だ い す き



 「ね、アイススケート行かない?」
 と、唐突に蘭が言い出したのは、いつものように新一、快斗と3人で新一の家に集まっていた土曜日 の午後のこと。
「「アイススケート?」」
 と異口同音に言ってから、ちらりと顔を見合わせ、そっと火花を散らす。
「うん。トロピカルランドのスケートリンク!あそこで見る花火って、すごくきれいなんだよ!ね、3 人で行こうよ!」
 楽しそうに言う蘭が可愛くて、思わず顔がにやけるところだが・・・。
「俺はかまわねえよ?」
 と、新一。が、快斗はというと、なんとなく困ったような顔をしていて・・・
「快斗くん?どうかした?」
 蘭がきょとんとして聞く。
「や、別に・・・俺もかまわねえよ?」
 と言ったものの、その顔はどことなく引きつっていて・・・。
 新一は、にやりと笑った。
「おめえ、もしかしてスケート出来ねえのか?」
「え?うそお、快斗くん運動神経抜群だもん。出来るよねえ?」
「・・・・・できない・・・・・」
 ボソッと言った快斗の言葉に、一瞬空気が変わる。
 最初に口を開いたのは、新一。意地悪そうな視線を快斗に向け、ニヤニヤと笑っている。
「へ〜〜〜、おめえ出来ねえんだ?んじゃあ、行っても面白くねえだろ?留守番してれば?」
「ちょっと新一!ね、快斗くん、ぜんぜん出来ないの?」
「う・・・まあ・・・」
「そっか・・・。でも、わたしもスケートって苦手なの。むかし新一に教えてもらったんだけど、なか なか上達しなくて・・・。だから、良かったらわたしと一緒に滑ろうよ」
 にっこり笑って言う蘭に、快斗は赤くなり、新一は眉を吊り上げた。
「おい、何言ってんだよ、蘭」
「だって、せっかく3人で行こうと思ったのに・・・。快斗くんが行かないならわたしも行かない」
 そう言い放った蘭に、新一は呆気にとられ、蘭の言葉に感激した快斗は―――
「蘭ちゃん!!」
 がばっと蘭に抱きつき、頬擦りをしたのだ。
「きゃっ!!か、快斗くんっ」
 真っ赤になってじたばたする蘭。
「快斗っ!てめえ、何しやがる!!」
「決めた!!俺もスケートに行くぜ!」
「は!?」
「ホント?快斗くん」
「うん。その代わり、練習に付き合ってくれよな?蘭ちゃんv」
「うん」
 2人が微笑みあいながら楽しそうに話す姿を見て、新一は青筋を立てながら・・・
「―――分かった。じゃあ俺が教えてやる」
 と言った。
「ホント?新一」
 嬉しそうに言う蘭の横で、快斗が顔を引きつらせる。
「ゲ・・・良いって。俺は蘭ちゃんと2人で・・・」
「遠慮すんなって。親切丁寧に教えてやっからよっ」
「良かった!新一のほうが断然上手いから、その方が良いよ!ね、快斗くん」
「そ・・・だな・・・ははは・・・」
 無邪気に微笑む蘭に、引きつった笑いを返すしかない快斗だった・・・。


 「うわあーーーっ」
 ズデーーーン!!

 派手にしりもちをついた快斗を、じと目で睨む新一。
「―――おめえ、やる気あんのかよ?」
「てて・・・っせーな、これでもがんばってんだよっ」
「快斗くんっ、大丈夫?」
 腰を打って座り込んだままの快斗に、蘭が駆け寄る。
「大体、俺の言うとおりにしててなんでそんな転びかたすんだよ?」
「知らねえよっ、新一の言うとおりにしてたら転んじまったんだろ」
「何ィ?」
「ちょっと新一!ね、快斗くん、ちょっと休んだら?何かあったかいものでも飲もうよ」
「蘭、あんまり甘やかすなよ、つけあがるから」
「だって、新一厳しいから・・・。でも、少しづつ上手くなってきてるよ?」
 と、蘭が言うと快斗は照れくさそうに笑った。
「そう?へへ・・・じゃ、ちょっと休んだら蘭ちゃんと一緒に滑ってみようかな」
「おめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ」
「ね、新一も一緒に行かない?わたし、飲み物買ってくるから」
 と蘭に微笑まれ、結局3人でリンクから出てベンチで休むことに。


