恋の宿敵


 「最近、蘭のやつ、変じゃねーか?」
 と、唐突に新一が言った。
「は?」
 きょとんとして新一を見たのはクラスメートで蘭の親友でもある鈴木園子だった。
 ここは学校の教室。時は朝。蘭は空手部の朝練で、まだ教室にやってきていなかった。
「変って?どういうこと?」
「どういうって・・・う〜ん・・・なんつったらいいか・・・とにかく変なんだよ」
 園子は怪訝そうな顔をして、わけわかんない、という風に肩をすくめた。
「なんかこう・・・そわそわしてるっつうか・・・」
 必死に言葉を紡ぎ出そうとする新一をみて、園子も首を傾げてちょっと考えてみた。
「そわそわ、ねえ。そういや最近なんか楽しそうよ」
「楽しそう?」
「うん。たまにメールを見ちゃあニコニコしたりしてね」
 新一の顔に、一瞬動揺の色が走った。
「あら?あのメール・・・新一君からじゃないの?」
 園子がちょっとびっくりしたように言った。
―――ひょっとして、まずいこと言っちゃった?・・・
 と思っても後の祭りである。
「―――そのメール、いつきた?」
 平静を装いながら、新一が聞く。
「え・・・えーと・・・昨日新一君が目暮警部に呼び出されて、いなくなっちゃってから・・・かな。
―――あ、あのさ、ほんとにあのメール、新一君からじゃないの?」
 と、恐る恐る聞いてみる。と、新一は仏頂面で、
「―――俺があいつにメール送るのは大体夜だよ。昼間、仕事してるときにメールなんかやってる暇 ねーよ」
 と言った。
「そっか―――。あたしが『いいわねー、ダンナからラブメール?』ってからかったら、あの子赤く
なって『ちがうわよー』なんて笑ってたから、てっきり照れてるんだと思って・・・。ふーん」
 園子はちょっと意味深な含み笑いをした。
「何が言いたい?」
「べっつにー?ま、男からのメールとは限んないわよね。大阪の遠山さん・・・だっけ?彼女からか
もしれないしィ。でもそれだったら赤くなったりしないか」
 園子が一人、ああでもない、こーでもないと言っているうちにチャイムがなった。そろそろ蘭もく
るころだ。
「ま、がんばってね。あの子最近、特にきれいになってきたから、寄ってくる虫がウヨウヨいそうだ
し・・・。あの新出先生とか、ね」
 そう言って、最後に新一ににっと笑いかけてから、自分の席へと向かった。
その後姿を苦虫を噛み潰したような顔でにらみながら、新一は心の中で毒づいた。
(園子の奴!何か俺に恨みでもあるのかよ)
―――それにしても、蘭は一体誰とメール交換してるんだ?―――
 新一がイライラと考えていると、蘭が教室に入ってきた。
「おはよう!」
 にっこり微笑みながら入ってくる蘭。新一は思わずその笑顔に見惚れていた。
―――あの子最近、特にきれいになってきたから―――
 さっきの園子の台詞を思い出す。
そう、本当に蘭はきれいになった。昔からかわいかったしもてるほうだったが、最近特に・・・。
新一と付き合っているということは皆知っているはずだが、それにもかかわらず蘭に言い寄ってくる 男がいるのだ。今だって、蘭の笑顔に見惚れているのは新一だけではなかったのだ・・・。
 蘭が、新一に気付いてにっこり笑う。
 その笑顔を独り占めしたい。他の誰にも渡したくない・・・。
 新一が蘭に話し掛けようとする前に、担任の教師が教室に入って来た。
―――チェッ・・・ま、いいか。後でも聞けるし・・・な。
 そう思い直して、改めて蘭の後姿を見た。「幼馴染」から「恋人」になって数ヶ月・・・。手を繋
いだりする事にもようやくテレが無くなり、恋人らしくなってきたのだが―――
―――一体誰とメールなんか―――
 新一は心のもやもやを振り払うかのように首を振り、授業に集中することにした。


 その日の帰り、新一と蘭はいつものように手をつないで歩いていた。
―――結局、学校では聞けなかったな。園子の奴も側にいたし・・・でも・・・。
 3回。新一の勘が当たっていれば、少なくとも3回は蘭の携帯電話にメールが届いているはずだ。マ ナーモードにしている為、音は鳴らないが、それが振動した瞬間、蘭の体がそれに反応して一瞬動き を止める。が、すぐにそれを見ようとはせず、その後さりげなくトイレに立ったりするのだ・・・。
―――フン、見え見えだぜ。俺に隠し事をするなんて、いい度胸してんじゃねーか!
