ライバル




  「なんか用かよ?」
 その日突然現れた宮野志保に、新一はあからさまに嫌そうな顔をした。
「あら、ご挨拶ね。博士に頼まれたのよ。はい、これ」
 そう言って、志保は新一に紙袋を手渡した。新一はそれを受け取り、中身を確認する。
「サンキュー。・・・って、何人ンちじろじろ見てんだよ?」
「・・・今日は、蘭さん来てないの?」
「ああ?蘭?これから来ると思うけど・・・。なんだよ?蘭に用があんのか?」
「いえ、そういうわけじゃないわ・・・」
 珍しく歯切れの悪い志保を、新一が訝しげに見る。
「・・・ちょっと、工藤君に話があるんだけど、良いかしら?」
「別にいいけど・・・」
 不思議に思いながらも、新一は志保をリビングに通し、コーヒーを入れてやった。

「で?なんなんだよ?」
「・・・わたしね、蘭さんのことを好きになってしまったの」
「はあ?」
 突然言われた突拍子もない台詞に、新一が目を丸くし、間抜けな声を出す。
「何言ってんだ?おめえ」
 志保が蘭のことを気に入っているのは新一も知っている。この愛想のない女性が、唯一蘭にはやさし
い笑顔を向けるのだ(阿笠博士や少年探偵団は別)。でも、なぜ今更そんなことを新一に言いにきたのか、
さっぱりわけがわからなかった。
 志保は、一口コーヒーを飲み、そっと息を吐き出した。
「―――蘭さんのいれてくれたコーヒーのほうがおいしいわね」
「悪かったな、美味くなくって。んで、結局おめえは何が言いたいんだよ?」
「だから言ってるじゃない。わたし、蘭さんが好きなのよ」
 その言葉に、微妙な含みを感じた新一。
「・・・おい、それ、どういう意味だ?まさか、おめえの好きってのは・・・」
「やっと気付いたの?相変わらずその手のことには疎いのね」
 冷めた目で新一を一瞥した志保。そしてふっと笑い、視線をそらすと、今度はうっとりしたような表
情で遠くを見つめた。
「蘭さんて、きれいよね。その姿だけじゃなく、中身も・・・。心の美しさって表面にも出てくるもの
なのね。彼女を見てると自分の心まできれいになっていくような・・・浄化されていくような気がするわ」
「ちょ、ちょっとまてよっ、あいつは女だぜ?」
「何あたりまえのこと言ってるのよ?」
 馬鹿じゃないの。とでも言いたそうな冷めた目を新一に向ける。
「そ、それに、あいつには俺が―――!!」
「・・・でも、事件が起きると彼女をほったらかして行っちゃうじゃない」
「そ、それは・・・」
「ホント、気の毒よね。いつもほったらかしにされて。この間、あなたが行ってしまった後に偶然彼女
と会ったのよ」
「蘭に?」
「ええ。彼女、寂しいくせにちっともそんなそぶり見せずに・・・わたしには分かったけど。あんまり
気の毒だったからお茶に誘ったのよ。すごく喜んでくれたわ。・・・それから、あなたが事件で呼び出
されて行ってしまった時はわたしのところに来てくれるようになったのよ」
「は?ちょっと待てよ。俺はそんな話聞いてねえぞ?」
「あら、そう?ま、とにかくそういうことだから」
「そういうことってどういうことだよ!?」
「わたしは、あなたのライバルになるってことかしら?」
「何勝手なこと言ってんだよ!?俺とあいつは付き合ってるんだぞ!?」
「でも最近は、あなたよりもわたしといる時間のほうが長いんじゃない?」
「!!」
「蘭さんもわたしといると安心できるって言ってたわよ?」
「!それでも、あいつは俺のもんだ!!」
「新一ィ?何大きな声出してんのォ?」
 2人が話に夢中になっているうちに、蘭がやってきていたのだ。
「蘭!」
「なあに?あ、志保さん。来てたんだァ」
 蘭が、志保を見て嬉しそうに笑う。それを見て、新一の顔色がさっと変わる。
「おい、蘭」
「何よォ、そんな怖い顔して」
「おめえ、ここんとこ、俺がいないときに志保と会ってたって本当か?」
「え?」
 蘭がきょとんとして新一を見る。
「うん。言ってなかったっけ?新一最近忙しそうだったもんね。あのね、志保さんて紅茶いれるのすご
くうまいのよ?いつもわたしの好きなお茶入れてくれるの。だからわたしもお菓子とか作って持って行
くの。あ、今日も作ってきたから3人で食べよう?」
 のんきににこにこと笑顔で言いながら、お菓子の入った箱をテーブルの上に置く。
「今、コーヒーいれ・・・あれ?もう飲んでたんだ」
「でも、もう冷めてしまったみたいだから、もう1度いれてもらえるかしら?」
「うん。じゃあ用意してくるね」
 にっこりと微笑んで行ってしまった蘭を、うっとりとした目で見つめる志保。
「・・・んな目であいつを見てんじゃねえよ」
 新一が志保をじろりと睨んで言う。
「あら、どんな目で見ようとわたしの勝手でしょう?」
 一転、冷めた目で新一を見る。
「言っとくけど、俺はあいつを渡す気はねえからな」
「ふふ、そう言うと思ってたわ。今のところは彼女もあなたが1番好きみたいだから仕方ないけど・・
・。でも、これからどうなるか分からないわよね?人の心なんて変わっていくものだし?」
「!ざけんなっ、あいつは、そんなに簡単に心変わりするような女じゃねえ!」
 思わずかっとなりテーブルを思い切り叩いた新一。その音に吃驚した蘭が、キッチンから飛び出し
てきた。
「どうしたの?新一。今の音、何?」
「なんでもないのよ、蘭さん。ちょっと小虫が飛んでたから叩いただけよ」
 志保がしれっと答えると、蘭も安心したのか、またキッチンへと戻って行った。
「まったく・・・彼女のこととなると、すぐに熱くなるのね」
 志保が呆れたように言うと、新一はちょっとばつが悪そうな顔をして、ぷいっと顔を背けた。

