***至福のとき***


 鳥のさえずる声で、目が覚める。
 いつになくさわやかな目覚め。
 ふと、隣を見ると、そこには愛しい恋人が静かな寝息を立てていた・・・・・。
 額にかかった髪を、そっと指で掬い取る、微かに身じろぎする。
 あどけない恋人の寝顔に、近藤の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
 こんなに幸せな気分になるのは、いつ以来か・・・・いや、これほど充実した気分を味わうのは、初めてかもしれない、と近藤は思った。
 漸く、手に入れることが出来た愛しい人・・・桜庭鈴花。
 鈴花への想いに気付いてからは、文字通り必死だった。
 あんなに通い詰めていた遊郭通いも止めた。
 職権乱用で非番の日を合わせては甘味処へ誘ってみたり、仕事で外へ出た日には鈴花の好きな甘いお菓子のお土産を忘れない。もちろん簪を買ってきたりもしたが、鈴花はあまり高価なお土産は喜ばない。遠慮して受け取ろうとしないこともあるので、お土産はもっぱら甘いものになっていた。
 それでも恋愛ごとに疎い鈴花には、近藤の気持ちはなかなか伝わらなかった。
 まあそれも無理からぬ話で、近藤が女の子に優しいのはいつものことだったし、何よりも妻子のある近藤が自分を想っているなどとは夢にも想わなかったのだ。
 そして、何よりも近藤を悩ませたのは同士でもある新撰組隊士たちの存在だった。
 何しろ幹部達をはじめ、鈴花に思いを寄せる男の数は1人や2人ではなかったのだから。
 職権乱用などと気にしている場合ではなかった。ちょっとでも油断しようものなら、鈴花の傍にはすぐに男が接近しているのだ。その男たちを威嚇し、牽制し、常に目を光らせていた。
 そうして漸く想いが通じ、鈴花も自分を想ってくれていると知ったときには、本当にもうこの命が果ててもいいとさえ思ったほどだった。

「鈴花・・・・」
 そっとその名を呼び、柔らかな髪の毛を指に絡ませる。
 微かに開いた桜色の唇を見ているうちに、まるでその唇に引き寄せられるかのように近藤の顔が近づき、そっと触れるだけの口付けを落とした。
「愛してる・・・・・」
 耳元に囁くと、鈴花の体が微かに震え、その目がゆっくりと開いた。
「・・・・・近藤さん・・・・・?」
「おはよう」
 近藤がにっこりと微笑むと、鈴花もうれしそうに笑った。
「おはようございます・・・・もう、朝ですか・・・?」
 そう言って、体を起こそうとするのを近藤の腕が押さえた。
「今日は非番だろう?ゆっくりしてなよ」
「でも・・・・」
 ちょっと困ったような顔をする鈴花を、近藤は優しく抱きしめた。
「もうちょっと・・・1人占めさせてくれよ。漸く、俺のものになったんだから・・・・・」
 近藤の腕の中に閉じ込められた鈴花は、それでもまだ困ったように上目遣いに近藤を見上げる。
 ほんのり桜色に染まった頬。微かに潤んだ瞳。その表情に、近藤が煽られていることなど考えてもいない。
「桜庭君・・・・・」
「はい・・・・・?」
「後悔・・・・・してないかい・・・・・?」
 らしくない言葉に鈴花が驚いて近藤の顔を見る。
 微笑んではいるが・・・いつもの余裕のある笑顔ではなく、そこにはほんの少しの不安がにじんで見えるようだった・・・。
 鈴花は近藤に微笑んで見せた。
「もちろんです。近藤さんのお傍にいられるんですもの。後悔なんか、するはずありません」
「さく・・・・鈴花・・・・」
 鈴花の言葉に、近藤はうれしそうに微笑むとその頬に優しく手を添え、鈴花の唇を塞いだ。
 やさしく、深い口付けに鈴花の頬が紅潮する。
 唇を開放し、鈴花の体をさらに抱きこみながら、近藤は満足そうに微笑んだ。
「こんなにきみに夢中になっちまうなんてな・・・・・。俺を虜にした責任は、とってもらわねえと、な」
「せ、責任て・・・・・」
「俺って、こう見えて独占欲が強いのよ」
「え・・・・・」
 鈴花が顔を上げて近藤のことを見る。
「近藤さんが?」
「ああ。君に惚れて・・・初めて自覚したんだけどね。どうやら相当嫉妬深いらしい」
 そう言ってくすくすと笑う近藤を、鈴花は不思議そうに見つめる。
「そんな風に、見えませんけど・・・・・」
「そう?じゃあ言うけど・・・・君が隊士たちと仲良さそうに話してるときに俺が不機嫌なの、知ってる?藤堂君や斉藤君に稽古つけてもらってるときも、永倉君や原田君にからかわれてるときも、山南さんの発明品を見に彼の部屋へ入っていってたり、任務の報告をしにトシの部屋へ行ったり・・・それからススムが買ってきた着物を見にあいつの部屋へ行ってるときも・・・俺はいつも嫉妬してた」
 穏やかな表情で、次々と男の名を上げる近藤を、鈴花は驚いた表情で見ていた。
「気付かなかったでしょ?」
「はい。あの・・・・でもわたし、他の人たちとは何も・・・・・」
「うん、わかってるよ。でもね・・・・君が他の男といるところを見ただけで、どうしようもなく妬いちまうんだよ。こんな俺は・・・・嫌かい?」
 近藤の言葉に、鈴花はすぐさま首を横に振った。
「そんなこと!近藤さんがどんな人でも関係ありません。わたしは・・・・こうしてここにいる近藤勇が好きなんです」
「鈴花・・・・」
 近藤は、再び鈴花に口付けをした。
 何度も角度を変え、呼吸も忘れるほどに深く・・・。
 
 唇を開放したときには鈴花の瞳には涙が滲み、頬は紅潮し、苦しそうな呼吸に合わせて胸が大きく上下していた。
「やりすぎちゃったかな・・・?」
 顎に伝った唾液を指で掬い取りながら、近藤がくすりと笑うと鈴花は恥ずかしそうに眉を顰めた。
「もう・・・・・」
「漸く手に入れたんだ・・・・もう絶対にきみを離しはしないよ。他の誰にも譲る気はないから・・・覚悟しておいてくれよ」
 その言葉に顔を赤らめながらも、鈴花はうれしそうに微笑んだ。
「大丈夫です。わたし・・・・他の誰のところにも、行きません。ずっと、近藤さんと一緒です。一緒に・・・いさせてください」
「鈴花・・・・・愛してるよ・・・・・」
 2人の影が再び重なり・・・
 今度はもっと深く、2人だけの世界へと溶け合っていったのだった・・・・・






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