 蘭の家の前で、二人は足を止める。
「じゃ、また明日―――」
 そう言おうとする蘭の言葉を新一が遮る。
「ちょっと俺の家に来ないか?」
「―――ごめん、今日はお父さんに早く帰って来いって言われてるの」
 蘭がちょっと申し訳なさそうに言う。
「何か用事で?」
「うん。夜に、事務所で依頼者の人に会うことになってるんだけど、その前に夕飯、済ませちゃいた いからって・・・」
「そっか。じゃ、しょうがないな」
「ごめんね」
 ちょっと上目遣いで小首を傾げるその姿があまりにかわいくて、新一は思わず蘭を抱きしめ、その 唇を奪っていた。
「―――っ」 一瞬びっくりして体を強張らせる蘭。だが、次第に力が抜けてゆき、その体を新一に預けていた。
長く、深い口付け―――。その甘さに酔い、このまま力づくで蘭を自分のものにしたい衝動に駆られ る。―――が、蘭の顔が息苦しそうに赤くなっていくのを見て、仕方なくその唇を放した。
蘭の潤んだ瞳が新一を見つめる。
「蘭―――」
「何?」
「―――メール、誰から?」
「え!?」
 蘭は驚いて目を見開く。それはそうだろう。新一は構わずに続ける。
「今日、携帯にメール来てたろ?誰から?」
 じっと目を見つめたまま聞く。蘭はちょっと慌てたように目をそらし、
「え、えっと、あの、か―――お母さんから!お母さんからよ!」
「―――ふーん」
 相変わらず蘭は嘘が下手だ。多分最初は『和葉ちゃんから』と言おうとしたのだろう。だが、もし 新一が平次にその話をしたらうそをついたのがすぐにばれてしまう。だから慌てて言い直したのだ。
 そんなことは名探偵でなくても容易に想像できた。
 だが蘭は、ばれているとは思いもしないようで、
「じゃ、もうわたし行くね」
 とにっこり笑って言った。
「ああ、じゃあな」
 新一も微笑んで、ちょっと手を上げた。蘭がくるりと新一に背を向けて階段を上がっていく。新一 はそんな蘭の後姿を、見えなくなるまでじっと見つめていた・・・。


その夜。
 毛利探偵事務所の3階・・・、蘭の部屋の窓を叩く者がいた。
 器用に窓枠につかまり、窓を叩くその男―――白いマントに白いシルクハット。口元には不適な笑 み・・・そう、それは―――
「キッド!」
 窓を開けて、蘭がうれしそうに呼びかける。
「こんばんは、おじょうさん・・・。今夜は一段とお美しいですね」
 と言って、キッドはニッと笑った。蘭はくすくす笑って、
「相変わらず気障ね」
 と言ったが、その顔はまんざらでもない様子。
 その様子を陰から見て、怒りに身を震わせているのは―――もちろん、新一だった。
―――なんでキッドが蘭のところに!?それに蘭のあのうれしそうな顔はなんだよ!?俺という彼氏 がいるのに!!
 ギリギリと歯を食いしばりながら見ている新一の目の前で、キッドと蘭はロミオとジュリエットよ ろしく、月明かりの下見つめあいながら談笑している。
 ふと、キッドの手が伸び、蘭の頬に触れた。
新一の体がカッと熱くなる。
―――もう我慢できねー!!!