  「しっかしなんでこんなもん履いて、あんなふうにすべれんだよ」
 快斗が、リンクで滑っている人を見て言った。
「ホント。わたしもやっぱりまだ怖くって、あんなふうには滑れないなあ。つかまる所が側にないと怖 いよね」
「だったら、俺につかまってすべればいいじゃん」
 新一がにやっと笑って言った。蘭はちょっと赤くなり、照れくさそうに
「だって、今日は快斗くんも一緒だし・・・。3人で滑りたいんだもん」
 と言った。そんな蘭を愛しそうに、けれど少し複雑そうな顔で見詰める新一と快斗。
 新一と快斗にとって、誰にも譲れない、大切な存在である蘭。もちろん蘭にとっても2人はとても大 切な存在なのだが・・・。いつかは揺らぐときが来るであろう、この微妙な三角関係。蘭がいるからこ そもめるのであり、また蘭がいるからこそ上手くやってこれた。
 2人ともまったく相手に譲る気はなかったが、蘭が笑っていてくれるなら三角関係も悪くないか、と 思っているのだった。


 ひと休みした後、またリンクに出て滑り始める3人。
 快斗が蘭と2人で滑ろうとしたのだが、新一の
「もう少し練習してからだ!!」
 という言葉に、仕方なく諦め、また新一の特訓が始まったのだ・・・。
 2人が喧々轟々と言い合いながら滑っていくとの後ろから見て、苦笑いする蘭。
 ―――あれで、結構上手くやってるのよね。ふふ、なんか兄弟みたい。
 と、2人が聞いたら即効否定しそうなことを考えていると・・・
「ねえ、きみ可愛いね。1人?」
 いつの間にか蘭の隣で並んで滑っていたらしい背の高い男が話し掛けてきた。
「は?」
 いかにも軽薄そうな絵に描いたようなナンパ男。
「俺、スケート得意なんだ。良かったら教えてやるぜ?」
 ニヤニヤしながら言う男に、蘭は思わず顔を顰めた。
「―――結構です。連れがいますから」
「連れ?そんな、君をほっぽって滑ってる連れなんかどうでも良いじゃん。2人で滑ったほうが楽しい よ。ほら―――」
 と言って、男は強引に蘭の手をとったが・・・
「汚ねえ手で触んじゃねえよっ」
 いきなり低い声が聞こえたかと思うと、男が足を滑らせ、思いっきり転んだ。
「うわあっ、――――いってえ・・・何すんだてめえ!」
 男が怒鳴ると、いつの間にか蘭たちの目の前に立っていた新一は、じろりと男を睨みつけ、
「そりゃあこっちの台詞だ。人の女に手ェ出してんじゃねえよっ」
 と低い声で言い放った。その迫力に、男は一瞬怯んだが、
「な、なんだよ、自分の女なら何で一緒に滑ってねえ―――」
 と、言い返そうとしたところに、ものすごい勢いで突っ込んでくるものが―――
「どけ―――っ、ぶつかるぞォ―――っ!!」
「うわあ―――っ!!」
  そして、避ける間もなく、男は見事に突き飛ばされ―――
 男にぶつかったおかげで止まることの出来 た快斗は一つ溜息をつき、
「ふう、やっと止まれたぜ。わりいな」
 と言って、男に向かって不適に笑ったのだった・・・。
「快斗くんっ、大丈夫?」
 蘭が、慌てて快斗に駆け寄る。
「ったく、ろくに滑れもしねえのに突っ込んでくんじゃねえよ」
 新一が言うと、快斗は肩を竦め、
