大学2年のとき、道明寺とは別れ、あたしは大学を辞めた。
それから5年。
あたしは小さな印刷会社で社員として働いていた。
英徳ですごした日々は遠い昔。
もうあたしには何の関係もないはずだった・・・・・。
会社の飲み会で再会した美作さんは5年前よりもずっと男らしくて大人の色気を備えたその姿は、そのクラブでも注目の的だった。
女性陣の視線はすべて彼に注がれ、男性陣はすっかり興醒め。
飲み会は早々にお開き。
あたしもやぶ蛇になる前に退散しようかと思ったのだけれど・・・・・。
「つくしちゃん、俺から逃げられると思ってる?」
いつの間にか行く手を塞がれていた。
会社の女の子たちの視線が痛かった。
だから早くその場から逃げたくって。
美作さんと一緒にクラブを後にしたのが運のつき―――。
「別にとって食いやしねえからそんなに警戒すんなよ」
クックッとおかしそうに笑う美作さん。
「だって・・・・・。まさか美作さんに会うなんて思ってもなかった。今日は女の人と一緒じゃないんだ」
「今日は仕事。最近は女とデートする暇もねえよ。お前も忙しいみたいじゃん。類も心配してるし、たまには連絡してやれば」
その言葉に、あたしはちょっと笑った。
「昨日、ちょうど電話が来た。来週からフランスだって。みんな忙しそうだね」
「まあな。総二郎のやつもいよいよ襲名だし、結婚すればもう今までみたいに女遊びはできねえ。じたばたしても時は止めらんねえ。みんな大人になっていくんだよ」
そう言って微笑んだ美作さんは、確かにとても大人に見えて・・・・・
あたしは彼から目を離すことができなかった・・・・・。
その日をきっかけに、あたしは3日と空けず美作さんと会うようになっていた。
すっかり大人の男になって、あたしのことも1人の女として扱ってくれる彼に、あたしは次第に惹かれていった。
だけど美作さんはどんなときも紳士で、必要以上にあたしに触れようとはしない。
彼にとって、あたしは女でも恋愛対象じゃないんだと、そう言われてるみたいで胸が痛んだ・・・・・。
『今日は、どこ行きたい?』
美作さんからの電話に、あたしはう〜んと考える。
「あ、こないだ同じ会社の子に聞いたんだけど、横浜に面白いお店ができたって」
『横浜?』
「うん。お店の名前とか、その子に聞けばわかると思うから」
『わかった。じゃあ仕事が終わること迎えに行くから、会社の前で待ってろよ』
「うん」
「デートですか?こないだの素敵な人?」
電話を終えると、隣のデスクの後輩がニヤニヤして聞く。
「デ、デートじゃないよ」
「またまた〜、顔、赤いですよ」
その言葉に思わず頬を押さえ、後輩に笑われる。
「良いなあ。あたしも早く彼氏見つけなきゃ。でも、牧野さんの彼みたいに素敵な人はなかなかいないだろうなあ」
「だから彼氏じゃないってば!」
一生懸命否定しても、なんだか逆効果で・・・・・
周りに冷やかされながら、あたしは会社を後にしたのだった・・・・・。
「お疲れ」
会社の前であたしを待っていた美作さんの姿に、思わず固まる。
「どうした?」
「―――車なの?」
美作さんがいたのは、きれいなシルバーグレーのスマートな車の運転席で・・・・・
車に詳しくないあたしはその車種まではわからないけれど、高級車であることに間違いはなさそうだった。
「ああ。電車も便利だけど、たまにはドライブしようぜ」
にっこりと微笑む美作さん。
これまで、あたしが提案するのはいつも駅の近くで駅で待ち合わせすることが多かった。
電車は載りなれないと言っていた美作さんだけど、2人きりになる車の中では、緊張して何を話したらいいかわからなくなりそうで・・・・・。
わざと電車で行くことを強調してきたあたし。
そういえば今日は、仕事中の電話で周りの目も気になって会社の前で待っていろと言われたことも気にする余裕がなかった・・・・・。
「お前を乗せたくて、選んだんだぜ、これ」
そう言って微笑む美作さんに、あたしの胸が落ち着きなく鼓動を打ち始める。
あたしは戸惑いながらも一歩車に近づき、後部座席のドアに手を触れた。
ちらりと、助手席のほうを見る。
そこには座っちゃいけない気がしてた。
そこは特別だから・・・・・。
「何で助手席に乗らねえの?」
「だって、そこは恋人の席だもん」
「だから、お前に乗って欲しいんだろ?」
「あたしは・・・・美作さんの恋人?」
「俺はそう思ってたけど?」
「座っても・・・・・いいの?」
極上の笑みで、あたしを見つめる。
「どうぞ・・・・・。言っとくけど、そこに座っていいのはお前だけだから」
fin.
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