きみの記憶


 新一が帰ってきた。 
 あんなに会いたいと思っていた新一が・・・。
 でも、新一は・・・

 「おはよう、新一!」
「ああ、おはよう。―――毛利、さん・・・」
 家の前で待っていた蘭に、新一はそう挨拶を返した。
 その瞬間、蘭の表情が悲しげに歪む。新一は、すっと顔を背けた。
「・・・行こうか」
 蘭は、すぐに気を取り直すと、にっこりと笑い新一の横に立って歩き出した。
 そんな蘭を、新一は戸惑いながら見つめる。
 新一の視線に気付きながらも、蘭は前だけを向いて歩く。

 新一は帰ってきた。
 でも、新一は蘭のことを覚えてはいなかった。
 蘭のことだけではない。自分のこと、家族のこと・・・全て、忘れてしまっていたのだ。
 新一と一緒に現れ、付き添っていた宮野志保は言っていた。
「ショックによる一時的な記憶障害だと思うわ」
 ショック・・・新一は、ある闇の組織と戦っていた。回りの協力もあり、漸くその組織を壊滅させ、
元の姿に戻ることが出来たのだ。だが、その戦いによるダメージが、極限状態で戦っていた新一に相当
のショックを与えることとなって・・・。
 志保は、泣きながら蘭に謝った。
「ごめんなさい・・・。わたしがあんな薬を作らなければ・・・」
 でも、蘭には志保を責めることは出来なかった。たった1人の姉を殺され、組織に追われながら新一
のために解毒剤の研究をしていた志保。どんなにつらかったか・・・。
「志保さん、自分を責めないで。大丈夫、きっとそのうち治るわ。わたしは、新一が帰って来てくれれ
ばそれでいいの。それより、志保さんもちゃんと休まなきゃ駄目よ?すごく、疲れてるでしょう?」
 蘭は、志保を優しく抱きしめた。志保は、蘭の胸にすがり、泣きつづけたのだった・・・。


 新一は学校へ戻り、以前と変わらぬように生活していた。
 友達のことは覚えていなかったが、すぐにクラスに馴染み、友達も出来ていた。
 蘭も、表面上は以前と変わりなく過ごしていた。
 たぶん、蘭の本当の気持ちに気付いているのは親友である鈴木園子だけだろう。
「蘭、大丈夫なの?無理しないでよね?」
 いつも、園子は蘭のことを心配してくれている。
「大丈夫だよ?わたしには園子がいるもん」
 冗談めかして言うと、園子はちょっと拗ねたように、
「もう、すぐそうやってごまかして・・・」
 と文句を言っていたが、蘭は本気で言っていたのだ。
 新一が記憶を失い、平気でいられるはずはない。でも、園子が常に蘭を気遣ってくれるおかげで、表
面上だけでも明るい顔をしていられるのだ。園子がいなかったら・・・学校へ来るのもつらかったかも
しれない。