「仕様がねえだろォ?変な男が蘭にちょっかいだしてんのが見えたら、自然に体が動いちまったんだから」
 と言った。
「へ、変な男ってなんだよっ!?」
 と、突き飛ばされたナンパ男が立ち上がりながら言った。
「おめえのことに決まってんだろうが」
 と快斗は言ったが、しりもちをついたままの姿では、あまり迫力がなく・・・
「か、快斗くん、とりあえず立たないと。立てる?手、貸すから・・・」
「あ、わり・・・」
 快斗は、蘭の手につかまって立とうとした。
 が、スケート靴を履いている快斗は立ち上がるだけでも 大変なのだ。それに加えてつかまっているのが女の子の蘭では・・・
「きゃあっ」
「わあっ」
「!!蘭っ」
 快斗は見事にまた転び、それに引っ張られるようにして蘭も倒れ、新一は蘭の手をとろうとして失敗 し・・・
 快斗に覆い被さるように倒れた蘭の唇が、蘭を支えようとした快斗の唇に重なったのだった・・・。  一瞬、その場が静まり返った。ナンパ男も、その光景を呆然と見ていた。
 そして、一番先に口を開いたのはやはり新一で―――
「な――――何してんだ、おめえらっっ!!!
 蘭を快斗からべりっと引き剥がすと、快斗から隠すようにして蘭を抱きしめた。
 蘭はまだ、突然のことに吃驚して声も出ないようだった。
 新一のあまりの迫力に、周りで様子を見ていた人達やナンパ男は、そそくさとその場から離れて行った。
「なにって・・・」
 快斗も突然のキスに赤い顔をしていたが、青筋を立てて怒っている新一を見て、にやっと笑うと
「不可抗力だぜ?怒るなよ」
 と言った。
「な、何が不可抗力だ!おい蘭!帰るぞ!!」
「え・・・?でも、まだ花火・・・」
 蘭が、まだ顔を赤くしたまま言う。
「そうそう。せっかく来たのに花火見ないで帰るのは勿体ねえだろ?どうしても帰るんだったら新一1人で帰れよ。俺は蘭ちゃんと2人、花火を堪能してくからよ」
「てめ・・・」
「新一、帰っちゃうの?」
 蘭が、不安そうな瞳で、新一を見上げていた。
 それを見た新一は、ふっと肩の力を抜き、安心させるように微笑んで言った。
「おめえを置いて、帰るわけねえだろ?ちゃんといるよ」
「ホント?良かった」
 ホッとしたように笑う蘭の笑顔に見惚れる新一。そんな光景を見て、快斗は面白くなさそうな顔をし ていたが・・・
「あのさあ、俺、立てねえんだけど」
 と言った。
「だから、なんだよ?」
「新一、立たせてくんねえ?」
「ああ?何で俺が・・・」
「じゃ、また蘭ちゃんにつかまってもいいか?」
「――――ほら、つかまれよ」
 仕方なく出された新一の手を掴み、やっと立ち上がった快斗。そのまま蘭の前に立ち、その顔を見詰めた。蘭は、真っ赤になって俯く。
「ごめんな、蘭ちゃん」
「う、ううん、別に・・・」
「けど・・・」
 と、快斗は何か言いかけ、にやりと笑った。蘭が不思議そうな顔をして、快斗を見る。
「蘭ちゃんの唇、すげえ美味かったから、癖になりそう。また隙があったら頂いちゃおうかな」
「え・・・・・」
 途端に真っ赤になる蘭。
「快斗っ、てめえ何言ってやがる!」
 と、新一が快斗を蘭から引き剥がそうとしたその時―――

