***有意義な時間の使い方。***


 日曜日。
 久しぶりに兄の鷹士は出かけていて、ヒトミの部屋に龍太郎が押しかけても誰も文句を言う人間はいない・・・はずだった。
 ソファに2人腰掛け、借りてきたDVDを鑑賞する。
 ヒトミは龍太郎の肩にもたれ、龍太郎の手がヒトミの髪をもてあそぶ。
 そんなゆったりとした時間を過ごしていた2人は、玄関のチャイムの音で現実に引き戻された。
「・・・・・・誰か来る予定でもあんのか?」
 おもしろくもなさそうに龍太郎が言うが、ヒトミは首を捻り
「さあ・・・そんな予定、なかったけど・・・。とりあえず出てきますね」
 パタパタと玄関に向かうヒトミの後姿を目で追っていた龍太郎だったが・・・。
「はい、どなた?」
 玄関に向かって声をかけるヒトミ。程なく扉の向こうから聞こえてきたのは・・・。
「あ、ヒトミちゃん、ボクだよ」
「透君?」
 声の主は、ヒトミの幼馴染、木野村透だった。
「どうしたの?」
「あの、お鍋を返しに来たんだけど・・・」
「あ!」
 何かに思い当たったように声を上げ、ヒトミが慌ててドアを開ける音が聞こえる。
 ――――鍋・・・?――――
 何の話だ・・・?
 わけが分からない龍太郎は眉間にしわを寄せ、耳をそばだてていたが・・・。
「返すのが遅くなっちゃってごめんね、ヒトミちゃん」
「ううん、そんなのいいけど。どう?具合は」
「うん、もうすっかりいいんだ。ヒトミちゃんのおかげだよ」
「そんなこと―――」
「おい」
 玄関先で話している2人の元へ、龍太郎が顔を出す。
「あ、先生」
 ヒトミが振り向き、にこりと笑う。
「あ、こ、こんにちは」
 透が驚いたように、ちょっと顔を赤らめながら言った。
「なんだ?その鍋」
 龍太郎が鍋を顎でさすと、ヒトミは鍋に目を移しながら口を開いた。
「あ、これ、うちのなんですよ」
「・・・・・お前んちの鍋を、どうして木野村が持ってるんだ?」
 ほんの少し、龍太郎の目が細められた・・・が、2人はまだ気付かない。
「先週の水曜日・・・だっけ?透君、風邪ひいて学校休んだんですよ。覚えてます?」
「・・・そうだったか?」
「うん。わたし、担任の先生に手紙を渡すように頼まれてたんで、夕方それを届けに透君の部屋に行ったんです。そしたら透君、熱出して寝込んでて・・・計ってみたら39度もあるんですよ!聞いたら病院にも行かずに寝てたって言うから・・・」
「・・・・で?」
「とりあえず風邪薬飲んだほうがいいと思って・・・。でも何か食べてからじゃないと、薬飲めないじゃないですか」
「・・・・・まあな」
「で、おかゆでも作ろうと思ったんですけど、透君ちのお鍋、穴が開いてて」
「最近、鍋を使った料理なんてしてなかったから」
 透が恥ずかしそうに頭をかきながら言うが・・・龍太郎は無言だった。
「で、うちからお鍋もって行っておかゆ作ったんですよ」
 にっこりと、無邪気に微笑むヒトミ。
 龍太郎は不機嫌そうに・・・それでも2人の関係を知っているので何も言わずにその話を聞いていたのだが、次の透の言葉に、耳を疑った。
「あの時は本当にありがとう。朝までついててもらったおかげで熱も引いたし、学校も1日休むだけですんだよ」
「いいってば。病気のときはお互いさま―――」
「おい、ちょっと待て」
「え?」
 突然龍太郎の声音が変わり、ヒトミは目をぱちくりとさせる。
「今・・・何つった?」
「え、病気のときは・・・」
「その前!木野村だよ。朝までって、言ったか・・・?」
 徐々に剣呑になっていく龍太郎の表情に、透はやばい空気を察したのか、開いたままの玄関から出て行こうと後ずさりし始めた。
「あ、あの・・・」
「だって、あのときの透君本当につらそうで、放って帰るなんてできなかったんですもん。お兄ちゃんだってわたしが熱出したときはいつもずっとついててくれてるし、具合悪い時って誰かにいてもらえると安心したりするじゃないですか」
 ニコニコとさも当たり前のことのように話すヒトミ。
 が、龍太郎の表情は更に険しくなり・・・
「あ、あの、ボク、これで・・・」
「あ、透君、帰るの?」
「う、うん、あの、ヒトミちゃん、本当にありがとう!それじゃ!」
 そそくさと逃げるように出て行ってしまった透を不思議に思って首を傾げるヒトミ。
「どうしたのかなあ?透君。ね、先生―――」
 と振り向いたところで―――龍太郎の、満面の笑みに出くわした。
「せ・・・先生・・・?」
 その満面の、しかしなぜか目は笑っていない龍太郎の笑顔に、ヒトミは一瞬固まった。
「なあ、ヒトミちゃん」
「は、はい?」
「1人暮らしの男の部屋に泊まるってことが、どういうことか、分かるか?」
「そ、それはあの、透君は男っていっても、お、幼馴染、だし・・・」
 距離がつまっているわけでもないのに龍太郎が迫ってくるような錯覚を感じ、ヒトミは後ずさった・・・が、後ろは玄関で、それ以上逃げようもなく・・・。
「幼馴染でも、男は男。その男の部屋に泊まって・・・まさか、眠りこけたりはしてねえよなあ・・・?」
「え・・・・・・」
 龍太郎の言葉に、ヒトミは思わずぎくりと体を震わせた。
 それを見た龍太郎の眉が、ピクリと吊り上る。
「おまえ・・・・・」
「で、でもあの、何もなかったし!だ、大体、透君がそんなことするわけ・・・!」
「ほお?お前さんの言う、そんなことってのはどんなことだろうなあ・・・?」
「へ・・・・・?」
「向こうでじっくり教えてもらおうか?なあ」
 そう言って、ずいっと近づいたかと思うと、あっという間にヒトミを横抱きに抱えあげてしまった。
「ちょ、先生!?」
「そんなにじたばたするな、落っことしちまうだろう。それともなんだ、ココで教えてくれんのか?」
 にやりと笑った、その意地の悪い笑みに、ヒトミは何も言い返すことができず・・・
「今日、確か鷹士は帰ってこないんだったよなあ?時間はたっぷりある。じっくり教えてもらうぜ、ヒトミちゃん?」
 龍太郎の足はまっすぐヒトミの部屋へと向かい・・・
 もはや、ヒトミは観念するほかなかったのである・・・・・。







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