彼女の笑顔



 あんなに寂しそうな彼女の笑顔を見たことはなかった。
 そして、あんなに綺麗な彼女の笑顔を見たことも、なかった・・・。


 「おはよう、木村君」
 朝、顔を会わすと必ず毛利は俺に笑顔でそう言ってくれる。そして、その横には必ずあいつが・・・
「おはよう毛利。と、工藤・・・」
 俺がそう言うと、毛利はにっこり笑い、あいつはぶっきらぼうに「よお」とだけ言って行ってしまう。
 俺が苦笑いしてそんな2人を見ていると、いつのまにか横にいた鈴木が、声をかけてくる。
「おはよ、木村君。ずいぶん新一君には嫌われてるみたいね」
「おはよう。そうだな。ずいぶん根に持たれてるみてえだけど・・・。別に気にしてねえよ」
「ふうん?」
 鈴木はちょっと不思議そうな顔をしたが、すぐに毛利の側へ行き、おしゃべりを始めた。
 俺は、じっと毛利を見つめた。最近の毛利は、本当に明るい、綺麗な笑顔で笑うようになった。それ
が誰のせいか、なんて聞かなくてもわかってる。だから、良いんだ。どんなに工藤に嫌われても。彼女
に笑顔が戻ったのだから・・・。

 1年前、高校の入学式で毛利に一目惚れした俺。でも、気持ちを伝えることは出来なかった。毛利の横
には必ずあの工藤新一がいたし、毛利の気持ちもなんとなくわかっていたから・・・。
 それでも簡単に諦めることは出来なくて、少しでも近付きたいと思っていたのだが、そんな俺の気持
ちに気付いたのは、毛利本人じゃなくて、工藤のほうで・・・。それ以来、俺に対するガードが堅くな
ったのは言うまでもなく・・・。
 が、その後、なぜか突然工藤は学校に来なくなった。何か、大きな事件に巻き込まれているんじゃな
いかという噂はあったが、それがなんなのか知っているやつはいなかった。
 そしてその頃から、毛利はたまに工藤の机を見ては、溜息をつくようになっていた。笑っていてもそ
の笑顔はどこか寂しそうで・・・。俺は、何とかしてやりたいと思った。部活の話や、テレビの話。何
でも良いから気が紛れるような話をして、毛利を元気付けようとした。
 毛利は優しいから、俺の話をいつも楽しそうに聞いてくれていたし、笑ってもくれた。でも、その笑
顔も、やっぱりどこか寂しそうに見えて・・・。
 俺じゃあだめなんだ。
 そう思った。きっと、毛利の本当の笑顔を取り戻せるのは、あいつだけなんだ・・・。

 そして、あいつは帰ってきた。
 相変わらず事件で警察に呼び出されることが多いが、それでもなるべく学校へ来るようにしているら
しい。ずっと休んでいたから出席日数が危ないというのもあるのだろうが、俺の目には今まで側にいら
れなかった分、毛利と一緒にいたいからというふうに見える。
 あれから毛利は、本当に嬉しそうに笑う。
 俺が、
「良かったな。帰ってきて」
 と言うと、ちょっと頬を染めながら、
「うん・・・。ありがとう、木村君。いろいろ気遣ってくれて・・・」
 と言った。その笑顔を見て、俺はなんとなく複雑な気分になったのだが・・・。
 でも、やっぱり毛利には笑顔が似合うから。だから、これで良いと思ったんだ。

 だけど・・・。せっかく帰ってきたっていうのに、あの2人はまだただの「幼馴染」らしい。
 工藤のやつ、どうしてさっさと告白しないんだ?警察に呼び出されたりして忙しいから、時間がない
のだろうか?
 最近、また毛利が寂しそうな顔をするようになった。
 以前にもまして、有名になった工藤は今年の新一年生のファンに囲まれたりすることも多く・・・。
毛利が、そんな工藤をちょっと寂しそうに見つめたりしている姿を見かけるようになった。
 ―――ったく、さっさと付き合っちまえば良いのに、何してんだか・・・


 「あれ、毛利?今帰り?」
 部活が終わり、帰ろうとすると校門のところに毛利が立っていた。
「あ、木村君。うん。木村君も?」
「ああ。あ、もしかして工藤を待ってんのか?」
 と俺が言うと、毛利の頬がピンクに染まった。
「正直なやつだなあ」
 と俺が笑うと、ちょっと拗ねたような表情で軽く俺を睨んだ。そんな表情も可愛いんだけど・・・
「もう・・・あ、新一!」
 毛利の視線を追って振り返ると、工藤が不機嫌そうな顔をして立っていた。
「よお、工藤。ずいぶん遅いんだな」
「・・・補習、だからな」
 と、肩をすくめる。
 そうか。今まで休んでた分補習を受けさせられてるって言ってたっけ。
「そうか。大変だな」
 と俺が言うと、工藤は「別に」と小声で言ってから
「蘭、行くぞ」
 と言って、さっさと歩き出した。
「あ、待ってよ。じゃあね、木村君。また明日」
「ああ、じゃあな」
 2人並んで歩いていくのを何気なく見送っていると・・・ふと、工藤が俺を振り返った。
 ん?なんだ?
 そう思った瞬間、また工藤は前に向き直り、そのまま行ってしまった。
 ?・・・なんだ?工藤のやつ・・・。
 その時、俺の胸にある考えが浮かんだが・・・
 まさか、な・・・。
 そう打消しはしたものの、俺を振り返ったときの、工藤の表情が気になっていた・・・。