「園子さん?わたし、宮野志保です」
 園子の元へ、突然志保から電話があったのは新一が戻ってきて1ヶ月ほどたったある日のことだった。
 園子は、その電話に驚きを隠せなかった。蘭から話は聞いていたものの、直接彼女と話したことはな
い。どうしてその志保が・・・?
「志保、さん?なあに?」
 はっきり言って、園子は志保にあまり良い感情を抱いていなかった。詳しくは聞いていなかったが、
新一があんなふうになってしまった原因は志保にあるのでは、と園子は思っていたのだ。
「ごめんなさい、突然電話なんかして・・・。あなたに、お聞きしたいことがあるの」
「わたしに?」
「ええ・・・工藤くんのことで」
「新一君のこと?それならわたしに聞くより、蘭に聞いたほうがいいんじゃない?」
 園子の言葉に、電話の向こうで志保が一瞬黙った。
「だめなのよ・・・」
「だめって・・・」
「蘭さんは・・・本当のことを言ってはくれないの」
「?それ、どういうこと?」
「学校での、工藤くんの様子を聞いても、ただ“新一は元気だよ。前と変わらない”と言うだけで。わ
たしに気をつかっているのだと思うの。わたしの前ではほとんど工藤くんのことに触れずに・・・その
かわり、わたしのために食事の支度をしてくれたり、ケーキを焼いてくれたり・・・」
「そう・・・あの子らしいわ」
 園子は溜息をついた。
「だから、迷惑かもしれないと思ったけれど・・・あなたに聞こうと思ったの。学校での工藤くんの様
子を」
「分かったわ。でも、何から話せばいいの?」
「友達に接している様子や、蘭さんといるときの様子を」
「う〜ん、そうねえ。友達といるときは、もう前と変わらないくらい普通に接してるわ。休み時間にサ
ッカーやったり冗談言って笑わせたり・・・。でも、蘭とはあまり話したがらないわね」
「そう・・・」
「ただ・・・これは、たぶん蘭も気付いてないと思うけど」
「なあに?」
「蘭が他の男の子と話したりしてると、すごい目で睨みつけてるわ」
「それ、ホント?」
「うん。本人無意識かもしれないけど・・・」
「そう・・・」
「これ、参考になる?」
「ええ、とても。ありがとう、園子さん」
「ううん、別に・・・」
 園子は、ちょっと照れくさそうに言った。
「それで・・・ひとつ相談したいことがあるんだけど、良いかしら」
「?わたしに出来ることなら、良いけど・・・なあに?」


 それから3日後、蘭たちのクラスに1人の転校生がやってきた。
 担任の教師に連れられてやってきたその人物は蘭も良く知っている人物で・・・
「大阪から来ました、服部平次いいます。よろしゅう」
 平次は、にっと笑い、教室を見渡した。
「服部くん!?」
 蘭が驚いて、声を上げる。
「おお、姉ちゃん久しぶりやのう。これからよろしゅうな」
「どうして・・・」
「ちょっと事情があってな、当分こっちにおることになったんや」
 平次はそういいながら、ちらりと新一を見た。
 新一は、平次のことも覚えていなかった。組織と対決するときは一緒にいたのだが、その後記憶を失
ってからは1度も会っていない。要するに今の新一にとって、平次は初対面の人物なのだ。その平次と
、蘭はどうやら知り合いらしい・・・。新一は、仏頂面で平次を睨みつけていた。そんな新一の様子を
見て、平次はにやりと笑った。同じくその様子を見ていた園子も、満足そうに微笑んでいた・・・。

「ある事件の捜査でな、一時的にこっちへ来ることになったんや」
 休み時間になり、蘭の隣の席に座った平次は話し始めた。園子も側に来て話を聞いている。
「そうなの」
「どのくらい時間がかかるかわからないさかい、ここの校長にも親父のほうから頼み込んでもろうて協
力してもらってんねや」
「大変だね。和葉ちゃん寂しがってるんじゃない?」
「ああ、平気やあいつは。そんなことより、姉ちゃんに頼みたいことがあるんやけどなあ」
「え?わたしに?」
「そや。昨日はビジネスホテルに泊まったんやけど、ずっとそこにいるわけにもいかんからな。事務所
のほうでええから、こっちにいる間泊めてくれへん?」

