ウトウトとまどろむ、至福の時間。
隣に彼女の暖かいぬくもりがあれば直幸せで。
前の日の夜から飽くことなく何度も愛し続けて、さすがに眠気に勝てなくなってきた頃だった。
微かに聞こえてきたメロディーに意識が覚醒し始める。 目を開く前にそのメロディーが止んだため、また眠気に襲われそのまま熟睡しそうになったとき、牧野の声が聞こえてきた。
「―――もしもし?」 どうやら牧野の携帯電話の着信メロディーだったようだ。 半分夢の中で、牧野の声を聞く。 「うん、大丈夫・・・・・」 俺に気を使ってか、小声で話す牧野。 夢の中で夕べからの牧野の艶やかな声とリンクして、なんともいえない高揚感が沸きあがってくる。 手探りで牧野の体を掴まえようとして―――
その声が聞こえてきた。
「―――今日はダメ?―――そうなんだ・・・・・うん、わかった。来週は会える?―――だって、早く会いたくて・・・・・あたしの方が行っちゃダメなの?」 強請るような口調。 俺の中のアンテナが、ピンと反応する。
一体誰と話してる?
牧野がそんなに会いたがる相手って?
俺が寝ていると思って小声で話し続ける牧野。 俺はうっすらと目を開けて、ベッドに背を向けている牧野の姿を見つめた。
「そりゃ、会いたいよ。―――うん、大好き」
紡がれた言葉に、一気に覚醒しがばっと起き上がる。
それに気付いた牧野が、俺の方を振り返る。 そして、俺の表情を見た途端、その瞳は驚きに見開かれ――― 「西門さん?―――あ、ごめん、今西門さんと一緒で・・・・・」 電話の相手に謝る牧野。 俺が口を開こうとすると、 「あ、ちょっと待ってて」 そう言って手で制し、再び電話の相手に語りかける。 「―――うん、じゃあ来週ね」 電話を終えた牧野が、落ち着いた様子で携帯を閉じた。
一方の俺は、とても落ち着いてはいられなかった。 「―――誰と話してた?」 俺の低い声に、牧野がきょとんと首を傾げる。 「誰って・・・・・聞いてなかったの?」 「ああ聞いてたよ。人が寝てる間にこそこそと、会いたいだの、大好きだの・・・・・ずいぶん舐めた真似してくれんじゃねえか。さっきまで抱かれてた男の隣で、堂々と浮気相手と電話かよ」 俺の言葉に、牧野は目を瞬かせた。 「―――は?何言ってんの」 「何言ってるって?ふざけんなよ、いくら俺でも自分の女が隣で他の男に愛を囁いてるのなんか聞いてられるかよ!」 「ちょ―――ちょっと待ってよ!何勘違いしてんの?」 「うるせえ!相手は誰だよ!類か!?」 完全に頭に血が上っていた。
牧野が、電話の相手に『大好き』と言った。
それだけで、嫉妬で頭がどうにかなりそうだった。
漸く手に入れたのに。
他のやつになんか渡してたまるか。
「誤解だよ」 牧野が溜息とともに呟く。 「へーえ、どんな誤解なんだか、言って欲しいもんだな。『大好き』な相手に、『会いたい』んだろ?」 俺の言葉に、牧野は困ったように上目遣いで俺を見つめる。 「それだけ聞いたら、ほんとに浮気したみたい」 「違うって言うのか」 「当たり前でしょ!?」 むっとしたように顔を顰める牧野。 だけど、俺だって怒ってる。 まさかこの俺が、自分の彼女の口からあんな台詞を聞くなんて。 「じゃあ、電話の相手が誰だか言ってみろよ」 つい、乱暴な言い方になってしまうのを止められない。 そんな俺を睨みつけながらも、牧野は口を開いた。 「・・・・・弟よ」 その答えに俺は一瞬呆気に取られ・・・・・ 「お前、嘘つくなよ。実の弟に『会いたい』だと『大好き』だのって、言うかよ?」 俺の言葉に、牧野は小さく溜息をついた。 