「おまたせ〜」
 蘭が3人分の飲み物を盆に乗せ、リビングにやってきた。
「ありがとう、蘭さん」
「今日はね、久しぶりにレモンパイを焼いてきたの。新一が家にいるなんて久しぶりだし。志保さんは
好きかなァ?」
「蘭さんの作ったものなら何でも好きよ」
「えへ、ありがと」
 蘭はちょっと照れたように笑い、レモンパイに包丁を入れた。さくっとおいしそうな音を立ててレモ
ンパイが切られていくのを、新一は黙って見ていた。
「ハイ、どうぞ」
 お皿に切り分け2人の前に置くと、蘭も椅子に座った。
「?どうしたの?新一、食べないの?」
 レモンパイを前にじっと動かずにいた新一に、蘭が声をかけた。
「・・・いや、食うけど・・・」
「どうしたの?食欲ないの?どこか具合悪い?」
 心配そうに新一の顔を覗き込んでくる蘭。そんな蘭を見て、新一は少し気が抜けたようにくすっと笑
った。
「何でもねえよ、大丈夫。さ、食おうぜ」
 そう言って、レモンパイを食べだした新一はいつもの新一で・・・蘭はちょっと不思議そうな顔をし
ていたが、すぐに自分も食べ始めた。それを見ていた志保は、何か思いついた様子で、そっとほくそえ
んだのだった・・・。

 レモンパイを食べながら、他愛のない話をしていた3人だったが・・・
「・・・工藤君」
「あん?」
「ちょっと本を借りたいんだけど、いいかしら?」
「ああ、いいけど・・・」
「この紙に書いてあるものなんだけど、あなたの書斎、たくさん本があって分からないから取ってきて
くださる?」
 と言って、志保はポケットから折りたたんだ紙を出して、新一に渡した。
「俺が行くのかよ?・・・まあいいや、ちょっと待ってろよ」
 新一は一瞬嫌そうな顔をしたが、蘭の手前そんなに嫌がるわけにもいかず、しぶしぶ席を立ち、部屋
を出て行った。それを見送って、志保はにやっと笑った。
「志保さん、もうひとつ食べない?」
 志保の様子にまったく気付いていない蘭が、無邪気に言った。志保はそんな蘭を愛しそうに見つめ、
「そうね、頂くわ」
 と言った。