『ガタンッ!!』

 突然椅子が倒れる音がして、蘭が驚いて振り向く。と、そこには椅子を倒して立ちあがっている新一
が・・・
「新一?どうしたの?」
「あ、いや、別に・・・」
 ばつが悪そうに俯く新一を見て、平次と園子は顔を見合わせ、にっと笑った。
「で?どうや、姉ちゃん」
「え、わたしは良いけど、一応お父さんにも聞いてみないと・・・。それにしても、服部くん、泊まる
ところも決めないでこっちに来たの?」
「ああ、急な話やったからなあ。あのおっちゃんのことなら大丈夫やろ。親父のほうから頼んでもらっ
とくわ」
 平次はそう言うと、「トイレ行って来るわ」と言って、席を立った。そして、園子も他の友達のほう
へと離れていった。
 新一は、すたすたと蘭の側へ歩みより、蘭をじっと見詰めた。
「?どうしたの?新一」
 蘭が、不思議そうに首を傾げる。とにかく、記憶を失ってからというもの、新一から蘭に話し掛けて
くることはほとんどなかったのだ。
「あのさ・・・本当に、あいつを家に泊めるの?」
「服部くんのこと?うん・・・事務所のほうだけどね。泊まるところがないのに、追い出すわけにもい
かないでしょう?」
 きょとんとしながら事も無げに言う蘭を見て、新一は胸にもやもやとするものを感じていた。
「けど・・・危険じゃねえの?」
「危険?どうして?」
「どうしてって・・・年頃の男を、同じ家に泊めるなんて・・・」
 蘭は、暫く目を瞬かせていたが、漸く新一の言わんとすることを理解し、おかしそうにぷっと吹き出
した。
「やだあ、新一ってば。服部くんなら大丈夫だよォ。それにね、わたしのお父さん、探偵でしょう?そ
こにいれば何かと便利だと思ったんじゃない?別に下心があるわけじゃ・・・」
「ん・・・なことわかんねえだろ!?何でそんな平気な顔してられんだよ!?」
 突然声を荒げ、机を叩きつけた新一に、蘭は目を丸くした。
「・・・新一・・・?」
「あ・・・わりい・・・」
 新一ははっとし、蘭から視線をそらせた。
 その様子を廊下から見ていた平次の側に、園子がやってくる。
「思った以上の効果があったみたいね」
「ああ。まったく正直なやっちゃ。これはやりがいありそうやなあ」
「ちょっと・・・やりすぎて、本当に蘭に手え出したりしないでよ?」
 園子が、平次をじろりと睨む。
「あったり前や。んなことしたら工藤に殺されてまう。宮野の姉ちゃんにも釘刺されとるからな」
「なら良いけど。でも、志保さんもすごい作戦思いついたもんよね」
「ホンマや。策士っちゅうんはあの姉ちゃんみたいな人のことを言うんやなあ」
「これからが楽しみねえ」
 ニヤニヤと笑う園子を見て、あんたも悪趣味やけどなあと内心で思う平次だった・・・。


 ―――なんでこんなにイラつくんだ。いくら幼馴染だって、ここまで気になんのはおかしくねえか?
 蘭の家の前の通りを隔て、建物の陰に身を置いた新一は、今日1日わけのわからない苛立ちを抱えな
がら過ごしたことに疑問を抱いていた。
 毛利蘭という女の子が、自分にとってどういう存在なのか。記憶を失ってからというものずっと胸の
中にあった疑問。志保から、彼女は新一の幼馴染だと聞いた。彼女もそう言っていた。だけど、本当に
それだけなのだろうか?新一は、気付けば蘭のことを目で追っていた。友達と話している蘭、真剣に授
業を聞いている蘭、そして、せつなそうに自分を見る蘭・・・。どうしてそんな目で俺を見る―――?
 新一は蘭が自分以外の人間に笑顔を向けることが、すごく嫌だった。そして、今日も・・・。
 ―――なんなんだよ?あの服部とかいう奴は!蘭に馴れ馴れしくしやがって・・・。蘭も蘭だ!何で
あんな奴と仲良さそうに話してんだよ!?俺は・・・蘭にとってなんなんだ?俺にとって、蘭は・・・?