 日曜日。
 俺は1人で街に出た。本屋に行った後、目的もなくぶらぶらと歩く。
 天気もいいし、こんな日はデートするには絶好だと思うけど・・・。あいにく、今の俺にはそんな相
手はいなかった。それがちょっと寂しい気はするが・・・。まあ1人でいるほうが気楽だし。と、自分
を納得させる。
 駅前まで出て、これからどうしようかと立ち止まったとき・・・
「あれ、木村君?」
 と、聞き覚えのある可愛い声・・・
「毛利?」
 振り向くと、そこには毛利がティーシャツにジーパンというラフな格好で立っていた。
「これからどこか行くの?もしかしてデート?」
「いや、1人でぶらぶらしてただけ」
「そうなの?木村君、格好良いんだから彼女くらいすぐできるでしょ?」
「んなことねえよ。毛利は?工藤を待ってんのか?」
 と聞くと、毛利は寂しそうに微笑んで、
「うん・・・。でも、今日は無理かも・・・」
 と言った。
「また事件で呼び出し?」
「うん・・・」
「そっか・・・。どのくらい待ってんの?」
「ん・・・2時間、くらいかな・・・」
 その言葉に、俺は目を見開いた。
「2時間!?そんなに待ってんの?工藤から連絡は?」
 毛利は、ゆっくりと首を振った。
「・・・帰んないの?」
 俺の言葉に、毛利は首をかしげ、
「だって、もしかしたらこれから来るかもしれないし・・・」
 と言った。
 俺は、軽く溜息をつく。
 今更ながら、毛利の工藤に対する想いの深さを思い知らされる。大きな事件に巻き込まれて、ずっと
帰ってこなかった工藤を待ち続けた毛利。きっと、誰にもその想いを変える事なんて出来ないんだろう。
 工藤は、そんな毛利の想いに気付いているんだろうか・・・?
「―――なあ、毛利。ちょっと付き合わないか?」
「え?」
「そこの喫茶店。そこからならこの場所も見えるし、俺、1人で退屈なんだ」
 すぐ側にある喫茶店を指差す。ガラス張りになっていて、中の様子もはっきりと見ることができる。
工藤が来れば、きっと気付くだろう。
「でも・・・」
「ずっと立ってて疲れたろ?お茶くらい奢るからさ」
 と俺が笑って言うと、毛利もくすっと笑い、
「うん。じゃあ、ちょっとだけ・・・」
 と言った。
 俺と毛利はその喫茶店に入り、窓際の席に座ると紅茶を飲みながら他愛のない会話をしていた。
 その間も、たえず毛利は外に視線を送っている。
「―――工藤は幸せモンだよな」
 と俺が言うと、毛利はドキッとしたように俺を見て、目を見開いた。
「え?どうして?」
「だってさ、こんな風に待っててもらえるなんて、すげえ幸せだと思うぜ?普通、2時間も待たされた
ら怒って帰っちまうぜ?」
「そ、そうかなあ」
「そうだよ。なあ、おまえらってどうして付きあわねえの?」
 俺が聞くと、毛利はちょっと悲しそうに俯いてしまった。
「どうしてって言われても・・・。片方だけが想ってるだけじゃ、だめなんだよ・・・」
「片方って・・・」
 毛利、気付いてないのか?あいつの気持ちに。
「新一は・・・わたしのことなんて・・・」
 そう言って、毛利がまた外に視線を向けた。
「!!新一!」
「え?」
 俺も一緒に外を見ると、確かに工藤がいるのが見えた。さっき、毛利がいたあたりに立って、きょろ
きょろと周りを見ている。きっと毛利を探しているのだろう。
「良かったな」
 と俺が言うと、毛利はちょっと照れたように、頷いた。
「ありがと、木村君」
 その時、ちょうど工藤が俺たちに気付いたようだった。
 毛利の姿を見つけると、ほっとしたような表情になり・・・だが、次の瞬間、急に険しい表情になっ
たかと思うと、ぱっと俺たちに背中を向けて歩き出してしまったのだ。
「え・・・新一!?」
 ―――あいつ、やっぱり・・・!!
 毛利が席を立とうとするのを、俺は手で制した。
「毛利、ここで待ってろよ」
「え?」
「俺が、あいつを呼んでくるから」
 俺はそう言い残し、喫茶店を飛び出した。