  『ひゅううううーーー、ぱあーーーーーんっ!!』

 突然花火の打ち上げが始まり、3人とも動きを止め、夜空を見上げた。
「わあ・・・きれーい!」
 蘭が嬉しそうに声をあげ、瞳を輝かせた。そんな蘭の、花火に照らし出された横顔に、新一と快斗は 見惚れる。
 そして、蘭を挟んでちらりと視線を交わす2人・・・。

 ―――蘭は、わたさねえからな。
 ―――もう、諦めらんねえよ。火がついちまったからな・・・。

 そんな会話が目だけでされていることを、蘭は知らない。
「ね、2人ともちゃんと見てる?すっごくきれいだね!!」
 次々に打ち上げられる花火に、歓声を上げる蘭。
「ああ、見てるよ」
「きれいだな」
 優しく蘭を見つめる2人。
「あのね、わたし・・・」
 蘭が、突然花火の音にかき消されそうな声で言った。
「わたし、2人のことが大好きだよ」
 新一と快斗が、驚いたような顔で同時に蘭を見る。
「ホントに、すごく好き」
「蘭・・・」
「蘭ちゃん・・・」
「でも・・・こんなのってやっぱりずるいし、欲張りだよね・・・」
 花火を見上げていた蘭の大きな瞳から、涙が一粒、零れ落ちた。
 その涙さえも、真珠のように輝いて見え、新一と快斗は暫しその姿に見惚れていた。
「ごめんね、わたし・・・」
「あ、あやまんなよっ」
 とうとう俯いてしまった蘭に、快斗が慌てて言った。新一もとっさに蘭の肩を抱いた。
「おめえが謝ることねえって。俺らが勝手に好きになったんだしっ」
「あ、あのさ、蘭ちゃんまさかとは思うけど・・・」
 快斗の探るような声に、蘭はその顔を上げる。
「え?」
「その・・・どっちも選べないから、もう俺らとは会わないとか、言わねえよな?」
 その言葉に、新一の顔色が変わる。
「!!蘭っ、俺はそんなのゆるさねえぞ!」
「し、新一・・・」
「・・・選べないなら、それでも良い。いや、良かねえんだけど・・・けど、俺はおめえと別れるなん て考えらんねえから・・・。だから、今のままでも良いから、別れるなんて言うなよな」
「俺も。今更あとに引く気はねえけど、蘭ちゃんを苦しめたくはねえんだ。だから、答えを急ぐ必要は ねえよ。3人でいるのも結構楽しいし。蘭ちゃんが笑顔でいてくれるなら、それで良いんだ」
 2人の優しい笑顔に見つめられ、蘭の瞳にまた涙が溢れた。
「新一・・・快斗くん・・・」
「蘭・・・」
 新一はそっと顔を蘭に近付けると、その柔らかそうな頬に唇を寄せた。が―――
「?」
 もうちょっとのところで、新一の唇が当たったのは、快斗の白い手袋で・・・。
「抜け駆けはなしだぜ?新一君」
「てめ・・・」
「俺とおめえは今日から同じ位置に立ったんだぜ?お互いフェアにいこうぜ」
 にやりと笑う快斗を、じと目で睨む新一。
 一方の蘭は・・・ 「あっ、見た?今の花火すっごくきれいだったよ!」
 と、すでにその瞳に涙はなく、夜空に咲き乱れる花火を映し出していたのだった。
 そんな蘭を、少し恨みがましい目で見てから・・・2人は同時にぷっと噴き出すと、クックッとのど の奥で笑った。
 蘭はそんな2人を見てぷうっと膨れ、
「もう、何よお、2人とも」
 と言った。
「いや・・・いんだよ、おめえは気にしないで」
「そうそう。蘭ちゃんはそのままでいてくれよ」
 楽しそうに言う2人をきょとんとした顔で見比べる蘭。そんな蘭を見て、また2人は笑っていたが・ ・・。突然、後ろを通りかかった女性が、快斗にぶつかった。
「うわっ」
 よろける快斗。
「あ、ごめんなさ〜い」
 と言ったものの、急いでいたのかそのまま行ってしまう女性。快斗はそのままよろよろとバランスを 崩し、倒れそうになったが―――
「快斗くん!」
 とっさに蘭が快斗の手をつかみ、そして蘭の手の上から新一がその手をとり、ぐいっと引っ張って体 制を戻した。
「ふ〜〜〜、あっぶねえ・・・」
 新一が溜息をついた。
「新一・・・ありがと・・・」
「また一緒に倒れて、キスなんかされたらたまんねえからな」
「ちぇっ、もうちょいだったのに・・・」
「おめえな・・・」
 2人が睨みあうのを、はらはらしながら見つめる蘭。
「今度来るときは、もっと厳しく特訓してやっから覚悟しとけよ?」
 新一がにやっと笑って言うと、快斗も不敵な笑みを浮かべ、
「ふん、んなこと言っといて俺に抜かされたときに吠え面かくなよ?」
 と言った。
 そのやり取りを聞いていて、蘭はふと思いついたように言った。
「新一・・・快斗くんも・・・また3人で、ここに来てくれるの?」
「仕様がねえからな。それに・・・まあ、今日も割と楽しかったし・・・」
 と新一が照れくさそうに言えば、快斗も鼻の頭をぽりぽり掻いて、
「まあ、な。蘭が一緒ならどこだって良いんだけどさ・・・」
 と言った。  そんな2人を見て、蘭はとても嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
「ありがと、2人とも・・・。大好きだよ」
 花がほころぶように、とろけそうな笑顔を見せる蘭に2人が平気でいられるはずもなく・・・
「蘭っ」
「蘭ちゃん!」
 2人同時に蘭に抱きつき、その両頬に2人してキスをした。
「/////!!」
 途端に真っ赤になってしまう蘭。
「ちょ、ちょっと、2人ともっ、まだ花火がっ」
「花火より、蘭を見てるほうがいい」
「花火よりも、蘭ちゃんのほうが断然きれいで可愛いぜっ」
「もお〜〜〜〜〜〜/////」
 真っ赤になってじたばたする蘭が可愛くて、余計にくっつく2人。


 花火なんかそっちのけではしゃぐ3人はこの上なく幸せそうで・・・。華やかな花火が、そんな3人 を応援してくれているかのようだった・・・。




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この作品は、9000番をゲットして頂いた後藤うさぎ様のリクエストによるものです。
快蘭新の3人でスケートに行く話・・・と伺ってから、いろいろ考えていたのですが、なかなか考えが まとまらず、結局こんな、スケートはどうでも良いんかいって感じのお話になってしまいました。
書き始めてからすぐに、ラストのほうの蘭ちゃんの告白シーンが書きたくなってしまい・・・。
こんなんでもだいじょぶでしょうか?すごいドキドキ・・・。
感想とか、頂けたらうれしいです。 それでは♪