 いくら考えても分からない疑問を打ち払うように、新一は家に着くなりすぐに着替え、こうして蘭の
家の前までやってきたのだ。事務所には、まだ蘭の父親の小五郎がいるのが見えた。
 暫く見ていると、平次が小五郎の後ろの窓際まで来たのが見えた。新一は、はっとして身を隠す。
 それからそっと様子を伺ってみると、平次は窓に背を向けて小五郎と話していた。小五郎とも知り合
いらしい平次は、かなり打ち解けた感じで話をしていた。その様子を見て、新一はますます不機嫌にな
るのだった・・・。


「んで、こっちにはいつまでいるんだ?」
 小五郎が、平次に聞いた。
 ここは毛利探偵事務所。応接セットのソファには3人分のお茶をいれて来た蘭が座っていた。
「そんな長いことかからへんと思うで。ま、2,3日でどうにかなるんちゃうか?」
「2,3日?そんなに早く!?」
 蘭が吃驚して目を見開く。
「何だ、そんなに早く解決するんなら、わざわざ転校することもなかったんじゃねえか」
「だから、本当は転校ちゃうねんて。学校側には説明してるんやけど、クラスの奴らにまで詳しく話す
わけにはいかんからそういうことにしてもらってんのや」
「ふーん、ずいぶんまどろっこしいことするんだな。で、どんな事件なんだ?」
「それはまだ言えん。解決したら話したってもええけどな」
 と、平次がにやっと笑って言ったとき、小五郎のデスクの上の電話が鳴り出した。
「おっと・・・はい、こちら毛利探偵事務所・・・ああ、警部殿、お久しぶりで・・・はァ・・・はい
、分かりました。では、すぐに・・・はい」」
「何か事件?」
 蘭が、心配そうな顔をして聞く。
「ああ、今日は遅くなるかもしれん。―――おい、おめえ、分かってんだろうが・・・」
 小五郎が、ギロリと平次を睨む。
「わかっとるって。俺は紳士やで」
「何言ってやがる」
 にやりと笑う平次に、半ば呆れ気味にそう言ってから、小五郎は出かけて行った。
「さあて・・・」
 平次は、窓からチラッと外を見て、その姿を見つけると、口の端で笑った。
「姉ちゃん、ちょいこっち来てみい」
「?なあに?」
 蘭が、きょとんとしながらも窓の側へ寄る。
「ま、ええから。ほれ、おっちゃんが歩いとるのが見えるで」


「ん・・・?」
 新一は、事務所から小五郎が出てくるのを見ていた。
 ―――どこか行くのか?そういや探偵だったよな。何か事件か・・・?
 なんとなく気になり、小五郎の姿を目で追っていた新一だったが・・・
 突然、はっとして事務所の窓に目を向ける。
 ―――あのおっちゃんが出てったってことは、今あそこには、あの服部って奴と蘭の2人きりじゃね
えか!
 その時、ちょうど窓際にいた平次の側に蘭が来たところだった。
 蘭が、窓から小五郎の姿を見つけ、柔らかく微笑む。
 新一の胸が、どきんと音を立てる。
 蘭と平次は、その場で何か話しながら、時々笑っている。楽しそうに笑う蘭の姿を見ていると、また
新一の胸にもやもやとしたものが広がり始める。
 ―――ちきしょう・・・何なんだよ、この妙な気持ちは・・・。蘭・・・。
 暫く見ていると、平次が、蘭の耳に唇を寄せ、何か囁いているのが見えた。
 ―――!!!な、何してるんだっ、あいつはァ!!蘭から離れろっ!
 が、そんな心の声が届くはずもなく・・・。平次は、蘭の腕を掴み、そのまま蘭の体を引き寄せた。
蘭は一瞬、吃驚したような顔をして身を引きかけたが、平次にまた何か言われ、そのままおとなしく平
次に体を預けている。
 ―――なな、なんなんだよ!?どうなってるんだ!?
 新一は、その光景に動揺し、パニック状態になりかけたが・・・
 その時、不意に新一の脳裏に蘭の姿が浮かんだ。
 ―――え?何だ?今の・・・蘭・・・?でも制服が・・・帝丹高校のじゃねえぞ・・・?それに、蘭
ももう少し幼かったような・・・
 突然浮かんだその映像に戸惑っていたが、平次が蘭の耳に再び唇を寄せたのを見て、またむっとして
その光景を睨みつける。―――と、また、新一の脳裏に蘭の姿が浮かんだ。今度は、もっと幼い・・・
小学生くらいの蘭の姿だ。
 ―――な・・・んだ・・・?蘭・・・?どうして・・・いや・・・俺は、知ってるんだ・・・。この
ときの蘭も・・・さっきの蘭も・・・ずっと、見てきた・・・。そうだ・・・俺は、ずっと蘭のことを
・・・
「蘭・・・」
 知らずに、声に出していた。
 すると、その声に応えるかのように、蘭が窓の外を見た。
 ―――やべ!
 新一は慌ててまた建物の陰に身を隠そうとしたが・・・
 ―――!?
 続いて目に飛び込んできた光景に、新一は固まった。
 平次が、自分の体で隠すように蘭を抱き寄せる。そして、蘭の顔を両手で挟み、そのまま顔を近付け
て・・・
「あ―――あんのやろォ―――っ!!」
 その瞬間、新一の中で何かが音を立ててはじけた。
 通りを行き交う車を無視して道路を突っ切り、事務所の階段をものすごい勢いで駆け上がる。
 
