***恋心 5 〜類つく〜***



 
 好きで好きでたまんないって気持ちを形にできたら、それを牧野に見せてやれるのに。

 そうしたら、きっと牧野を不安にさせることもないのにな。

 そんなことを思いながら、さっきから上の空で紅茶をすする目の前の牧野を見つめる。

 「牧野、こぼれてるよ」
「へ・・・・・わっ、やだ」
 慌ててテーブルの上に零れた紅茶をナプキンで拭く牧野。
 その様子がおかしくて、思わず吹き出す。
「さっきから、何ぼーっとしてんの」
 おれの言葉に、ちょっと困ったように俺のほうを見る。  

 なんでだかなんて、大体わかってることなんだけどね・・・・・。

 「べ、別に何でもない。類のほうこそ、フランスはどうだったの?向こうでどんなことしたの?何も話してくれないじゃない」
 牧野の言葉に、俺は肩をすくめた。
「牧野が、聞きたくなさそうだったから」
「そんなことないよ、なんであたしが―――」
「俺、向こうで静には会ってないよ」
 牧野の目が、驚きに見開かれる。
「なんで―――」
「向こうも忙しかったみたいだし、俺も、遊びに行ったわけじゃないからね。何度かメールでやり取りはしたけど、結局お互いのスケジュールが合わなくて。またいずれってことで最後に電話で話して帰ってきたんだ」
「そう―――なんだ」
 ほっとしたような、気が抜けたような表情。

 先月、仕事でフランスへ行くと言ったときからどこか落ち着かない、何か言いたげな様子を見せていた牧野。
 きっと静のことを気にしているんだろうということは聞かなくてもわかったけれど、それを口にしようとはしないので、こちらから言うのもどうかと思って黙っていたのだ。
 だけどフランスから帰ってきてからもう1週間だ。  

 いつまでもこのままじゃ、まともにデートもできない。
「俺のこと、信用してなかったの?向こうで、こっそり静に会うとでも思ってた?」
 おれの言葉に、牧野はバツが悪そうに視線をそらせる。
「そういうわけじゃ・・・・・」
「じゃ、どういうわけ?俺が帰ってきてからずっと、ろくに目も合わせようとしないんだもんな。さすがに俺も我慢の限界」
 そう言って溜め息をつくと、途端に慌てだす。
「ご、ごめん。信用してなかったわけじゃなくて・・・・・ただ、やっぱり静さんは特別な人だし、向こうに行けば知り合いって言えば静さんくらいなんだし、当然会ったりするかなって―――」
「俺って信用ないんだ」
「だから、そうじゃないってば」
 一生懸命釈明しようとする牧野がかわいくて。
 わざと拗ねてる振りをしてみた。
「心配なら、おれに聞けばいいのに」
「だって・・・・・嫉妬深いって思われそうで。静さんのことはあたしも好きだし、疑いたくないっていう気持ちもあったし」
 それはきっと本心だろう。
 静の話になると、ちょっと複雑そうな顔をする牧野。
 きっと気にしているんだろうなとわかってはいたけど。
「俺は向こうにいる間もずっと、牧野のことばっかり考えてたよ」
 そう言って見つめれば、牧野の頬がみるみる赤く染まっていく。
「そ、それは、あたしだって・・・・・」
「ほんとに?」
 頬を染めて照れる牧野をじっと見つめる。

 本当は、俺にとってはそっちのほうが重要だったりする。

 たとえ1ヶ月でも、牧野と離れることに不安を感じていた。

 その理由が―――

 「あきらの妹の家庭教師、まだ続けるの?」
 牧野があきらに頼まれて始めたバイト。
 双子の妹の家庭教師を週に2日。
 おれの知らない間に勝手に決められていた話に、最初はかなり面白くなかった。
「だってお給料もいいし、美作さんの家なら安心だし」
 という牧野の言葉に、盛大な溜息をついたものだけど。
「美作さんはほとんど家にいないよ。デートで忙しいみたい。双子ちゃんはおしゃまでちょっと生意気だけどすごくかわいいの。やっぱり凄く頭いいしね。家庭教師っていうより遊び相手に行ってるみたいな感じ」
 そう言って楽しそうに笑う牧野の姿に、ちょっとホッとしていた。
 だけど、俺がいない間に何か問題が起こってないとも限らない。
 それだけが心配だったんだけれど。
「うん。美作さんのお母さんも気に入ってくれたみたいで・・・・・。それでね、そのお母さんの好意で、ダンスを習いに来たらどうかって・・・・・」
「ダンス?誰に?まさか―――」
「その・・・・・美作さんに・・・・・」
「なんでそんな話になったの?」
 ついきつい口調になってしまうのは仕方のないところだろう。
「来年、類たちは大学卒業でしょ?その時のプロムは、高校生の頃のと違って本格的なものだから、ダンスもちゃんと踊れたほうがいいだろうって」
「だからってなんであきらに習うんだよ」
「だって、類もダンスは苦手だって」
「そうだけど、でもあきらに習うのはダメ」
「なんで?美作さん教えるのうまいよ?」
「って・・・・・もしかしてもう習ってるってこと?」
 おれの言葉に、ぎくりと肩を震わせる牧野。
「あ・・・・・いや、試しに1度やってみようって言われて・・・・・」
「・・・・・・」
 無言で牧野を見つめる。
「―――おれも行く」
「へ?」
「俺も一緒に行くから、あきらの家。だから―――あきらとは踊っちゃダメ」  

 そのおれの言葉に。

 牧野の顔は青くなったり赤くなったり。

 まるで信号のように落ち着きなく変わったのだった・・・・・。



                                fin.







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