「キッド!蘭から離れろ!!」
 物陰から飛び出して叫んだ新一を、蘭が驚いて見る。
「新一!?どうして―――」
「やっぱり来ましたね。名探偵君」
 と言って、キッドはニヤッと笑ったのだった―――。


 「―――どういうことか、ちゃんと説明しろよ」
 新一が横目で蘭を睨みながら低い声で言う。
 場所は夜の公園。いくらなんでもあそこで喧嘩を始めるわけには行かず・・・。時間が時間だし、 小五郎に気付かれたら面倒だ。それに―――“キッドの姿を他人に見られたらまずいから”という蘭 の主張があったからだ。
キッドをかばう蘭に苛立ちを覚えながらも、新一は仕方なく黙ってここまできたのだった。
 蘭は新一の視線に困ったような顔をした。
「まあそう睨むなよ。蘭が怯えてるぜ?」
 相変わらずキッドがニヤニヤしながら言う。
 その言葉に新一はむっとして、
「―――何でおめ―が蘭を呼び捨てにすんだよ」
 つかみ掛かりそうな剣幕に、蘭が慌てて間に入る。
「あ、あたしが良いって言ったのよ!」
 その言葉に、新一はますます不機嫌になる。
「ちゃんと―――説明するから、ね」
 蘭が新一をじっと見つめて言った。新一は渋々それに頷く。
「前に―――園子の家の船上パーティーで、キッドに眠らされたでしょ?」
「ああ」
 そういえばそんなことがあったな、と新一は思い出す。
「そのとき、私、キッドの素顔見ちゃったのよ」
「な!?」
「それが―――新一そっくりで―――わたし、新一がキッドなのかと思ってびっくりした・・・。で も、次の日、新一にそっくりな男の子を街で見かけて―――その人がキッドなんだって分かったの」
「何で警察に言わなかったんだよ?」
「だって、証拠は何も無かったし・・・。それに、悪い人には見えなかったから、何か理由があって やってることなんだって思ったの」
 そう言って、蘭はキッドを見てにっこりと笑った。キッドも蘭に微笑みかける。新一はますます面 白くない。
「で!?」
 半ばヤケクソ気味に話の続きを促した。
「そのときは、それだけで―――何事も無かったの。それからは街で見かけることも無かったし。で も、新一が戻ってきて―――1週間くらいたったころかな。一人で歩いている時に、偶然遭ったのよ」


―――回想―――
 その時、蘭はちょうど細い道から大通りへと歩を進めたところだった。そして、怪盗キッドこと黒 羽快斗は、大通りから細い道へ曲がろうとしたところで―――二人はちょうど、真正面から向き合う ように、ばったり遭ってしまったのだ。
 ―――やベー!!
 快斗は内心物凄く焦った。―――が、そこは天下の怪盗キッド。表情には全く出さずそのまま通り 過ぎようとしたのだが、そのとき蘭の口から思いもよらない言葉が発せられたのだ。
「久しぶり!!」
 そう言って、蘭はにっこりと笑った。その言葉が自分に向けられたものとわかっていながら、快斗 はそれが信じられず、
「―――誰に言ってんの?」
 と、間抜けなことを聞いてしまったのだった。
「あなたキッドでしょう?」
 まるで普通に友達に話し掛けるように言われて、快斗は青くなった。
 ―――ととと突然何を言うんだ、この女あ!!!
 考えるよりも先に、快斗は蘭の手を掴むと人通りの少ない細い道へと蘭を引っ張って行った。
「ちょっと痛いじゃない!」
 大通りからだいぶ離れたところまで来て、快斗はようやく蘭の手を放した。
「もう、なんなのよ?」
 蘭は訳が分からない、と言った風に頬をぷくっと膨らませて快斗を睨んだ。
「そっちこそ!なんだってあんなこと言うんだよ!?」
 と、快斗も負けじと蘭を睨み返した。
「あんなことって―――キッドって言ったこと?」
「他に何かあんのか?」
