きみとちぇりーぱい vol.2
「探偵?」
蘭が、驚いて目を見開いた。新一は穏やかにコーヒーを飲んでいる。快斗も、蘭の入れてくれたカフェ
・オレを飲みながら、新一の様子を伺っていた。テーブルには、蘭の焼いてきたレモンパイが皿にもっ
てそれぞれの前に置かれていた。
―――探偵・・・なるほど、ね・・・
「ああ。俺は高校生になってから、アメリカで探偵をやってたんだ」
「へえ・・・。あ、それでお母さんのお手伝いを?」
「そういうこと。たいしたことじゃねえけどな。妃先生が弁護を担当した被疑者が、以前アメリカ留学
してたことがあって、その時のことで調べたいことがあるって言うから協力したんだ」
「そうなんだ・・・。でも、探偵なんてすごいね、新一」
蘭は素直に感動している。快斗は、黙って2人の会話を聞いていた。
「もともと、父さんがFBIから依頼を受けたのが始まりさ。小説の仕事が忙しくて、どうしても時間
を作れなかった。そこで、俺に白羽の矢が立てられたってわけ」
「FBI!すごい!」
「最初はなめられたけどな・・・。その事件を無事に解決して、認めてもらった。本当は4月にはこっ
ちに戻ってくる予定だったんだけど、新しい事件が起きて、協力して欲しいって言われて。世話になっ
た人の頼みだったから、断れなかった」
新一の話を、目をぱちくりさせながら夢中で聞いている蘭を、快斗はちょっと面白くない思いで見つ
めていた。
「ねえ、おば様とおじ様は?」
「ああ、あいつらはまだ向こうにいるよ。帰ってきたのは俺だけ」
「ええ?1人で大丈夫なの?」
「なに、心配してくれんの?蘭」
にやりと笑う新一に、蘭は思わず顔を赤くする。
「だ、だって・・・」
「大丈夫だよ。向こうでもほとんど一人暮らしみたいなもんだったし。これでも、料理とか結構うまい
んだぜ?」
「そっか・・・」
「心配なら、メシ、作りにきてくれよ」
その言葉に、蘭はえっとつまり、快斗がむっとする。
「・・・調子に乗ってんなよ。蘭は、オレの嫁さんだ」
快斗の言葉に蘭の頬がぽっと赤くなる。それを見て、新一が顔を顰める。
「・・・言っただろ?俺は諦めねえって。俺は、蘭のためだけに日本へ戻ってきたんだ」
「し、新一。でも・・・」
「結婚したってことは、母さんから聞いてたよ。けど、それで諦められるほど俺の気持ちは簡単なもの
じゃない。昔から、俺には蘭しかいなかったんだ」
はっきりと言い切る新一に、蘭は真っ赤になる。
「ま、今すぐどうこうするつもりはねえよ。ゆっくり時間をかけて振り向かせて見せるさ」
にやり、と不敵な笑みを浮かべる新一。快斗は、無言でそんな新一を睨みつけていた・・・。
「あのレモンパイって、いつも蘭が作ってたのか?」
帰り道、蘭と手をつないでいた快斗が言った。
「うん。新一って、甘いものが苦手なの。それでね、有希子おば様・・・新一のお母さんに相談して、
作ったの。確かわたしが12歳の時・・・新一が11歳の誕生日のときだったかな」
「ふーん・・・。俺、食ったことなかったよな・・・」
「あ・・・快斗は、甘いもの好きだし、レモンパイよりもチョコレートとかのほうが好きだと思ってた
から・・・」
拗ねてるような快斗を見て、蘭が慌てて言う。と、快斗はそんな蘭を見て、ぷっと笑った。
「快斗・・・?」
「ごめん、ごめん。別に怒ってねえよ」
「もう・・・」
「・・・今度、俺にも作ってくれよな」
快斗の優しい眼差しに、ほっとしながら、蘭が頷く。
「うん・・・」
「蘭・・・。帰ったら、話があるんだ・・・」
「話・・・?」
蘭が、きょとんとしながら上目遣いで快斗を見つめる。
「何の話?」
下から覗き込むように自分を見つめる蘭に見惚れながら、快斗は蘭の肩を優しく抱いて、言った。
「帰ったら、話すよ・・・」
そして、蘭の肩を引き寄せて、素早くキスをした。
途端に赤くなる蘭。そんな蘭が愛しくて、ますます腕に力を込める快斗。
「快斗・・・?」
いつもと少し違う、快斗の様子に戸惑う蘭だったが、快斗は優しい笑みを浮かべるだけで、黙って歩
きつづけたのだった・・・。
マンションに着き、いつも通り夕飯を食べ、入浴後に2人揃ってお茶にする。その間、快斗の様子は
いつもと変わりないようにも思えた。
でも・・・蘭だけには分かる。快斗が、いつもの彼とはほんの少し違うことが・・・。
「快斗?」
お茶を一口飲み、ひとつ息をついて蘭は声をかけた。
「ん?」
「話って、なに?」
快斗は、蘭の入れてくれた紅茶をおいしそうに飲んでから、ティーカップを置いて、息をついた。
「・・・俺が、何を言っても、落ち着いて聞いてくれる?」
快斗の真剣な瞳に、蘭は一瞬どきりとしたが、その目はそらさずにゆっくりと頷いた。
快斗は一度深呼吸をすると、瞳を閉じ、心を落ち着かせてから口を開いた。
「俺の・・・親父が、どうして死んだのかってのは、前に話したよな?」
「うん。確か、マジックショーの最中に事故にあったって・・・」
