*** Summer vacation 〜総つく〜 ***


 「昨日、誰と一緒にいた?」

 講義の途中。
 突然現われた西門さんに連れられ、狭い資料室に連れ込まれる。
「は?誰とって・・・・・」
 てか、怖いんですけど。
「バイト、休みだったって聞いてねえぞ。しかも携帯にも出ねえ」
「あ・・・・・充電、切れちゃって」
「・・・・・夜はどこにいた?」
「へ・・・・・」
「ずっと、お前の家の外で待ってたんだよ。車の中でまるで刑事ドラマみてえにコーヒー飲んで」
「それは・・・・・ご苦労様」
「家にも帰らず、そのままご出勤?いつからそんな不良になったわけ?つくしちゃんは」
「てか、出勤じゃないし・・・・・」
「話を逸らそうとしても無駄。質問に答えろよ。誰と、どこにいた?」

 壁に追い詰められて、絶体絶命ってこういうこと言うの?
「言っても・・・・・・怒らないって約束して」
「要するに、俺に怒られるようなことだと」
「そうじゃないけど。最後まで、ちゃんと聞いてって言ってるの」
「―――わかった。じゃ、俺が納得できるように話してみ」
 西門さんに促され、あたしはひとつ息をつき、話し始めたのだった・・・・・。


 事の起こりは昨日の大学の帰り。

 一度家に帰ってからバイトへ行かなくちゃならなくて、ちょっと急いでた。
 そこへ現われたのは、自ら車を運転していた花沢類だった。

 「牧野!」
「類?どうしたの?」
「ちょっと、乗って!」
「は?あたしこれからバイトが―――」
「いいから早く!」
 そのまま車の中へ引っ張り込まれ、急発進させられ、あたしはひっくり返りそうになる。
「きゃあっ、ちょっと類!いったいどういうことか説明してよ!」
「ちょっとだけ、付き合って」
「は?どこに?」
「島」
「島ぁ?」


 連れて行かれたのは、花沢の所有している小さな島で。

 「・・・・・で?ここで何すればいいの?」
 もうバイトどころじゃない。
 あたしはすっかり諦めモードで、砂浜でリラックスしている類に聞いた。
「何も。一緒にいてくれればいいよ。明日の朝にはちゃんと大学まで送り届けるから」
「明日の朝!?」
「だって、もう夜だし」
「しれっと答えないでよ!どういうことかちゃんと説明して!」
「両親が、来てるんだ」
「は・・・・・?どこに?」
「うちに。だから、帰りたくない」
「ちょっと待って。類が帰りたくないからって何でそれにあたしが付き合うの?しかもこんなとこで!」
「婚約しろって言われたんだ」
「婚約・・・・・」
 ジュニアなら、珍しい話でもないんだろう。
 以前、あたしも道明寺に婚約しようと言われたことがある。
 だけどあたしは今、西門さんと付き合ってる・・・・・。
「俺はまだ、そんな気ない。だから、両親に言ったんだ」
「なんて?」
「好きな子がいるって」
「ちょっと待って・・・・・それ、まさか―――」
「うん、牧野のこと」
 にっこりと、天使の微笑。
 だけど、それを笑って許せるほどあたしもおめでたくはない。
「何でそんなこと!」
「婚約の話断るための口実だよ。でもさすがに俺の話をそのまま信じるような両親じゃなくてさ。証拠を見せろって言うんだ。その『好きな子』と真剣に付き合ってるのかって」
「・・・・・それで、こんな島に連れてきたの?」
「そういう事。一晩でも、こんな島に2人きりでいられるってのは特別な感情がなきゃできない」
「強引に連れてきたんじゃない」
「そんな事情まで両親にはわからない。とにかく、一晩だけでいいから、付き合って。もちろん何もしないから」
 そう言って微笑む類に、あたしは深い溜め息をついたのだった・・・・・・。


 「で、類と一晩その島で過ごしたと」
 相変わらず西門さんの額には血管が浮かんでる。
「ずっと、砂浜でおしゃべりしてたの。朝になって迎えのヘリが来るまで・・・・・。その後は大学まで類に車で送ってもらった。それだけだよ」
「それだけ?他の男と2人きりで一晩過ごして朝帰りして、それだけ?お前、いつからそんなふしだらな女になったわけ?」
「ふしだら?そっちこそ、彼女に向かってふしだらって何よ!」
「類と2人きりで、本当に何もなかったってどうやって信じればいいんだよ!」
「だってしょうがないじゃない!いきなりそんなとこに連れてかれて、泳いで帰るわけにもいかないし、どうすればよかったのよ!」

 怒りの収まらない西門さんと、信じて欲しくても、その方法がわからないあたしと。
 しばらく睨み合いが続いた。
 そのとき。

 「牧野、総二郎、ここにいたの」
 資料室の扉が開き、当の類が顔を出した。
「類!てめえ!」
「牧野、昨日はありがとう。おかげで両親も納得してくれたよ。お礼に、これ」
 そう言って、いきり立つ西門さんを無視して類があたしに1つの封筒を渡した。
「何?」
「航空券。グアムのうちの別荘、使っていいから。夏休みに2人で行って来れば」
 そう言うと、類は涼しい笑顔で資料室を出て行ってしまったのだった・・・・・。

 残されたあたしたちは、なんとなく毒気を抜かれた気分で・・・・・・

 「どうする?これ」
 あたしの言葉に、西門さんは肩をすくめ、苦笑してあたしを見た。
「せっかくの好意だから、甘えさせてもらってもいいけど。お前が、良ければの話・・・・・」
「あたしが、断るって思ってるの?」
「いいや。けど、嫉妬深い彼氏といると苦労するかも知れねえぜ?まずは水着。俺以外のやつに見せたらただじゃおかないから、覚悟しとけよ」
 そう言っておどけると、唇に触れるだけのキスが落ちてくる。
「―――それじゃ海に行けない」
「大丈夫。あいつのとこ、プライベートビーチがあるから」

 用意周到。
 なかなかバイト付けの毎日から抜け出せないあたしを丸め込むための作戦だったんじゃないかって、疑いたくなるくらい・・・・・。

 でも、もしそうでも騙されてあげようかなって気になる。

 「西門さんが、あたしだけを見ててくれるなら、どこにでも行ってあげる」
 
 珍しく素直にそう言えば。

 少年のように、嬉しそうにはにかむ。

 「もう、俺の眼にはお前しか映ってねえよ」


 そうしてあたしたちは、2人だけのバカンスへと旅立った・・・・・


                                     fin.







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