「だって、あなたキッドでしょ?船上パーティーでわたしを眠らせた―――」
「うわ――――――!!」
 突然快斗が大声を出したので、蘭が驚いて両手で耳を塞いだ。
「―――何よォ!びっくりするじゃない!」
「こ、こんな所でなんてこと言うんだ!誰かに聞かれたりしたら―――!」
 真っ赤になって怒る快斗を、きょとんとした顔で見ていた蘭は、暫しの沈黙の後、急にぷっと吹き 出したかと思うとクスクスと笑い出した。
「な、何がおかしいんだよ!?」
 快斗はますます顔を赤くして声を荒げた。
 ひとしきり笑った後、蘭は顔をあげ、快斗を見て、またにっこり笑った。
「ごめん、つい・・・素顔は案外かわいいんだなあと思ったらおかしくなっちゃって・・・」
「あ、あのなァ」
「ごめんね?」
 小首を傾げて、上目遣いで快斗を見つめる。その顔がやけにかわいくて、快斗は思わず赤くなって 顔を背けた。
 蘭はそんな快斗を不思議そうに見ている。
―――なんだか、こいつに怒るの馬鹿らしくなってきたぜ。
「―――どうして、今まで俺のこと黙ってたんだ?」
 少し落ち着いて、快斗が聞く。蘭は肩を竦め、
「だって、証拠、無いもの。それに―――眠らされる直前にチラッと見ただけだから、絶対っていう 確信が無かったし」
「けど・・・誰かに相談くらいしようと思わなかったのか?彼氏とか・・・」
「新一のこと知ってるの?」
「有名だからな」
「・・・そっか。でも、あの時は側にいなかったし・・・」
「いただろ?」
 快斗が、蘭を真っ直ぐに見て言った。
「―――やっぱり知ってるのね?コナン君が―――」
 そこまで言って、蘭は口をつぐんだ。
「―――まあね。気配みたいなもんがあるし。そう考えると全て辻褄が合うんだよ」
「そう。―――さすがね。でも、わたしはまだ、あの時知らなかったもの」
「全然?」
「―――疑ってはいたけど、確信は無かった。それに―――そうよ!あなた、新一にも一度変装して るでしょ?」
 急に思い出したように、蘭は快斗を睨んで言った。
「アハハ・・・バレてた?」
「もう。おかげでこっちは混乱しっぱなしよ」
「まァまァ・・・で?もう奴は元の姿に戻ったんだろ?」
「それも知ってるの?」
 蘭が目を丸くする。
「何で俺のこと言わないんだ?」
 快斗がそう聞くと、蘭はそれには答えず、じっと快斗を見つめた。
 不思議な瞳・・・優しくて、儚い、弱いけど、強い、きらきらと輝く宝石のような瞳に、吸い込ま れそうになる。
 快斗は胸の鼓動が早くなるのを感じて困惑した。
 青子に似てる。―――最初に見た時からそう思っていた。だからか?―――いや、ちょっと違うな。 似てるけど、ちがう。こいつにまっすぐな瞳で見つめられると―――なんだかドキドキしてしまうの だ。
「―――何か、理由があるんでしょう?あんなことをしている理由」
「―――どうしてそう思う?」
「あなたの目がとても優しかったから―――きっと、何か深いわけがあるんだと思ったの。園子から 聞いた怪盗キッドの話―――あれはあなたじゃない。いくらなんでもそんなおじさんじゃないもの。 ―――でも、あなたがあんなことをするのは、その昔のことも関係してるんじゃない?」
「・・・・・」
「別に答えなくっても良いわ。―――疑われるのは仕方ないと思うけど、わたしはあなたのこと、誰 にも言うつもりは無いわ。新一にも―――。もっとも、新一だったらそのうち気付くかもしれないけ ど・・・。それまでは黙ってるから」
 そう言って蘭は、にっこりと笑った。
「―――信用できない?」
 どう答えるべきか、快斗は悩んでいた。あの名探偵の彼女を、信用して良いものかどうか―――。 だが、今まで誰にも言っていないというのも事実のようだ。それなら・・・これからも、言わないだ ろうか?