「そう。マジックの失敗による事故・・・。そういうことになってる」
「そういうことに・・・?じゃあ、本当は違うの?」
驚く蘭に、快斗はゆっくりと首を振った。
「・・・わからない。真相は・・・。けど、親父が、ただのマジシャンじゃなかったってことだけは、
確かなんだ」
「それ・・・どういうこと・・・?」
「・・・蘭、怪盗キッドって名前を、聞いたことある?」
「怪盗、キッド・・・なんとなくだけど・・・」
「それが・・・俺の、親父のもうひとつの顔だった」
「!!」
目を見開き、息を呑む蘭。
「・・・驚いた・・・?俺は・・・犯罪者の、息子なんだ」
「・・・・・快斗・・・」
「・・・俺と、別れる・・・?」
快斗の言葉に、蘭は更に目を見開き、次の瞬間には、その大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「どうして、そんなこと言うの・・・!?」
「蘭・・・」
「そんなこと聞いて、わたしが快斗のことを嫌いになると思ったの?わたしのこと・・・信じられない
の・・・?」
「蘭、それじゃ・・・」
「快斗のお父さんが、何者だって関係ない。快斗がたとえ怪盗キッドだったとしたって・・・わたしの
気持ちは、変わったりしない・・・!わたしが好きなのは、快斗自身よ・・・?」
涙を流しながらそう言い切った蘭を、快斗はその腕に抱きしめた。
愛しくて、愛しくて、たまらなかった。
―――離せない。離れられない・・・。こんなに、愛してる・・・。
「愛してる、蘭・・・」
快斗の甘い声が、耳元を掠め、蘭の体がぴくりと震える。
そっと顔を上げ、潤んだ瞳で快斗を見つめる。
快斗の両手が、そっと蘭の頬を包み込み、ゆっくりと唇を重ねた。
優しい、触れ合うようなキスから、徐々に深いキスへ・・・。いつしか、蘭の体からは力が抜け、快
斗の腕に支えられるように立っていた。
そのまま、蘭を寝室へ連れて行き、ベッドに横たえる。
2人は、無言だった。
言葉は、必要なかった。
瞳を見れば、お互いの気持ちが充分過ぎるほど伝わって来た。唇を重ね、体を重ねれば、もう、お互
いのことしか考えられなかった。
誰にも邪魔されることのない、2人だけのとき。
この幸せのときを、誰にも邪魔させたりはしない・・・。
お互いの想いが、触れ合う肌から熱く、溶けるように染み込んでいった・・・・・。
「・・・快斗・・・」
ベッドの中、まどろみながら蘭が口を開いた。
「ん?」
「わたしね・・・なんとなく、気付いてたの・・・。快斗が、わたしに秘密にしてることがあるって・・・」
蘭の言葉に、快斗が驚いて、上半身を起こす。
「なんで・・・」
「なんとなく、よ。それにね・・・。結婚することが決まったときに、快斗のお母さんがわたしに言っ
てたの」
「母さんが?なんて?」
「快斗のお父さんのこと・・・そのうち、快斗から話すと思うけど、その時に何を聞いても快斗を好き
な気持ちだけは忘れずにいてねって・・・」
ふふ、と小さく笑いながら告げた蘭に、快斗は少し、不貞腐れたように目を細めた。
「・・・なんだよ・・・んなこと、言われてたのか・・・」
「ん・・・。でも、言われてなくても・・・わたしの気持ちは、変わらないよ?わたしが好きなのは、
快斗だけ」
どこまでも優しく、澄んだ瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、快斗は蘭の頬に手を伸ばした。
快斗の手の感触に、気持ち良さそうに目を閉じながら、蘭がまた口を開いた。
「・・・新一に、何か言われたの・・・?」
「・・・・・あいつ・・・知ってたんだ・・・」
「え?」
「俺のオヤジのことさ・・・。どうやって調べたのかはしらねえけどな」
「新一が・・・そうなんだ・・・」
「どうやら、頭は切れるやつらしいな。あの妃先生にあてにされるくらいだ。アメリカで探偵をやって
たってのも、ただのお遊びってわけじゃなさそうだ」
再び横になり、天井を見ながら話す快斗を、蘭がきょとんとしながら見つめている。
「なんだよ?」
「ん・・・快斗が、新一を褒めるなんて意外だなって」
「ほ、褒めてなんかねえよ」
「・・・褒めてるよ?」
「・・・・・」
蘭に真顔で言われ、快斗は黙ってしまった。
―――褒めてたか?俺・・・
「・・・けど、あいつを認めたわけじゃねえからな?蘭だけは、絶対にわたさねえ」
そう言って、蘭の細い首に唇を寄せた。
「ちょ、ちょっと・・・!」
びっくりした蘭が身を引こうとするが、快斗の腕がいつの間にかその細い腰に巻きつき、すでに身動
きが取れなかった。
「夜は、まだまだこれから・・・だぜ?」
耳元で、低く甘い声で囁かれ、蘭はもう観念するしかなかった・・・。
後半、思っていたよりもずっと甘々になってしまったような・・・。まいっか。
感想とか、頂けたら嬉しいです♪それではv
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