どうしても、言ってほしい言葉があって。
でも、言葉にしてそれを強請ることはできなくて。
彼の背中を見つめることしかできないあたし。
このまま帰ってしまったら、どんな顔するだろう。
気付くかな。
それとも―――
あたしは、ぴたりと足を止めた。
どんどん遠ざかっていく彼の背中。
このまま、気付かないのかもしれない。
あたしとデートしてたことさえ忘れてしまうかも―――
そんな不安に背筋がぞっとする。
彼が、角を曲がる。
このまま、戻ってこない・・・・・?
そんな悪夢が頭をよぎり、それでも足を踏み出せずにいた、その時―――
今姿を消したその角から、慌てた様子の西門さんが戻ってきた・・・・・。
「何してんだよ!?」
「あ―――ごめん、あたし―――」
「お前―――今日は変だぞ?全然しゃべんねえし。なんかあったんじゃねえのか?」
「―――何も」
「―――じゃあなんでさっきから俺と目を合わせようとしない?」
「そんなの―――気のせい―――」
西門さんの顔を見上げようとしたその瞬間、西門さんがあたしの両肩を掴んだ。
「そんな言葉で、俺が納得すると思ってんのか?―――言っとくけど、俺はお前と別れるつもりはねえからな」
思いもかけない西門さんの言葉に、あたしは呆気にとられ―――思わずその顔をじっと見つめた。
「―――は?」
「俺が知らないと思って、ごまかそうとしても無駄だぜ。お前、ここんとこ毎日類の奴と会ってるだろ」
「え―――何で知って―――」
「んなことどうでもいいんだよ!一体どういう了見で、彼氏の俺を差し置いて類と毎日こそこそ会ってんだよ?言っとくが、俺は浮気なんて一切認めねえからな」
その俺様な発言に。
さすがのあたしもカチンとくる。
だって―――
「じゃあ、西門さんはどうなの?」
「は?」
「知ってるんだよ。西門さんこそあたしに隠れて、こそこそきれいな女の人と会ってるじゃん」
1度だけじゃない。
会社の近くの喫茶店で会ってるところを何度も見てる。
とてもきれいな、年上の女性・・・・・。
「もしかして―――瑞希さんのことか?着物着てる?」
「そうだよ。女優さんみたいにきれいな―――」
「あれは、着付けの先生だよ」
「―――は?着付け?」
「そう。うちにきてる門下生を何人か、頼んでるんだ。今までずっと頼んでたばあちゃんがぶっ倒れて、急きょ頼むことになったからここ数日、何度か会って話してた」
淡々と説明されて。
でも、すぐには納得できない。
だって、すごくきれいで―――西門さんだって、見惚れてた。
だから、あたしは、自信がなくて―――
「それより、お前はなんなんだよ?なんで類と会ってた?」
「それは―――いろいろ相談してて―――」
「相談?なんの?俺にはできなくて類にはできるわけ?」
「だって、そんなの―――」
西門さんのことなんだから、当然だ。
西門さんの気持ちがわからなくて。
自分に自信がなくて。
ずっと相談してた。
「―――西門さんと、ずっと付き合っててもいいの?」
「はあ?何言って―――」
「あたし―――自信ない」
思わず零れる言葉。
きっと、あたしじゃなくてもいい。
西門さんにはもっとお似合いの―――
「ふざけんなよ」
西門さの手が、あたしの手首を掴む。
「俺と別れて―――そんで類と付き合うわけ?」
「だから、なんで―――類は関係ないよ」
「納得できるか。つきあってる俺といるよりも類との時間のが多い。それでも今まで黙ってたのは、それが友情だって自分に言い聞かせてたからだ。お前のこと、信じてたから―――」
「あたしは―――」
「類にも、他の男にも、お前は渡さない」
「勝手なこと言わないでよ!あたしのことなんて―――そんなに好きでもないくせに」
言ってしまった言葉に、西門さんが顔を顰める。
「何言ってんだ、お前―――。好きでもない奴と、どうして付き合うんだよ」
「だって」
好きだって言われたことなんて、一度もない。
何となく付き合い始めて。
「お前―――馬鹿じゃねえの」
ふっと、西門さんの表情が崩れる。
「そんな泣きそうな顔して―――無理してんじゃねえよ」
「無理なんか―――」
「俺のことが好きなくせに」
その言葉に、ぐっと詰まる。
だって否定なんかできない。
好きだから。
でも―――素直にもなれない。
「ったく―――馬鹿だな」
西門さんの手が、あたしの頬を撫でる。
「言いたいことは、ちゃんと言えよ。そしたら俺が―――いくらでも答えてやる」
「―――じゃあ、言ってよ。ちゃんと―――西門さんの気持ち、教えてよ」
「―――わかった。なら、覚悟しとけよ」
「え―――」
「好きだよ、お前が」
呆気なく彼の口から零れた言葉が、まっすぐにあたしの胸に染み込んでいく。
涙が、零れ落ちた。
今まで堪えていたものが、溢れ出すみたいに。
「覚悟しろよ。俺にこんなこと言わせたからには―――浮気なんて、絶対許さねえからな」
「あんたに言われたくない―――てか、するわけ、ない」
ぎゅうっと、彼の腰に抱きつくと。
ふわりと、抱きしめられて。
「お前を捕まえておけるなら―――いくらでも言ってやる」
そう耳元に囁いて。
唇が触れるくらいの距離で。
ずっと欲しかった言葉を、あたしだけに―――
「好きだよ・・・・・」
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