「ったく、何で俺があいつのために本なんか探さなくちゃならねえんだか・・・」
 新一はぶつぶつ文句を言いつつも、紙に書いてあった5冊の本を探して、持って行くことにしたのだ
が・・・。
 リビングへ入ろうとした瞬間、その光景は目に飛び込んできた。
 一瞬、見間違いかと思った。何でそんなことになっているのか・・・まるっきりわけがわからなかっ
た。その光景とは・・・
「―――志保!!てめえ何してんだよ!!」
 新一はずかずかと部屋に入っていくと、蘭の肩を掴み、ぐいっと自分のほうへ引き寄せた。
 蘭は、呆然とした表情で、目を見開いていた。それはそうだろう。志保が蘭に何をしていたか。新一
の位置からははっきり見えてしまったのだ。志保が蘭の唇にキスしている姿が・・・。
「あら、どうしたの?工藤君」
「どうしたのじゃねえだろ!てめえ、俺の蘭に何しやがる!!」
「何って・・・口に付いていたレモンパイの欠片を取ってあげたんだけど?ねえ、蘭さん」
「え?あ・・・うん・・・」
 蘭はまだ呆けた表情のまま、頷いた。確かに「お口に、レモンパイが付いているわよ?取ってあげる
わ」とは言われた。でも、まさか自分の口で取るとは誰も思うまい・・・。
「〜〜〜とにかく、そこにある本持って、さっさと帰れよ!!」
 新一が、真っ赤な顔で怒鳴るのを、志保は呆れたように見返した。
「そんなに怒鳴らなくても帰るわよ。いやあね、嫉妬深い男って」
「な!!!」
「蘭さん、工藤君のことが嫌になったらいつでもわたしのところに来なさいね。いつでも待ってるわ」
 志保が蘭に満面の笑みを向けると、蘭は一瞬間を置いてから、慌てたように、
「え?あ、は、はい」
 と言ったので、今度は新一の顔は青くなり・・・
「―――志保、いいかげんにしろよ。蘭はおめえにはわたさねえっつってんだろ」
 と低い声で言った。その目は、かなり本気で怒っていた。志保は肩を竦め、
「ハイハイ、怖いわね、ホント。じゃあね、蘭さん、また今度」
 と言って、最後に優しい笑みを蘭に向けると、何事もなかったかのように、悠々と部屋を出て行った
のだった。
 そのまま玄関を出ようとして・・・ふと動きを止めると、くるっと向き直り、足音を殺してリビング
の部屋を覗いて見た。
 リビングの中では、新一が蘭を抱きしめ、キスをしているところだった。それを見て志保はふっと笑
うと、また玄関へ行き、今度は本当に靴を履いて外に出たのだった・・・。

「蘭、あいつには気をつけろよ。何考えてんだか・・・」
 甘く、長いキスの後、新一は蘭の腰に手をまわしたまま言った。
「でも・・・志保さん、いい人よ?」
「あんな事する奴がか?」
「あれは、その、唇に付いたレモンパイを・・・」
「ほんとにそんな理由のわけねえだろ!?いいか、とにかくもうあいつのとこには行くな!―――って、
何笑ってんだよ、蘭?」
 新一の顔を目を丸くして見ていた蘭が、急にクスクスと笑いだしたのを見て、新一はむっとしたよう
に言った。
「ゴメ・・・志保さんの言ったとおりだなって・・・」
「ああ?あいつに何言われたんだよ!?」
「ふふ・・・あのね、たまには新一にも心配させたほうが良いって・・・。わたしが他の人といるとこ
ろ見たら、きっと血相変えて飛んでくるわよって言われたの。わたしは、新一はそんなことないだろう
って思ったんだけど・・・」
 蘭の言葉に、新一はまた怒りがこみ上げる。もちろん、志保に対してだ。
「あいつ〜〜〜、わざとやりやがったな」
「でも、わたしはうれしかったよ?新一がわたしのこと、ちゃんと想ってくれてるんだってことがわか
って」
 恥ずかしそうに頬を赤らめて言う蘭。新一は蘭の肩を引き寄せ、強く抱きしめた。
「―――俺は、いつだって蘭のこと想ってるよ。・・・ごめんな、事件で放っといてばっかりで・・・。
でも、俺は蘭のことを忘れたことなんてないから・・・。これからもずっと、おめえだけを想ってるから」
「新一・・・」
「だから、おめえも俺のことだけ、想っててくれよ」
「・・・うん・・・」
 蘭は嬉しくて、新一の胸に頬を摺り寄せた。そんな蘭が愛しくて、抱く腕に力を込めながら・・・
 ―――志保のヤロォ・・・今度やったらゼッテーゆるさねえ・・・
 と思う新一だった・・・。


「たまには、あのくらいの罰を与えてもいいでしょう。普段蘭さんをほったらかしにしてるんですから
ね。もっと危機感を持ってもらわないと、他の男に奪われてからでは遅いのよ?・・・最も、あの蘭さ
んが工藤君以外の人を好きになるとは思えないけれど・・・。ホント、羨ましい男ね」
 と、志保は帰り道を歩きながら呟いた。
 そしてふっと小さく溜息をつき、結局工藤君においしい思いさせてないかしら?今度は蘭さんと2人
で旅行にでも行ってやろうかしら・・・。などと思いながら、不敵な笑みを浮かべたのだった・・・。

 ―――工藤君、覚悟なさい。油断していたらすぐに蘭さんを奪いにいっちゃうわよ?―――


 
 これは7000番をゲットされたアゲハ苺様のリクエストによる作品です。
志保ちゃんメインのお話はこれが初めて。結構難しいものですねえ。口調とか、しぐさとか、志保ちゃん
らしくかけているでしょうか。蘭ちゃんもてるお話は書いていて楽しいです。そしてジェラ新。
このサイトの中の新一は常に余裕ないです。良いんです、蘭ちゃんさえ良ければ(ヒドッ)
というわけで、楽しんでいただけたでしょうか?感想など頂けたら嬉しいです♪