 『バター――ン!!!』

 突然、すごい音がしてドアが開き、蘭はギョッとして入り口に顔を向けた。
「し・・・んいち・・・?」
「服部!!蘭から離れろ!!」
 入ってくるなり、ものすごい形相でそう叫んだ新一を見て、蘭は目を丸くする。
「新一・・・今、蘭って・・・」
「なんや、無粋なやっちゃなあ、せっかく良いところやったのに・・・」
「うるせえっ、てめえには遠山さんがいるだろうが!!蘭には手ェ出すんじゃねえよ!」
「!!」
 蘭が、驚いて目を見開く。平次も、一瞬驚いたような顔をしたが・・・
「なんや、もう記憶戻ってしもおたんか。おもろないなあ」
 と言った。
 その言葉に、蘭が平次の顔を見る。
「記憶、戻ったって・・・ほんとに・・・?」
「本人に聞いてみい?」
「新一・・・?」
 蘭が、戸惑いがちに、新一を見ると・・・新一は思い切り仏頂面で2人を睨み、
「んなことより、いつまで抱き合ってんだよ!?」
 と言った。蘭は、はっとして慌てて平次から離れた。
「だ、だって、突然すごい音でドアが開くから、吃驚して・・・。そ、それより、本当なの?記憶が・
・・戻ったって・・・」
「・・・ああ、ついさっきな・・・。ごめん、蘭。心配かけて・・・」
 と新一が言うと、蘭の瞳に、瞬く間に涙が溢れた。
「新一・・・」
「蘭・・・今まで、悪かった・・・。ずっと待っててくれたのに、俺・・・」
 蘭は、首をぶんぶんと振って、新一の言葉を遮った。
「そんなの・・・!もう、いいよ。わたしは・・・新一が無事に戻ってきてくれれば・・・それで、い
いの。わたしのこと、思い出してくれなくても・・・新一が無事なら・・・」
 とうとう顔を伏せて泣き出してしまった蘭の背中を、服部が優しくぽんぽんと叩くと、新一を見てに
っと笑った。
「ほなら、俺ももう帰るわ」
「え?服部くん、帰るの?」
 蘭が、驚いて顔を上げる。
「ああ、俺の役目も終わったみたいやし」
「役目って?何かの捜査のために来てたんじゃないの?」
「・・・おい、まさかおめえの役目って・・・」
「言うとくけど、考えたのは俺やないで。あの姉ちゃんや。宮野とかいう・・・それと、鈴木さんやな」
「志保さんと、園子・・・?」
 蘭が、きょとんとしながら首を傾げる。
「あのやろお・・・」
 全ての事情を理解したらしい新一が、苦々しげに呟く。
「まあ、結果的に工藤の記憶も戻ったんやし、許してやり。2人とも工藤の・・・というより、2人の
ことを心配してたからこそこんなことを俺に頼んだんやから」
「―――わかってるよ」
「ねえ、どういうこと?」
 さっぱり理解できない蘭が、拗ねたような表情で聞く。
「ああ、後でゆっくり工藤に説明してもろたらええよ。俺はもう行かんと新幹線に間に合わんし。今度
2人で大阪に遊びに来たらええ。和葉も姉ちゃんに会いたがってたし」
 そう言いながら、平次は素早く身支度を終わらせ、事務所のドアをあけ、出て行こうとした。
「おいっ、待てよ、おめえさっきのこと―――」
「ああ?」
「さっきみてえなこと・・・今度やりやがったら、ゼッテーゆるさねえからな!」
 新一がきっと睨みつけると、平次はにやりと笑い、
