そばにいて、そしてキスして


 その日、朝から俺は体がだるかった。
 昨日はまた事件で呼び出され、帰ったのは夜中の1時過ぎ。
 雨で体が少し濡れていたが、あまりに疲 れていたのでそのまま着替えもせずに寝てしまったのだが―――。
 それがまずかったのかもしれない。
 玄関で、ドアのチャイムが鳴った。

 ―――んだよ、日曜の朝っぱらから・・・。

 面倒くさいので、そのまま無視していたのだが・・・。
 やがて、玄関のドアが開き、誰かが入ってくる気配・・・。

 ―――蘭・・・?

  「―――新一ィ?」

 ―――やっぱり、蘭・・・。

 知らず、顔が綻ぶ。ゲンキンだな、俺も・・・。
 だるい体を無理やり起こし、ベッドに座る。
「―――そういや、なんか約束してたよな」
 今日は蘭と快斗と3人で映画を見に行く約束をしてたんだった。
 快斗とは向こうの駅で待ち合わせ。 蘭は、朝俺の家まで迎えに来て、一緒に行くことになってたんだよな・・・。
 部屋のドアが、ガチャリと開く。
「あ、新一、おはよう。寝てたの?」
 昨日、俺が夜遅かったのを知っている蘭が、気遣わしげに言う。
「いや、起きてたよ。今、着替えるからさ・・・」
 と言うと、ふと蘭は眉をひそめ、
「―――その服、昨日から着替えてないでしょ?」
 と言いながら、俺のそばまで来た。
「ああ、面倒くさくってよ」
 俺が肩を竦めて応えると、蘭はじっとオレを見て
 ―――急に、その顔を俺に近付け、額をくっつけた。
「お、おい―――」
 カーッと顔が熱くなる。
 蘭の顔が、間近に迫って来て、心臓が早鐘を打ち始める。
「―――やっぱり!」
 と言うと、蘭はパッと顔を離し、
「熱、あるじゃない!」
 と言った。
「―――へ?熱?」
「そうよ!気付かなかったの?」
「・・・全然。そういや、体だるかったけど」
「んもう!ダメじゃない。どうせ昨日、雨に濡れたままお風呂にも入らずに寝ちゃったんでしょう!?」
 ―――スゲ、あってるよ・・・。
 俺が目を丸くしていると、蘭は溜息をつき、
「そのくらい、誰でも分かるわよ。―――今日は映画中止ね。とりあえずパジャマに着替えといて。わたし、薬持ってくるから」
「え?おい、中止って―――」
「行けるわけ、ないでしょう?そんな体で」
「けど、おまえ、あれ見たがってたじゃねーか」
「映画よりも、新一の体のほうが大事でしょ?」
 普通に、なんでもないことのように言われ、胸が熱くなる。
「けど・・・」
「快斗には、ちゃんと電話しとくから。良い?着替えたら、ちゃんと布団に入っててよ?」
 そう言いながら、蘭は部屋を出て言った。
 俺は言われた通り、パジャマに着替え、ベッドに寝転がって布団をかけた。
 ボーっとした頭で、それでも考えるのはやはり蘭のこと。
 蘭は、いつのまにか快斗を呼び捨てにするようになっていた。3人で行動するのも当たり前になってきて・・・。蘭の、俺に対する態度は少しも変わらないけど・・・。やはり胸の中は複雑だった。変わ ったのは、俺と蘭の、快斗に対する気持ちだろう。蘭は、俺に対するのと全く変わらない気持ちであいつに接している。天使のような微笑を向け、優しく語りかけ、恥ずかしがったり、拗ねてみたり・・・。 2人でいれば、恋人同士以外の何物でもない。
 そして、俺の気持ち・・・。最初は、ただ面白くなかった。俺の知らない間に2人が知り合い、仲良 くなって・・・。絶対、蘭は渡さない。そう思ってた。
 それが、変わってきたのはいつからだろう?
  あいつの蘭を見つめる優しい目。蘭のことを守りたい
 ―――そんな気持ちが溢れているような目。その目を見て、俺は何も言えなかった。
 あいつの行動や、言動が、自分と重なる。俺と同じ気持ちなんだ、 あいつは・・・。そして、あいつがいることによって、蘭は前のような、寂しげな表情をしなくなった。 それが悔しいのに、俺は認めてしまった・・・。
 蘭には、あいつが必要だと。だからと言って、俺は蘭と離れられない。それは、蘭の俺に対する気持ちが、全く変わってないから・・・。俺も、蘭に必要と されてるんだと感じるから・・・。気持ちとしては、複雑なんだ。
 でも、最近は3人でいることが当たり前で・・・それを心地よくさえ感じてしまう。蘭が笑ってくれるから・・・。あいつも、そう思ってる。蘭が笑ってくれるなら、ずっとこのままでも良いと・・・。

