黒羽くんで・・・」
 後ろで、快斗がニヤニヤと笑っていた。
 ―――くくっ、おもしれー。あの名探偵も彼女のことになると必死だな。
 新一が大きな声を出すので、快斗にも聞こえるのだ。
「―――で?今、どこにいんだよ?」
 新一がイライラと言う。
「どこって―――どこだろ?黒羽くん、分かる?」
「ん―?俺もよくわかんね―けど・・・蘭ちゃんが泊ってるとこってどこ?」
 新一に聞こえるように、わざとなれなれしく名前を呼んでみる。
「―――おい、蘭、そいつと電話変われよ」
「え?でも―――」
「俺がそいつと話すから」
「う、うん・・・」
 蘭は戸惑いながらも、携帯を快斗に渡した。
「もしも―し」
「・・・気安く蘭に話しかけんじゃね―よ」
 ―――いきなりそれかよ。
 快斗はちょっとムッとして顔を顰める。
「だって話さなきゃ道教えらんね―だろ?」
「俺が聞く。俺がそっちに行くから、場所教えろよ」
「・・・でもなァ、俺もこの辺よくわかんねーし。説明ってもな―、けっこー賑やかなとこにいっけど
・・・」
「賑やか?」
「ああ。そーだ、オメーらも今、自由行動の時間なんだろ?俺もそーだし、ちゃんと時間内にそっちの
旅館、送り届けるからさ、それまで俺ら2人、別行動してるってのは?」
「はあ?何言ってんだ、てめえ」
「え?黒羽くん?」
 快斗の言葉を聞いて、蘭も戸惑う。
「だって場所説明すんの面倒くせ―しさー、旅館の名前が分かればタクシーですぐに帰れっけど、それ
からまた出かけたら時間ね―じゃん。もったいね―だろ?」
「勝手なこと言ってんじゃねーよ!さっさとタクシー拾って蘭を返せよっ」
「ひで―言い方。蘭ちゃん助けたの俺だぜ?なァ?蘭ちゃん」
 そう言って蘭に向かって微笑みかけると、蘭も思わず、
「え、うん、そうだね」
 と応えてしまう。
「つーわけで、どうしても心配なら探し当ててみろよ。それまで俺は蘭ちゃんと夜の京都を満喫してっ
から」
 そう言い放つと、快斗はさっさと電話を切ってしまった。
「あッ、おい待て!このヤロ―!」
 新一は慌てて声をかけたが、電話はもう切れてしまっていた。
「ちっ」
 かけ直したくても、相手の番号は非通知になっていて、かけ直すことが出来ない。
「―――探すしかねーな」
 新一はそう呟くと、夜の町を走り出した。
 ―――あのヤロォ、なめやがって!もしも蘭に手ェ出しやがったら、ぶっ殺してやる!!


 「あの・・・黒羽くん・・・?」
 蘭が困ったような顔をして快斗を見る。
「あ、ごめん。迷惑・・・だった?」
 新一の言い草に腹が立って、思わずあんなことを言ってしまったのだが、蘭は困ってしまうだろう。
 実際なんでそこまで腹が立ったのか、自分でも分からなかった。最初、おもしろ半分に奴を挑発した
のは確かに自分だけれど。その後の“蘭は自分のもの”と思っているのがありありと分かる新一の発言
に、なぜかすごく腹が立ったのだ。
「迷惑ってわけじゃ・・・。でも黒羽くんも、これから友達と合流するんじゃないの?わたし、タクシ
ー拾って、1人で帰るから・・・」
「え、待ってよ。それじゃ遊ぶ時間、なくなんだろ?」
「わたしが勝手に迷っちゃったんだもん。仕方ないよ」
 ちょっと恥ずかしそうに、小首を傾げて笑う、その顔がすごくきれいで・・・快斗の胸が高鳴る。
 ―――ここで分かれて、それっきり・・・?んなの・・・冗談じゃねーぞ。もっと一緒にいたい。も
っと・・・知りたいんだ、蘭ちゃんのこと・・・。
「黒羽くん?」
 何も言わない快斗を、蘭が不思議そうに見る。
「あの・・・あ、そうだ。助けてもらったお礼、したいんだけど・・・」
 何が良い?と微笑む蘭を見て、快斗はちょっと考え口を開いた。
「―――なんでもいいの?」
「うん。そんなに高いものは買えないけどね」
「・・・じゃ、一緒にお店に行こうよ。そこで選ぶからさ」
「え、でも・・・」
「それ終わったら、タクシー捕まえてあげるよ。なら良いだろ?」
 ニッコリ笑う快斗につられ、蘭も笑う。
「敵わないなあ、黒羽くんには」
「・・・できれば、名前で呼んで欲しいんだけど」
「え?」
「快斗で良いよ。俺も、蘭ちゃんて呼ぶし」
 人懐っこく笑う快斗に、蘭も自然に気持ちが軽くなる。
「うん。じゃ、快斗くん、どこのお店に行く?」
「さっき、向こうのほうで見たお店、結構センス良さそうだったから、行ってみようぜ」
「うん」
 2人一緒に歩き出す。
 そして歩きながら快斗は気づいた。さっきから、蘭のことを見てる男の多いことに・・・。すれ違っ
たり、追い越していく男のほとんどが蘭を見ていくのだ。本人が、それに気付いている様子はないが・
