***恋心 56 〜あきつく〜***



  「その怪我、どうしたの?」

家に帰った途端、驚いた顔の牧野が俺を迎える。

「―――別に。てか、なんでお前がここに居んの?」

「あ、ちょっと、美作さんのお母さんとお茶の約束してて・・・・・」

「またか」

最近、俺の母親のお気に入りになった牧野はよく家に来る。

一緒にお茶したり、ケーキを作ったり、タイプの違う2人なのに、意外と気が合うようだった。

「そんなことより、その顔の傷!早く手当てしないと」

そう言って俺の手を引こうとする牧野の手を、思わず振り払う。

牧野が、目を見開く。

「―――悪い。けど、大丈夫だから」

ふいと目をそらし、俺は牧野の横を通り過ぎ、自分の部屋へ向かった。

別に、牧野のせいじゃない。

例のごとく人妻とデートしてて。

待ち伏せしてたらしい旦那に見つかって、殴られた。

よくあることだ。

そろそろ潮時だと思ってたし、未練もない。

腹が立っているのはそんなことじゃなかった。

ましてや、牧野に対してでもない。

敢えて言うなら、自分に対して腹を立ててるんだ。

こんな恋をするなんて自分でも信じられなかった。

不毛な恋だ。

どうにもならない。

自分の部屋のドアを開けようとしたその時。

「待って!」

後ろから、牧野の声。

「救急箱、持ってきたから―――手当て、させて」

溜息とともに、自嘲気味な笑いが漏れる。

―――馬鹿な女だ。人の気も知らないで―――

「―――わかった。入れよ」

そうして牧野を部屋に招き入れ。

後ろ手に、部屋の鍵を閉める。

「―――相変わらず、無防備な奴だよな」

「え?」

キョトンとして振り向くあいつを、じっと見つめる。

「美作さん?」

「俺が―――男だってこと、忘れてるだろ」

ゆっくりと、牧野に近付く。

いつもと違う気配にようやく気付いた牧野が、それに合わせて後ずさる。

「―――男の部屋に、のこのこ入ったりして―――後悔するぜ?」

その黒髪に、そっと手を伸ばす。

ピクリと引きつる表情。

「もう―――止められねえからな」

射抜くように見つめて。

俺は、牧野を引き寄せると、その唇を奪った―――。







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