 何時の間にか、ウトウトしていた。気がつくと、蘭がベッドの横にしゃがんでいた。
「蘭―――」
「新一、薬飲める?」
「ん、ああ・・・」
 俺は、そっと体を起こした。
「何か、食べてからのほうが良いから・・・。ヨーグルト持ってきたんだけど、食べれる?」
「ああ、サンキュ」
 俺はヨーグルトを食べ、薬を飲んだ。
「―――快斗には?」
「うん、電話したよ」
「何か言ってた?」
「ん・・・。うつされないようになって」
 蘭が苦笑いして言う。
「んだよ・・・。俺の心配もしろっつーの」
 と俺が言うと、蘭はクスクス笑って、
「心配してるのよ、あれでも。素直にそう言えないだけ。そういうとこ、新一と似てるよね」
「はァ?」
 思わず顔を顰めると、蘭はおかしそうに笑う。その笑顔に思わず見惚れて・・・気がついたら、蘭を 抱きしめていた。
「―――新一・・・?」
「―――ずっと、そばにいろよ・・・蘭」
「・・・どうしたの?急に・・・」
「時々、不安になるんだよ。オメエがどっか行っちまうんじゃね―かって・・・」
「珍しいね。新一が弱音吐くなんて・・・。熱の所為?」
「―――かもな」
 蘭はふわりと笑うと、俺の背中に腕を回し、キュッとしがみついてきた。
「わたしはどこにも行かないよ?ずっと新一のそばにいるから・・・」
「蘭・・・」
「ん?」
「おめえさ・・・」
「何?」
「快斗と・・・キスしただろ?」
 蘭が、はっと息を呑むのが分かった。俺から離れようとするのを、抱きしめたまま止める。
「あの・・・」
「怒ってんじゃねーんだよ・・・。ただ、オメエの口から、ちゃんと聞きてえんだ」
「・・・・・うん・・・したよ・・・。快斗に聞いたの?」
「ああ―――。こないだ、プールに行った日・・・俺が事件解決して家に帰って来たら、あいつ――― 快斗がいたんだ」
「快斗が?」
「ん。―――で、あいつ、しばらく何もいわねーで、事件のこととか聞いたりしてて・・・。おかしい と思って問い詰めたんだよ。そしたら、吐いた」
「そ・・・っか・・・。―――新一、怒んないの?」
 蘭が、小首を傾げてオレを見る。
「殴ってやりたかったよ、ホントはな。けど・・・オメエ、あいつに言ったろ?俺があいつのことライ バルとして認めてるとか、フェアにやろうと思ってるとか」
「うん。―――だって、新一そう思ってたでしょ?」
 真っ直ぐに見つめられ、思わず詰まる。
「う・・・まあな。で、あいつにそれ言われて・・・そしたら、怒れねーだろ?俺はオメエと何度もキ スしてるわけだし・・・」
 俺がちょっと不機嫌そうに言うと、蘭はニッコリ笑った。
「あんだよ?」
「ふふ・・・新一、やっぱり快斗のこと、結構好きでしょ?」
「バーロ、好きじゃねーよ」
 と俺が言うと、蘭は楽しそうに、クスクス笑った。
「素直じゃないんだから、ホント・・・」
 あんまり蘭が楽しそうだから、俺はちょっと苛めてやりたくなった。
 大体、蘭と付き合ってるのは俺のほうなのに、最近あいつばっかしおいしい思いしてねーか?  俺は、蘭を抱く力を強めた。
 蘭の髪の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
「―――新一?」
 蘭が顔を上げ俺を見る。その瞬間、俺は蘭の唇を奪っていた。
「―――っ」
 蘭が驚いて、目を見開く。
 俺は、唇を離して、ニッと笑う。
「ざまーみろ。俺の風邪、移してやったぜ」
「な・・・!」
「オメエが変なことばっかり言うからだぜ。―――ま、心配すんな。オメエが風邪引いたら、俺がつき っきりで看病してやっからよ」
「―――事件が起きたら、すぐに行っちゃうくせに」
 蘭が悔しそうに拗ねたような顔で言う。そんな蘭が可愛くって、俺はクスクス笑う。