・・。
「すげーな・・・」
 と思わず呟くと、蘭がキョトンとして、
「え?何が?」
 と、目をぱちくりさせる。そんな表情も可愛くて、快斗は目を奪われる。
「視線・・・気になんない?」
「え?誰の?」
 と、蘭はきょろきょろしている。
「誰って・・・え―と・・・」
「もしかして女の子?快斗くん、かっこいいもんね」
 とニッコリ笑われ、思わず赤面してしまう。
 ―――参ったな・・・。この子の前じゃ、ポーカーフェイスなんてできねーよ・・・。
「や、ちがくって・・・。ま、わかんないなら良いんだけどさ」
 と、ぼそぼそ呟く快斗を、不思議そうにキョトンと見つめる蘭。
 ―――まるっきり自覚ね―な・・・。そんな目で見られたら、緊張するっつーの・・・。


 おしゃれな文具や小物などが売っているこじんまりした店に2人で入る。男の子が持ってもおかしく
ないものがたくさんあって、店の中には男の子だけで来ている客もいた。
「へェ、おしゃれだね」
「だろ?さっき逃げてるときに見つけて、目ェつけてたんだ」
「あんなときに、良くそんな余裕あったね」
 と、蘭が目を丸くする。
 2人で店内を見て回る。京都らしい和紙で作られた小物がとてもきれいだった。
「あ、これ、いいな」
 快斗が手に取ったのは、紺を基調にした模様の和紙が張られたシステム手帳。
「わァ、おしゃれだね。快斗くんに合ってるかも」
「そォ?んじゃ、これにしようかな」
「良い?じゃ、買ってくるよ」
「あ、待って―――蘭ちゃんは何か気に入ったものないの?」
「え?わたし?―――そうだね、ここのもの全部素敵だけど・・・」
 と言って、蘭が視線を向けた先には、赤い和紙が張られた小さな可愛い手鏡があった。快斗がスッと
それのそばまで行くと、手に取った。
「へェ、可愛いじゃん。蘭ちゃんらしいな」
「え、そお?」
「うん、可愛いよ。これ、このポーチとお揃いじゃん」
 快斗はその隣にあった手鏡とお揃いのポーチを手に取った。
「あ、そうだね」
「―――な、これ、俺からプレゼントさせてよ」
 と快斗が言うと、蘭はえ!と驚いて、慌てて首を横に振った。
「そんな!わたしが助けてもらったお礼しようと思ったのに、そんなのもらえないよ!」
「俺が、プレゼントしたいんだ。それとも俺からじゃ受け取れない?彼氏に悪い?」
「え・・・そういうわけじゃ・・・」
 蘭が困ったように眉を寄せる。
「こんなとこで知り合えた記念。同じ都内の高校とはいえ、もう会えないかも知れないだろ?」
「う・・・ん・・・そうだけど・・・」
「だから。変な意味じゃなく、友達として、受け取ってくれない?」
 ニッコリ微笑まれて。他意のなさそうな快斗の笑顔に蘭も安心したのか、クスッと笑うと
「うん。じゃあ、せっかくだから・・・ありがと、快斗くん」
 そして、2人して店を出て歩きながら、プレゼントを交換した。
「サンキュ。大事にするよ、これ」
「こっちこそ、ありがと。大切にするね」
 微笑み合う2人。
 そろそろ別れの時間が迫っていた。なんとなく寂しくなり、口数が減る・・・。
「―――あのさ、蘭ちゃん」
 と、快斗が口を開いたときだった。
「蘭!!」
 という声が後ろから聞こえ―――
「新一!!」
 驚いて振り向く蘭。そこに立っていたのは新一だった。
「―――オメエが黒羽か」
 ずっと走って来たのか、肩で息をしながら新一が近づいてくる。
 ジロリと快斗を睨みつける。
「チェッ、もう見つかっちまったか」
 と、快斗が舌打ちする。
「テメエ・・・どういうつもりだ。蘭を引っ張りまわしやがって・・・!」
 噛み付きそうな勢いで迫る新一の前に出たのは、蘭だった。
「待って、新一。快斗くんはわたしのこと助けてくれたのよ。それに、元はといえば道に迷ったわたし
が悪いんだから・・・」
「蘭・・・」
「それに、わたし引っ張りまわされてなんかないよ?助けてもらったお礼がしたいからって言ったのは
わたしなんだから」
 その言葉に、快斗の方がビックリする。確かに間違っちゃいないが、タクシーで帰ろうとする蘭を半
ば強引に引き止めたのは自分なのに・・・。快斗は、自分を庇ってくれている蘭が、たまらなく愛しく
なった。
 新一は蘭の言葉を聞き、溜息をつくと、
「―――わあったよ。今回はそういうことにしといてやるよ。―――もう帰るぞ」
 と言って、蘭の手を取った。
「あ、うん。―――快斗くん、今日は本当にありがとう」
 蘭が快斗を見てニッコリ笑った。快斗はその笑顔にはっと我に帰り、
「あ―――待って」
 と言った。
「え?」
 新一がまた、ギロッと睨む。