「どうしたら信じてもらえる?」
 蘭は小首を傾げて聞いた。
 その時、快斗の頭にある考えが浮かんだ。
「―――そうだな。交換条件っていうのはどう?」
 そう言って、快斗はニヤリと笑った。


「交換条件だって?」
 新一が訝しげに言った。
「そ。ま、そんな必要なかったかもしんねーけど、一応な」
 そう言って快斗は肩を竦めた。
「―――で?どんな条件なんだ?」
「新一―――怒らないで聞いてね?」
「―――俺が怒るようなことなのか?」
 蘭がちょっと困ったような顔をすると、快斗がすかさず言った。
「大丈夫だって、蘭。蘭は名探偵のことが心配なだけなんだからさ。それに、言い出したのは俺なん だし」
「―――で?何なんだよ?」
 新一がイライラと言う。
「ボディーガードだよ」
「ボディーガード?―――蘭のか?」
「ちがうちがう、名探偵のさ」
「は!?俺!?」
新一は驚いて目を見開いた。
「そ。やっぱ探偵なんかやってると危険と隣り合わせだろ?特に“工藤新一”は有名な名探偵。逆恨 みされることだってあるだろうし、恋人としては心配だよな。でも、蘭がずっとおまえについて回る ことはできない。そこで、俺の出番ってワケ。―――おまえが警察に呼び出されたら、蘭がメールで 俺に知らせてくれることになってるんだ。で、俺はおまえの側で、気付かれないように見守ってるっ てワケ。途中経過なんかを、時々メールで送りながらね」
 ―――なるほど、それでメール・・・でも、ちょっと待てよ。今日、俺はずっと学校にいたぞ。
「・・・気付いちゃった?」
 キッドは楽しそうにクスクスと笑う。
「実は、メール交換したり、夜、直接蘭の家に報告に行ったりしてるうちになんか気が合っちゃって さ。用事が無くってもメール送ったり、会いに来たりするようになっちゃったんだよね」
 とキッドは悪びれもせずに言う。
「あの・・・黙っててごめんね、新一」
 蘭ははにかむように言った。ちょっと上目遣いで見るその表情はとてもかわいく、許してあげたい 気持ちにもなるのだが―――
「ボディーガードなんか必要ね―よ。余計なことすんな。―――それに、蘭が警察に言っちまったと ころで、どうにでも誤魔化すことができるだろ?何でわざわざ交換条件なんか―――」
「まーね。でも、そのほうが蘭が安心するんじゃないかと思ったんだよ。―――なんかほっとけない んだよなー、蘭ってさ」
 と、キッドが言うと、蘭はちょっと照れたように頬を染めた。
「ま、そーゆーワケだから、あんまり蘭を責めないでやってくれよ」
 キッドは新一にウィンクしてみせると、さっとマントを翻し
「じゃ、またな」
 と言って、二人に背を向けた。
「あ、おい!ちょっと待てよ!!」
 と新一が言ったときには、すでにキッドの姿は無かったのである。


 「新一〜、そんなに怒んないでよ〜」
 ムスッとして腕を組んだままベンチに座り黙ってしまった新一に、蘭が一生懸命謝っている。
「でも、ね、キッドって悪い人じゃないんだよ。ちゃんと新一がどんな様子だったかわたしに報告し てくれて・・・わたしを心配させないようにしてくれたんだよ」
「―――それが大体気にいらねーっつってんだよ。俺に黙ってそんなこと―――」
「だって言ったら怒るじゃない」
「当たり前だ!!ボディーガードなんていらねーんだよ。それも、よりによって怪盗キッドが・・・ あいつは、泥棒なんだぜ!?」
「わかってるわよ・・・」
「どーだかな―――それに、最近はあいつが寄越すメールを楽しみにしてんじゃね―のか?今日、あ いつが来た時だって妙に嬉しそうだったじゃねーか」
「そんなこと・・・」
「俺に隠れてあいつとこそこそ逢って・・・。ったく、どういうつもりなんだよ!」
 新一の怒りはなかなかおさまらない。
「ご、ごめんって・・・でも、別に話したりするだけだから・・・」
「当たり前だろ!?それ以上のことがあったら許さね―よ」
「そ、それに・・・キッド、好きな女の子がいるのよ」
「え?」
 蘭の言葉に新一が意外そうな顔をする。ようやく自分の方を見てくれたことにホッとし、蘭は微笑 みながら続けた。
「幼馴染の女の子でね、わたしにちょっと似てるらしいんだけど・・・。キッドね、その子の話ばっ かりするのよ。よく喧嘩するらしくって、その愚痴とか・・・うまくいってる時は、とっても嬉しそ うだし。ホント、普通の男の子よ。新一とも結構気が合うんじゃないかと思うんだけど・・・」
「ジョーダンじゃねーよ!!何で俺が―――」