 商店街の中を、すれ違う人を吹き飛ばしそうな勢いで歩く工藤がいる。
 俺は、走って工藤に追いつくと、その肩を掴んだ。
「待てよ!!また逃げる気かよ!?」
 と、俺が言うと、工藤はきっと俺を睨みつけた。
「逃げてなんかねえ!!」
「じゃあどうして毛利を放って行こうとするんだよ?」
「・・・・・」
「―――なあ、工藤。おまえなんか誤解してねえか?」
「誤解?」
「ああ・・・。俺と毛利のこと」
 俺の言葉に、工藤の眉がぴくりと動いた。その正直な反応に思わず笑みが零れる。
「何が可笑しい?」
「いや、わりい・・・。相変わらず毛利のこととなると別人だなと思ってよ」
 工藤は、ばつが悪そうに俺から視線をそらせた。
「俺は、毛利が好きだよ」
「!!」
「でも、毛利は俺のこと、友達としてしか見てない。あいつが好きなのは・・・ずっと1人だけだ」
 と言うと、工藤の表情が戸惑いのものに変わった。
「あいつはずっと1人のことだけが好きで、ずっとそいつのことを待ってた。そして今も―――あいつ
は待ってるんだ。そいつが自分のことを見てくれるのを」
「だけど・・・」
「おまえがどうして俺たちのことを勘違いしたのかはしらねえけど、俺はとっくに毛利のことは諦めて
たんだぜ。毛利が、本当の笑顔を見せるのはおまえの前でだけだって分かってるからな。だけど、おま
えが毛利を放っておくなら・・・俺があいつを貰う」
「な・・・!!」
 工藤の顔色がさっと変わった。
「俺は、もう毛利があんな寂しそうな顔をしているのを見ていたくない。おまえが毛利と付き合う気が
ないのなら、俺が―――」
「ざけんじゃねえ!!」
 工藤が、突然俺の言葉を遮って叫んだ。周りにいた人たちが驚いて見ていたが、工藤の目には映って
いなかった。
「冗談じゃねえ!!俺以外のやつが蘭と付き合うなんてこと許してたまるかよ!!俺だって、ずっとあ
いつのことが好きだったんだ!!」
「―――それ・・・ホント・・・?」
 俺の後ろから、突然か細い声が聞こえた。
 驚いて振り向くと、毛利が目を見開いてそこに立っていた。
「ら、蘭、おめえ・・・」
 工藤からも、俺や通行人の影になって見えなかったのだろう。毛利を見ると、顔を真っ赤にしてうろ
たえている。
「ねえ、今の、ホントなの・・・?新一が、わたしのこと・・・」
 毛利は、工藤のことをじっと見つめながら言った。工藤は、真っ赤になって俯いていたが、やがてば
つの悪そうな顔で毛利を見ると、
「・・・ああ、本当だよ。俺は・・・蘭のことが、好きだ。ずっと・・・ずっと好きだった」
 と言った。その瞬間・・・毛利が、微笑んだ。
 まるで、大輪の花がゆっくりと開くように・・・回りの風景が全てかすんで見えるほど、それは本当
に綺麗な笑顔だった。
 俺も工藤もそんな毛利の笑顔に見惚れ、口が聞けないでいると、毛利の瞳から、今度は大粒の涙が零
れた。
「ら、蘭!?」
「よ・・・かった・・・」
 毛利は、涙を零しながらも、そう笑顔で言った。
「わたしも・・・好きだよ、新一が・・・。ずっと好きだった・・・」
 毛利の言葉を聞くと、工藤はゆっくり毛利に近付き、優しく、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと
その細い体を抱きしめた。
「待たせて・・・ごめん・・・」
「待たせすぎよ・・・」

 ―――やってられねえな・・・
 俺は小さく溜息をつくと、そっと2人の側を離れた。
 もう完全に2人の世界で、俺のことなんか見えてないだろうと思っていたのだが・・・
「木村」
 工藤が、俺を呼び止めた。
 振り向くと、工藤が毛利を抱きしめたまま、俺を見ていた。
「・・・サンキュー・・・」
「・・・別に」
 俺はにっと笑って見せると、その場から立ち去った。

 ―――まったく、世話の焼けるやつらだぜ・・・
 もう、こんなそんな役回りはごめんだぜ。と思いながら、俺は妙にさわやかな気分で家に帰ったのだ
った・・・。




 このお話はキリ番12345をゲットして頂いたミント様のリクエストによるものです。
第3者から見た新蘭、とのことだったのですが。この木村君と言う人、覚えてる方もいるかと思います
が、キリ番4000番のリク小説で登場した男の子です。結構お気に入りのキャラで、いつか再登場さ
せたいと思っていたのでこんなところで出してしまいましたが、いかがだったでしょうか?
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