*** 魅力的な悪魔 〜総つく〜 ***



*このお話は、「2009 Whiteday Special 総二郎編」から続くお話になります。
こちらのお話だけでもお読みいただけますが、より詳しい内容をお知りになりたい場合は、「2009 Whiteday Special 総二郎編」からお読みくださいませ♪


「あれ、あんた―――」
 明らかにあたしに向いている声に、あたしは足を止める。
 大学からバイト先へ向かう途中のことだった。

 目の前には、どこかで見たことがあるような若い男。

 ―――誰だっけ?

 「やっぱり。あんた、『牧野つくし』だろ?」
 そのしゃべり方、仕草・・・・・・こいつは・・・・・
「あんた、あの時の―――」

 忘れもしない。
 今年のホワイトデーの前日。
 田村礼子という女の指示で、男4人に拉致られたあたし。
 西門さんに振られた礼子という女の逆恨みだった。
 そのとき、あたしを拉致った4人の男たちの中の1人が―――
 こいつだった。

 「何の用?また拉致るつもり?」
 あたしの言葉に、その男が苦笑した。
「違うよ。もうあんなことしねえ。馬鹿なことして―――あんたには悪かったと思ってる」
 殊勝な態度の男に、あたしは目を瞬かせる。
「何を企んでるの?」
「何も企んでないって。俺、会社辞めたんだよ」
「え?」
「彼女の叔父さんの会社の社員だったんだけど・・・・・あの1件以降、急に人事異動になったり、待遇悪くなってさ。完全に厄介者扱いで・・・・・なんか馬鹿らしくなっちまって。今は不動産会社でバイトしながら宅建の資格取るために勉強中」
「へえ・・・・じゃあもう田村礼子とは」
「何の関係もないよ」
 そう言って、男は肩をすくめた。
「ほんとに、何であんな女にのぼせ上がってたんだろうって思うよ。あんな犯罪まがいのことまでして―――。あんたたちが訴えなかったおかげで表沙汰にはならずに済んだけど。危うく、自分の人生まで棒に振るところだった。本当に申し訳ないことしたし・・・・・感謝してるんだ」
 すっきりとした表情で笑うその様子は、確かにあのときの男と同じ人なのに、まるで別人のような印象だった。
「あたしは何にもしてないけど・・・・・。でも、そういう風に反省してくれてるんならあたしもうれしいよ。拉致られたことも無駄じゃなかったってことだもんね」
 あたしが笑って言うと、彼もぷっと噴出した。
「あんたはすごいよ。男4人に囲まれてもびびらないんだから。はっきり言って俺たちのほうがびびってた。最初から、俺たちには勝ち目なんかなかった。あんな女に使われてる時点でね。いい勉強になったよ」
「・・・・・他の3人は?」
「ああ、あいつらも似たようなもじゃねえかな。もともと友達ってわけじゃねえしよくしらねえけど・・・・・。みんな違う部署だったけど同じ社内だ。うわさで聞いてる。みんな会社は辞めて、新しい仕事についてるって話だよ。あの女のために馬鹿なことするやつなんて俺たち4人くらいのもんだったのにな、今から思えば。―――馬鹿な女だよ」
 吐き捨てるように言うけれど。
 それでも彼女に同情してるような目をしていた。
 きっと、そのときは本当に彼女のことを好きだったんだろう。
「そういや、あんたの話も聞いてるよ」
「え?」
「例の彼氏と、結婚するんだって?おめでとう」
 にやりと笑って言われ、あたしは不意打ちに会ったように一瞬言葉が出てこなかった。
「F4の1人と結婚なんて、大変そうだけどあんたならきっとやっていけるよ」
 なんだか顔が熱くなるのを感じ、あたしは両手で頬を覆った。
「あ、ありがと」
 そんなあたしを見て、またくすくすと笑われる。
「あんた、かわいいな。あんたとはもっと違う場所で出会いたかったよ。そうしたら―――」

 「誰と誰が出会うって?」

 突然後ろから聞こえてきた声にあたしは驚き、後ろを振り返った。
 そこには、仏頂面で眉間に皺を寄せた西門さんが、腕を組んで立っていた。
「あんた、誰」
 不機嫌な声そのままに、あたしと話していた男を睨みつける西門さん。
 彼は慌てて後ずさりながら
「お、俺は斉藤―――えと、結婚おめでとう。お幸せに!じゃあ!!」
 そう言い放つと、くるりと向きを変え、そのまま一目散に走り去ってしまった・・・・・・。

 「斉藤っていうんだ」
 そういえば名前知らなかったと思ってそう呟くと、西門さんがあたしをじろりと睨んだ。
「何だよ、あれ。何話してた?」
「何って・・・・・」
「顔、赤くして。まさか口説かれてたとかじゃねえだろうな」
「まさか!」
 思わずぎょっとする。
 でも・・・・・全部聞いていたわけじゃない西門さんに、どう話そう?
 見当違いのやきもちを妬いてる彼の誤解を解きたいところだけど・・・・・・。
「・・・・・怒らないで、聞いてくれる?」
「俺が怒るようなことなわけ?」
「そうじゃないってば」

 あたしはひとつ溜め息をつき―――

 『斉藤』の話をしたのだった。
「じゃ、あいつが拉致ったのか?くそっ、一発ぶん殴ってやるんだった」
 その様子に、早々に逃げ出した彼の姿を思い出し、苦笑する。
「でも、ちゃんと反省してたよ」
「お前は甘いんだよ。大体―――なんであいつにあんな顔見せるんだ」
「あんな顔って?」
 不思議に思って聞くと、西門さんは呆れたように溜め息をつき、あたしにずいっと顔を近づけた。
 あたしは思わず後ずさる。
「な、何?」
「ほら、そういう顔―――赤くなって、目が潤んで・・・・・男が、ぐっと来る表情だよ」
「は?何言って―――」
 あたしが何か言うより早く

 西門さんのキスがあたしの唇を塞いだ。

 あっという間の出来事。
 通り過ぎる人たちも気づかないほどの・・・・・。

 「次ん時には、もっと熱烈なやつにするから、覚悟しとけよ」

 そう言って満面の笑みを浮かべる彼が。

 眩しいほどに魅力的な悪魔に見えた・・・・・。


                           fin.






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