 と、また怒って言ったが、キッドに好きな女の子がいると分かって、少しホッとしているようだっ た。表情が幾分やわらかくなって、蘭を見る。
「―――もう、隠してること無いだろうな?」
 じろっと蘭を睨む。
「うん。もう無いよ。―――ホント、ごめんね。もう隠し事しないから―――」
「絶対だぞ」
「うん、約束する」
 蘭はニッコリと笑って頷いた。
 夜の公園でほの暗い街灯の下、微笑む蘭はまるで白く輝く天使のように見えた・・・。
 新一は、そっと腕を蘭の肩に回すと、そのまま自分の方へ引き寄せ、静かに唇を重ねた。蘭もされ るがままになっている・・・。
 徐々に深くなっていく口付け―――。蘭の舌に自分の舌を絡ませ、口の中を貪るように味わう。
 時々、蘭の口から漏れる甘い吐息と、甘い髪の匂いに新一の理性がだんだん溶かされていくのを感 じた。
 が、しかし・・・
 ―――幾らなんでもここじゃまずいよな・・・。初めてなんだし、せめて俺の家とか・・・。
そんなことを考えながら唇を放し、蘭の潤んだ瞳を見つめる。
「―――蘭、これから、俺んち来ない?」
「これから?」
 蘭が驚いて聞き返す。
「ああ―――。だめか?」
「う・・・ん―――。お父さんに黙って出てきちゃったし・・・。明日も学校あるでしょう?」
「・・・そうだな」
 新一はがっくりと肩を落とした。
「ごめんね」
 申し訳なさそうに、蘭が言う。
「いや、良いよ。そうだよな。平日はまずいよな、やっぱ―――。じゃ、週末にでも泊りに来いよ」
 なるべく明るく言う。実際、週末は蘭が新一の家へ泊りに行くことが多い。
 蘭もその言葉にニッコリ笑って、
「うん、分かった」
 と言ったのだった―――。


蘭を家まで送っていき、新一が自分の家の門を開けたのはもう夜中の12時を回っていた。小さくため 息をつきつつ門を開け、中に入った時、ふと、後ろに人の気配を感じて振り向いた。
「よ、名探偵。さっきはどうもな」
キッドが不敵な笑みを浮かべ、門に寄りかかって立っていた。
「―――なんで、こんな物置いてった?」
 新一がジーパンのポケットから出したのは小さなカードだった。
 それには“今宵、あなたの大切な蘭の花を頂きに参ります”と言う内容が書かれていた。これを見 たから、新一はあんな時間に蘭の家まで行ったのだ。
「好きな子がいるんだろ?」
「蘭に聞いたのか。―――ただの幼馴染だよ。蘭が勝手に勘違いしてんだ」
「―――蘭のことはどう思ってるんだ?」
 キッドは、ニッと笑って新一を見返したが、その目は笑っていなかった。
「彼女は、俺の大切な宝石だよ。―――一緒にいると楽しいし、あの笑顔を見てると、ドキドキする ―――。できれば攫っちまいたいくらいだが―――」
 新一は、射るようにキッドを睨んでいる。キッドはさり気なくその視線をかわし、
「今はまだ、その時じゃないな。―――俺が欲しいのは蘭の心だ。無理やり奪うことはできない」
「蘭は渡せねーよ」
「ああ。でも、俺は諦めない。―――今日は、このまま隠しておくのは蘭が気の毒だったし、フェア じゃないと思ってね。今度行くときは予告状なんかださね―ぜ」
 と言って、キッドはニッと笑うと、門の上にふわりと見を躍らせた。
「じゃーな、名探偵。また会お―ぜ」
 新一が何か言おうとしたが、口を開いたときにはもう、キッドの姿はそこには無かったのである・ ・・。
「ちっ、かっこつけやがって・・・」
 一人呟くと、新一はため息をつきつつ、家の中へと入って行った。
「本当はぜーんぜんフェアじゃないんだよなァ」
 と言ったのは、工藤家の庭にある大きな木の天辺に立っているキッドである。
「あっちはすでに恋人同士・・・全く、あんな濃厚なキスシーン見せ付けやがって」
 キッドは公園での一部始終を見ていたのだ。キッドにとって、それは意外なほどショックな光景だ った。二人の関係はわかっていたはずなのに・・・。キッドの胸にジェラシーと言う名の炎が燃え上 がっていた。今までに感じたことの無い、鈍い痛み・・・。青子に対する気持ちとは、明らかに違う ものだった。
「だが、本当の勝負はこれから・・・。名探偵、覚悟しとけよ」
 こうして、戦いの火蓋は切って落とされた・・・。
 名探偵工藤新一と怪盗キッドの蘭をめぐる恋のバトルは、今、始まったばかり―――。

 
初めて快蘭新小説書いてみました。どうでしょう?この話には続編があります。蘭ちゃんを巡る 恋のバトルはまだまだ広がる予定・・・です。もし気に入っていただけたらまた読んでやってください。