***My Girl 〜類つく〜***



 
 今日はつくしの誕生日。

 そんな特別な日に、まずは朝食にホットケーキでも焼こうかと、類はキッチンに立っていた。

 そんな爽やかな朝に似つかわしくない、耳をつんざくような悲鳴が―――

 「ぎゃああああああっっ!!」

 ボールに入れようとしていた卵を思わず落とし、床で見事にぐしゃっとつぶれた卵にかまうことなく、類はキッチンを飛び出した。

 「つくし!?どうした?」
 そして寝室に飛び込んだ類の目に飛び込んできたのは―――
「あたし―――どうしちゃったの―――?」
 頭を抱え、途方に暮れるつくし。

 ベッドに起き上がったつくしの正面には、大きな姿見。
 そしてそこに映っているのは、おかっぱ頭に幼さの残る少女の顔―――。
 それは、どこか懐かしさを感じる顔で―――
 類の記憶が間違っていなければ、高校生の頃のつくし、そのものだった―――。


 ―――大学在学中につくしは司と別れ、卒業後に類と付き合いだし、今は類の両親にも認められ、都内のマンションに新居を構え仲睦まじく新婚生活を送っていたのだが―――

 結婚してから初めて迎えるクリスマスも2人きりでロマンティックなホテルでの夜を過ごし、そして今日はまだ仕事があるのだけれど、帰って来てから2人でつくしの誕生日パーティーをするはずだったのだ。
 幸せいっぱいのつくしの体に何が起きたのか?
 これはひょっとして夢だろうかと、類はしばし呆然と目の前で固まっているつくしの姿を見つめていた・・・・・。

 「何か変なもの食べたっけ?これって現実?夢?」
 目の前の鏡に映る自分は明らかに昨日までの27歳の花沢つくしではなく、おそらく10年くらい前―――高校生の頃の牧野つくしだ。
「仕事どうしよう?化粧したらごまかせるかな?」
「今日はやめた方がいいんじゃない?」
 パニックになって意味もなくパジャマ姿でウロウロし始めるつくしに、類は落ち着いた様子でそう言う。
「でも!今日は仕事納め前日でみんな忙しいのに!あたしが休んだらみんなに迷惑が―――」
 某雑誌の編集部に勤めるつくしは、社員になって今年で4年目。
 弱小編集部は人数も少なく、つくしのようなしっかり者の女性社員は上司からも頼りにされていて、なかなか休むことができない。
 しかも年末の忙しい時期に―――。
「しょうがないじゃん。その姿で行ったらみんなびっくりするよ。特に編集長、かなりの年だったと思うけど心臓は大丈夫?」
 類の言葉に、つくしはぴたりと動きを止める。  

 そして大きく溜め息をつくと―――
「―――わかった。電話してくる」
 と言って、部屋を出て行ったのだった―――。


 何とか鼻声を出し、インフルエンザにかかってしまったようだと嘘をつき、休むことを伝えたつくし。

 そして電話を終え振り向くと、今焼きあがったばかりのホットケーキを皿に乗せ、類がテーブルにそれを並べたところだった。
「うわ、おいしそう。類が作ってくれたの?」
「ん。今日は、つくしの誕生日だから―――」
「あ―――そうだった。今日で28歳―――でも、なんでこんな姿―――」
 つくしが、情けない顔で自分の姿を見下ろした。
「でも、そう変わらないよ?ちょっと若返ったなってくらいじゃない?だいたい、つくしはもともと童顔だし」
「―――てか、なんで類はそんなに落ち着いてるの?あたし一人ぱにくって、馬鹿みたいじゃない」
「そう?俺は感情が表に出ないだけ。十分驚いてるよ」
 そう言われても、ちっとも驚いているように見えないところが憎たらしいのだけれど―――
「とにかく、今日は俺も休むから2人でゆっくりしようよ。せっかくの誕生日なんだし」
 と言う類の言葉につくしは溜め息をつき―――
「―――そうだね。もうこうなったら慌てても仕方ないし。そのうち戻るよね」
 と言って笑ったのだったが―――。  


 結局、その日の夕方になってもつくしの姿が戻ることはなく。

 「どうしよう?明日もこのままなのかな」
 さすがにまた不安の表情を浮かべるつくし。
「うーん・・・・・」
 類も頭をかき―――
 それでもどこか楽しそうにつくしを見つめ、その手を引き寄せた。
「大丈夫だよ」
「でも―――」
「つくしに何があっても―――俺がつくしを守るから」
 そう言って、その唇に優しいキスをして。
「―――本当は28歳の姿に戻ってから渡そうと思ってたんだけど」
 そう言って、類はポケットの中をごそごそと探った。
「何?」
 不思議そうに首を傾げるつくしの首に、そっと手に持っていたそれをかけた。

 小さなハートの形に削られた、とてもきれいなピンク色の石と、3連に連なるダイヤが揺れるネックレスだった。

 「これ―――」
「誕生日プレゼント。ロードクロサイト―――インカローズともいうけど、それが12月28日の誕生石だって聞いて。つくしに似合うと思ったんだ」
 胸元にきらきらと輝くダイヤモンドと、ロマンティックなピンクのインカローズが揺れて―――

 つくしは、すぐには言葉を発することができなかった。

 「つくし?気に入らない?」
 類の言葉に、つくしはフルフルと首を振る。
「すごく、素敵。ありがとう、類―――。あたし―――もし元の姿に戻れなくても、いい。類が傍にいてくれるなら―――それだけで、すごく幸せ」
 そう言って微笑むつくしの目には涙が光っていて。

 類はつくしの頬を撫で、再び口付けをした。

 「俺も―――このままつくしが元に戻らなくても―――ずっと傍にいるよ。誰にも渡さない。いまさら―――離すつもりなんかないから」

 そのまま何度も口付けをして。

 そのまま熱い波に流されそうになった時―――

 「あ・・・・・れ・・・・・?」  

 類の目が、点になっている。
「え?どうしたの?類」
「―――つくし、元に戻ってる」
 その言葉につくしは驚き、すぐに体を翻し寝室へと飛び込む。

 壁の姿見に自分の姿を映して。
「―――ホントだ―――戻ってる・・・・・」
 後から部屋に入ってきた類はまだ呆然としていて―――
 どこか残念そうに見えるのは、気のせいだろうか・・・・・?
「―――類。まさか、若いころのあたしの方が良かったなんて、言わないでしょうね?」
 じろりと睨まれ、視線をそらせる類。
「ちょっと!」
「うそだよ、冗談だって。俺がそんなこと考えるわけないだろ?」
「どうだか」
 つーんと横を向いてしまうつくしの腰に手を回し、後ろから抱き締める類。

 「―――戻ってよかった―――。どっちでも良かったけど―――つくしが俺の傍にいてくれるなら、ね」
 そんな風に甘い言葉を囁かれれば、許さないわけにはいかなくて。
 つくしは苦笑して、類の手に自分の手を重ねる。
「じゃあ、ずっと傍にいて―――あたしがおばあちゃんになっても、ね」
「もちろん。―――誕生日、おめでとう。つくし」

 そうしてまた口付けを交わして。

 2人きりの夜がまた、更けていった―――。



                          fin.







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