「ほなら、そうされないようにしっかり捕まえとくんやな。―――さいなら〜」
 ばたんとドアを閉め、行ってしまった平次を呆然と見送る蘭。
「―――なんだったのかな?」
 小首を傾げ、考えている蘭をちらりと見て
「おめえも・・・なんだって服部の奴なんかとくっついてんだよ?」
 と言った。
「え?―――ああ、さっきの?だって、服部くんが捜査のためだから協力してくれって・・・」
「だからって、あんな―――キスまですることねえだろ!?」
「キ、キスなんてしてないわよ!」
「されそうになってたじゃねえか!」
「そんなことないってば!何よ、何でそんなに怒ってんのよ!」
 蘭にそう切り返され、ぐっと詰まる新一。
「新一?」
「・・・嫌だからに決まってんだろ?」
「え?」
「誰だって・・・好きな子が他の奴にキスされそうになってんの見たら、怒るだろうが」
 ぷいっとそっぽを向いて、真っ赤になっている新一。蘭は、驚きに目を見開いた。
「新一・・・それって・・・」
「ずっと・・・おめえのことが好きだった・・・」
 今度はまっすぐに、蘭の瞳を見つめながら、新一は言った。
「誰にも、渡したくねえんだ・・・。それが、どんな奴でも・・・」
「新・・・一・・・」
「蘭・・・おめえの気持ち、聞かしてくれるか・・・?」
「・・・・・」
「蘭・・・?」
 黙ってしまった蘭に、新一は不安になる。
 もう、気持ちが変わってしまったのだろうか・・・?
「蘭・・・」
「わたしも・・・好きだよ、新一が・・・大好き・・・」
 ふんわりと、零れるような笑顔で、蘭は言った。
「蘭!」
 思わず、ぎゅっと蘭を抱きしめる新一。
「蘭・・・もう、絶対はなさねえから」
「うん・・・離さないで・・・どこにも行かないで・・・」
「蘭・・・」
「新一・・・。もしも、またわたしのこと忘れたら・・・」
「もう、忘れねえよ」
「でも、その時も・・・わたし、離れないからね?ずっと・・・側にいるからね?」
「蘭・・・」
 新一は、蘭を抱きしめる腕に力を込めた。
 愛しさが、こみあげる。
 ―――もう、忘れねえよ。こんなに愛しい存在を・・・一瞬だって、忘れて堪るか。絶対・・・もう、
他の奴には触らせねえ。

 2人は、いつまでも飽きることなく抱き合っていた。まるで、1つのものになってしまったかのよう
に、身動きもせず・・・。




 それから1時間後、帰ってきた小五郎が抱き合っている2人を見て、怒り狂ったのは言うまでもない
・・・。





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 この作品は11111番をゲットして頂いたできそこないの迷探偵様のリクエストによるお話です。
このお題を頂いたとき、すごく悩みました。「記憶喪失」というテーマが、どうしても暗くなってしま
いそうで・・・。何とか明るい話に持っていけないかと思い、考えた結果がこれで・・・。
ちょっとイメージとは違うものになってしまったかもしれませんが・・・。でも、わたし的にはかなり
気に入ってます。平次も出せたし(笑) すいません。自分勝手な管理人で・・・。
 感想など頂けたら嬉しいです。
 それでは♪