「だから、違うって・・・・・あれは弟に対して言ったことじゃなくて・・・・・」 「・・・・・どういう意味だよ?」 「だから・・・・・3ヶ月前、弟のところに赤ちゃんが生まれたの、西門さんだって知ってるでしょ?」 牧野の弟は、2年前に大学で知り合った女性と結婚していた。 そして待望の第一子が生まれたのが今から3ヶ月前のこと・・・・・。 「で、本当は今日、その赤ちゃんを連れてうちに来る予定だったのよ。でもそれが、弟の仕事の都合でダメになったって・・・・・その電話」 「・・・・・じゃあ、『会いたい』とか『大好き』ってのは・・・・・」 「赤ちゃんに、に決まってるじゃない。だって、向こうは長野に住んでてなかなかこっちに来れないし・・・・・出産したときに、病院にお見舞いに行ったきりだもん。だから今日も楽しみにしてたのに・・・・・。来週はどうかなと思って、聞いてみたけどまだわからないって。あんまりあたしが会いたがるから、弟が『そんなにうちの子が好きか』って。だから―――」
―――それで、『大好き』
俺は体中の力が抜けるような錯覚を覚えるほど、思い切り息を吐き出した・・・・・。
「・・・・・マジかよ・・・・・」 牧野が溜息をつきつつ、俺の顔を覗き込んできた。 「勝手に勘違い、しないでよね?あたしが浮気なんて、ありえない。西門さんじゃあるまいし」 その言葉に、俺もむっとする。 「おい、俺だって浮気なんかしねえっつーの」 「ほんとかな」 「当たり前だろ!俺が惚れてんのはお前だけ。これから先も一生ずっと―――お前だけだって、何度も言っただろ?」 その言葉に牧野の頬が染まり、それから照れくさそうに、俺の額をぺちんと叩いた。 「てっ」 「だったら、あたしのことももうちょっと信用してよ。来月には祝言あげようって言うのに・・・・・浮気なんて、するわけない」 拗ねたように俺を見つめる瞳。 俺は、シーツに体を巻きつけた牧野を、そっと抱き寄せた。 「―――ごめん、悪かった」 「・・・・・いいけど。ヤキモチ、妬いてくれたんだ」 「・・・・・否定はしない。マジで、焦ったんだ・・・・・俺以外のやつに、『大好き』なんて言ってるのかと思ったら・・・・・」 俺の腕の中で、牧野がくすくすと笑う。 「だって、本当に好きなんだもん。いつもシャメ見てるの。弟が、自慢げにしょっちゅう送って寄越すから。かわいくって・・・・・」 「・・・・・たまには俺の写真も見ろよ」 「いつも会ってるじゃん」 「・・・・・男の子、だったよな、確か」 「うん。いくらなんでも、甥っ子と浮気なんてしないよ」 「・・・・・安心できない」 そう言って、牧野の体をちょっと離して顔を覗き込めば、その頬は微かに赤く染まっていて。 「・・・・・心配性、なんだ。案外」 「そ。お前に関しちゃな。だから・・・・・俺たちも早く作ろう」 「何を?」 きょとんと首を傾げる牧野の体を、次の瞬間にはベッドに押し倒し、両腕で封じ込める。 「・・・・・俺たちの赤ちゃん」 見る間に真っ赤に染まる顔。 「甥っ子に会えなくても寂しくないように・・・・・・自分で産んじゃえばいいだろ?」 満面の笑みで見下ろす俺に、恥ずかしそうにしながらも、牧野が呟いた。 「・・・・・かわいい女の子が生まれても、あたしのこと忘れないでね」 そんな牧野がかわいくて。 思い切り抱きしめる。 「・・・・・忘れるなんて、ありえない・・・・・一生、愛してるよ・・・・・」
まどろみの中で、俺は何度も愛を囁いた・・・・・。
fin.
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