 快斗はその視線に気付かない振りをして言った。
「―――最後に、握手しようよ」
 そう笑って右手を差し出すと、蘭もつられて右手を出す。
 快斗はキュッと、蘭の華奢な手を握る。
「―――じゃ」
 と言って、離そうとした蘭の手を、グッと自分のほうへ引き寄せた。
「キャッ!?」
「!!」
 当然、蘭の体は快斗の方へ倒れこみ、予測していなかった行動に、新一も思わず手を離してしまう。
 快斗は倒れこんだ蘭の体を優しく抱きしめ、素早く蘭の頬に掠めるようなキスをした。
「!!」
 途端に蘭の頬が真っ赤に染まる。それを見た新一は、ショックのあまり固まってしまった・・・。
 そして快斗は、唇を離した瞬間、新一に聞こえないくらいの小さい声で囁いた。
「今日はとても楽しかったですよ。ありがとう、素敵なお嬢さん」
「!!」
 蘭の瞳が大きく見開かれる。
 快斗が見事にウィンクを決め、パッと蘭から離れる。
 と、やっとそこで我に帰った新一は、
「て、テメエ!何しやがる!」
 と言って飛び掛ろうと腕を伸ばしたが、快斗はひょい、とそれをかわし、
「じゃあな、名探偵!また合おうぜ!」
 と言って、あっという間に走り去り、人ごみの中に消えてしまった。
 新一は、ちっと舌打ちし、蘭を見た。
 蘭はまだ瞳を大きく見開き呆然としていたが、ふいに、
「―――やっぱり、彼だったんだ・・・」
 と、小さな声で呟いた。新一は、顔を顰め
「今なんて言った?蘭」
 と言った。その声に蘭ははっとして、
「―――え?あ、ううん。なんでもないの―――。新一、ごめんね心配かけて」
 と言って笑う蘭は、いつもの蘭で・・・新一は気が抜け、怒る気が失せてしまった。
「―――や、良いけどよ・・・。もう自由時間、終わっちまうな」
「うん。あ・・・ごめんね、新一まで何も出来なくなっちゃったね。それに園子達・・・」
「ああ、あいつらなら大丈夫だよ。さっき電話して、“蘭は見つかったから、オメエら適当に遊んでろ”
って言っといたから」
「そっかァ・・・」
「俺のことは気にすんな。―――オメエがいないなら、自由時間なんて意味ねーし・・・」
「え?」
 蘭がビックリして新一の顔を見ると、新一はちょっと頬を赤らめ、そっぽを向いていた。
 蘭は嬉しそうにニッコリ笑うと、
「―――ありがと、新一」
 と言った。新一はしばらく決まり悪そうに黙っていたが、ふと思い出したように、口を開いた。
「そうだ!あいつ、最後にオメエに何か言っただろ!?」
「え?あ・・・」
「なんて言ったんだよ?あいつ」
 新一が憮然として聞く。蘭はその言葉を思い出し、顔を赤くして新一から目をそらすと、
「・・・ないしょ」
 と言ったのだ。
「な!何でだよ?俺に言えないようなことなのか!?」
 新一が焦って問い詰めようとするが、蘭はスタスタと前を歩き、
「ね、もう帰んなきゃ。道、わかるんでしょ?歩いて帰ろう」
 と言って、行ってしまう。
「おい!待てって!―――なァ、教えろよ?なんて言ったんだよ?」
「あ、そういえば、快斗くん江古田高校って言ってた。同じ都内だし、また偶然会ったりするかもね」
 ―――会いたかねーッつーの!何でそんなに嬉しそうに言うかな?
 ヤキモキしながら自分の後を着いて来る新一をチラッと見て、蘭は新一に気付かれないようにぺろっ
と舌を出した。
 ―――ごめんね新一。でも言えないよ。名探偵っていわれる新一だったら、きっとわかっちゃうもの。
快斗くんが何者かってこと・・・。だからこれは、わたしと快斗くんだけの秘密・・・。ね、快斗くん。
 そのころ快斗は、と言えば、実はまだ2人の側にいたりして・・・。
 ―――おーおー、妬いてる妬いてる。ケケ、おもしれー。・・・けど、やっぱ気付いてたんだな、蘭
ちゃん・・・。ま、いっか。彼女なら他人にばらしたりすることもなさそうだし・・・。そうだ、今度
また、キッドの格好でもして会いに行こうかな・・・。
 あの天使のような微笑を、もう一度見たくって・・・。今度会った時のことを想像して、1人顔をほ
ころばせる快斗だった・・・。





                                                                                   fin.
この作品は、リクエスト権を取得してくださったもえ様のリクエストによる作品です。
新蘭快の修学旅行というリクエストだったんですけど・・・。ごめんなさい。
あんまり修学旅行って感 じしないですね。新一の出番少ないし・・・。ホントすいません。
これに懲りず、また遊びに来てくだ さいね・・・。感想お待ちしております〜。