レストランの客たちが、にわかにざわつき始める。
視線が集中してるのは、窓際に足を組んで座っている、こんなファミレスには似つかわしくない1人の客だった。
またか、という思いでつくしはその席へ視線を向けた。
憂い顔で窓の外をみているのは、美作あきらその人だった。
長く伸ばした髪に、繊細そうな整った顔。 単なるイケメンとは違う、独特の高貴な雰囲気はちょっと近寄りがたくて・・・・・。 それでも女性の視線を独り占めするには充分過ぎるほどの魅力を持った男。
本人は気付いているのかいないのか、女性たちには目もくれず、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「―――またきたの」 丸いトレイに水を入れたグラスを乗せ、あきらのテーブルへと運ぶ。 つくしに気づいたあきらがその視線を向け、ふっと微笑む。 その彼の笑顔にも回りからは黄色い声が上がっているというのに、当の本人はまるで気にする様子もない。 「暇なんだ」 そう言ったあきらの口元に、小さな絆創膏が貼ってあった。 「また・・・・・殴られたの?」 呆れたようなつくしの言葉に、あきらは楽しそうに笑う。 「また言うな。仕方ねえじゃん。ホテル入ろうとしたら、ロビーにだんながいてさ。メールは見たら削除しとけっつーんだよなあ。あー、でも今日のは見た目ほどたいしたことないから気にすんな。口の端がちょっと切れただけで、腫れてもねえし」 「別に気にしてないけど!いい加減にしとかないと、そのうち命に関わるようなことになるかもよ?」 じろりと睨みつけても、あきらは軽く笑い飛ばすだけ。 「まだ死にたくはねえけど、そん時はそん時だ」 「あのねえ」 「俺が死んだら、泣いてくれる?つくしちゃん」 魅惑的な笑みを浮かべて、つくしを見上げるあきら。 その笑顔にどきどきしながらも、つくしはわざと怒ったように水の入ったグラスをテーブルにがんと置いた。 「あのね、忙しいんだからくだらない話するだけなら帰ってよ!」 「何だよ、せっかく来てやったのに。客に対してその態度はねえんじゃねえの?」 「客だったらオーダーしてよ」 「はいはい。じゃ、コーヒー頼むわ、牧野さん」 わざとらしい笑みを浮かべてそういうあきらをまたちょっと睨んでから、つくしはかしこまりましたと頭を下げて厨房へ戻ったのだった。
「ねえ!本当にあの人彼氏とかじゃないの?ここんところつくしのシフトのときは必ず来てるじゃない。良いなあ〜、あんなイケメン!」 バイト仲間の女の子が羨ましそうにため息をつく。 「そんなんじゃないよ。あの人にとって、あたしみたいのは女じゃないから。単なる友達」 言ってて、胸に微かな痛みを感じる。
司と別れ、大学も辞めたつくしは今アルバイトをしながら就職活動をしているところだ。 花沢類はフランスへ留学している。 総二郎は家元襲名の為、大学へ通う傍ら毎日忙しくしているらしい。 あきらも最近は家の仕事で1ヶ月に10日ほどは海外へ行っているということだ。 みんな忙しく、確実にジュニアとしての道を進んでいるのだった。
もうF4と関わることもない。 そう思ってたのに、なぜかここ1ヶ月ほどあきらはこのファミレスへ顔を出すようになり、つくしの目の前に現れるのだった。
バイトが終わり、店を出るとそこには車にもたれて立つあきらの姿が。
超美形なイケメンが、高級車にもたれて立っている姿はまるで映画のワンシーンかファッション誌の1ページのようで、注目を集めていることこの上ないのだが、本人はまったく気にも留めていないようで、出てきたつくしに、いつものようににっこりと笑みを向けた。
「送ってやるよ」 そう言って車の助手席を顎で指し示すあきら。 つくしは躊躇するように首を傾げた。 「良いよ、そんな遠くないし・・・・・」 「遠慮すんなよ」 「遠慮じゃないし。ていうかさ、最近どうしたの?西門さんが忙しいから?」 不思議に思って聞くつくしに、あきらは苦笑する。 「俺がここに来るのがそんなに不思議?」 「だって・・・・・」 「俺が、お前に会いに来たって言っちゃいけないか?」 あきらの瞳が、切なげな色を滲ませてつくしを見つめる。 「何・・・・・言ってんの」 胸が高鳴り、体が震え出す。
つくしはあきらの目を見ることが出来ず、俯いた。
「・・・・・会いたかったんだ。お前に・・・・・」
「冗談、止めてよ。今日だって人妻とデートだったくせに―――」 つくしの言葉に、あきらはくすりと笑った。 「ああ、あれ嘘」 「・・・・・は?だって、ホテルでだんなと会って殴られたって・・・・・・」 「ん?これ?」 そう言いながらあきらが口元の絆創膏を外す。 そこには、傷口や痣などは何も見当たらなかった。 「それっぽく見えた?」 呆気に取られ、何も言えずに目を丸くするつくし。 そんなつくしを見て、楽しそうに笑うあきら。
そんなあきらの反応に、つくしは頭に来て思わず声を荒げた。 「ふざけないでよ!!」 「―――心配した?」 怒り始めるつくしを、穏やかに見つめるあきら。 「心配なんて―――」 「少しは俺のこと、気になった?」 優しく、笑みを浮かべながらつくしを見つめる瞳は真剣で・・・・・つくしは言葉を失った。
「ずっと、ただの仲間としか見られてなかったからな。どうやって気を惹こうか、これでも真剣に悩んだんだ」 「・・・・・なんで・・・・・」 「それを聞くか?いもしない人妻の彼女とデートしてる振りして、まずいコーヒー飲みに来て、こうやって待ち伏せて・・・・・意外とかわいいとこあったんだって自分でも驚いてるよ。いつからかなんて自分でもわからねえけど・・・・・。気になってしょうがない。お前のことが・・・・・忘れられねえんだ」 甘さを含んだ瞳がつくしを捕え、つくしの心に真っ直ぐ入り込んでくるようだった。
「好きだ・・・・・」
それでも、何も言えずにたたずむつくしに、あきらは笑みを浮かべながら言った。 「もし、お前も俺と同じ気持ちでいてくれるなら・・・・・ここに、乗ってくれ」 そう言って、助手席のドアを開ける。 「この車にしてから、この席には誰も座らせたことがない。お前が座らないなら・・・・・永久に誰も座らせない。座ってくれるなら・・・・・・俺の隣はずっとお前だけの指定席にするよ」
どうぞ、と優雅な手つきで示される。
つくしの足が、ゆっくりと動く。
「・・・・・ほんとに、あたしだけ・・・・・?」 つくしの震える声に、あきらがにっこりと微笑む。 「もちろん。お前が望むなら、ずっと・・・・・永久にな」
そしてあきらはつくしの手を掴み。
優しくつくしを抱き寄せたのだった・・・・・。
fin.
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