「んなもん、すぐに解決して戻るよ。オメエんとこにな。―――何しろ、俺の戻るところは、オメエの とこって決まってるからな」
 蘭の顔が、ポッと赤く染まる。
 ―――可愛い・・・。
 俺はもう一度、蘭に口付けようと顔を近付けた・・・が、
「―――オメエがいなくたって、俺が蘭の側にいるから、安心しろよ」
「!」
 2人して振り向くと、そこにはドアに凭れて立っている快斗がいた。
「快斗!どうしたの?」
 蘭がビックリして言う。
「心配だったから、様子見に来たんだよ。―――ったく、病人が何してやがんだよ」
「っせーな、オメエはどうせ、俺じゃなくって蘭の心配をしてたんだろーが」
「ったりめーだろ。誰がオメエの心配なんかするか。どーせ、雨に濡れた体のまんま寝ちまったんだろ ?」
 快斗にも見抜かれ、俺は思わず詰まってしまった。快斗が、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「もうっ、2人ともやめてよっ。新一、もう寝てなきゃダメよ。お昼頃、またおかゆでも作って持って くるから、ね」
 蘭が俺の体を離し、ベッドに押し付ける。
「そーそ、オメエはおとなしく寝てな。俺は蘭と下でコーヒーでも飲んでっからさ」
 快斗が蘭をぎゅっと抱き寄せる。
「おいっ」
「―――もう、快斗も、新一病人なんだから、あんまり興奮させちゃダメよ」
 蘭が快斗を押し戻し、顔を顰めて言う。
「―――なァ、蘭」
「何?新一」
「眠るまで、側にいてくんねェ?」
「え・・・」  快斗の顔が、ぴくっと引きつる。
「バーロ、何もしね―よ。・・・さっき飲んだ薬が効いて来たみて―で、眠くなってきたんだよ。だから・・・な?蘭」
 と言って、俺が蘭の手を握ると、蘭の顔が赤く染まる。
 ―――たまには、甘えたって良いよな?こんなときくらいは、さ。
「ん―――分かった。じゃ、眠るまでここにいるから」
 蘭がニッコリ笑って頷く。
 快斗がやれやれといった感じで溜息をつく。
「―――んじゃ、俺は下でコーヒーでも飲んでるよ。―――蘭の分も入れとくから、ちゃんと来いよ?」
「うん、ありがと、快斗」
 快斗がひらひらと手を振って出て行った。
 蘭が俺の顔を覗き込んでクスクス笑う。
「なんだよ?」
「ん―ん、別に?ただ、風邪引くと新一も弱気になったりするんだなあと思って」
「―――ああ、そうだよ。だからさ、蘭」
 俺は手を伸ばして、蘭の頬に触れた。すべすべした肌が、熱い手に心地良い。
「ん?」
「ちゃんと安心して眠れるように・・・キス、してくれよ」
 と、俺が言うと、途端に蘭が赤くなる。
「―――さっき、したじゃない」
「蘭から、して欲しいんだって―――な?」
 俺が強請るように言うと、蘭は赤くなりながらも、しょうがないな、と言って顔を近付け―――軽く 、触れるだけの優しいキスをしてくれた。
「―――風邪が治ったら、またしてくれよ?」
 俺が、ニッと笑って言うと、蘭は苦笑いして、
「もう・・・。分かったから、ちゃんと寝てよね?」
 と言った。 「ああ、分かってるよ。蘭―――」
「なあに?」
「サンキュ・・・な」
 蘭が、ふわりと、まるで―――そう、まるで花が咲くように笑った。その笑顔があれば・・・俺はな んだってできるよ。蘭が側にいてくれれば・・・きっと強くなれる・・・。
 そんなことを思いながら、俺は深い眠りに引き込まれていった・・・。


 ―――目が覚めたときも、蘭の笑顔が見たいな・・・。




 はい、新一フォロー編です。あんまりおいしくなかったかなあ?
新一視点というのは初めてかも。 次回はどうしましょうか。新一視点をやったから、蘭ちゃん視点と快斗視点というのもやってみましょうか。
三角関係も、暗くならずに書いていきたいと思ってるんですけどね。今回ちょっと暗かったかな? またがんばります。