きみの笑顔は僕のもの


 「ね、蘭お願い!この通り!」
 蘭は、目の前で手を合わせて頭を下げる園子を、困った顔で見ていた。
「そんなこと言われても・・・」
「だーいじょうぶだって!女の子向けの雑誌なんて新一君見ないしさ!バレやしないって!」
「でも、わたし、モデルなんて・・・」
「蘭だったら大丈夫!スタイル抜群だし可愛いし!それにモデルっつったって読者モデルだからさ、緊
張することないって大木さんも言ってたよ!」
 園子が必死で頼む姿に、蘭は小さく溜息をつく。
「ね、お願い。1回だけだからさ!」
「・・・これっきりだよ?」
「もちろん!ありがと、蘭!恩に着るわ!」
 と言って、園子が抱きつく。
 そこへタイミング良く(悪く?)現れて園子をジロリと睨みつけたのは、もちろん・・・
「なあにしてんだよ、園子!」
「あ、あら新一君いたの?」
 日本警察の救世主と言われる高校生探偵であり、蘭の恋人でもある工藤新一だ。
「いちゃわりいかよ。何2人でコソコソ話してんだよ?」
 園子が必要以上に蘭に引っ付いているのが気にいらない新一が不機嫌そうな声で言う。
「別にコソコソなんかしてないわよ。なあに、わたしにまでヤキモチ?」
 と、園子がニヤッと笑って言う。と、途端に新一の顔が真っ赤になる。
「べっ、別にそんなんじゃねえよ。ただ、何話してんのかと思ってだな―――」
「はいはい。んじゃわたしは先に帰るから。バイバイ、蘭」
「あ、ばいばい」
 蘭が園子に手を振るのを仏頂面で見て・・・
「何話してたんだよ?」
 と、新一が聞く。
「別にたいしたことじゃないよ。今度の日曜日に見に行くライブの話」
「ふーん、ライブ、ねえ・・・」
 なんとなく、府に落ちないような顔をしていた新一だが、蘭がニコッと笑いかけ、
「かえろっか」
 と言うと、その笑顔にそれまでの不機嫌も消え・・・
「ああ、そうだな」
 と笑って言ったのだった・・・。


 「ら〜ん、こっちこっち」
 日曜日、蘭は園子に言われた赤坂のとある撮影所に来ていた。
「ごめん、園子。ちょっと迷っちゃって・・・」
 蘭が息を切らしながら駆けてくるのを園子は笑って見ていた。
「そんなことだろうと思って、蘭には約束より30分早い時間教えといたのよ。大丈夫。まだ10分前
よ」
 さすが蘭の親友、と言うべきだろう。蘭もそんな園子に苦笑いしながら、
「もう・・・。でもありがと、園子」
 と言った。
 2人して入って行くと、いろいろな照明器具やカメラが所狭しと並べられ、その中心で何人かの人が
動き回っていた。
「大木さん、蘭、来ましたよ」
 と、園子がカメラをいじっていた長身の男に声をかける。
 男が振り向き、蘭を見ると笑顔で
「やァ、よく来てくれたね。俺は大木正人。よろしく」
 と言って、右手を差し出した。つられて蘭も右手を出し、握手を交わした。
「よろしくお願いします。あの、わたしみたいな素人で、ホントに良いんですか?」
 と、蘭が遠慮がちに聞く。
「ああ、全然大丈夫。というより、君にやって欲しいんだよ。鈴木財閥のパーティーの写真の中に君を
見つけた時、この子だ!って思ったんだ。園子ちゃんとは面識があったからね。ライブのチケット餌に
して無理やり頼み込んだんだ」
 悪びれもせず、笑ってそう言う大木に、蘭も苦笑いするしかない。
「じゃあ、早速着替えてもらおうかな。ちゃんと君のイメージにあわせて衣装も選んだんだ。―――さ
くら君、この子着替えさせてあげて」
 と、大木が部屋の隅で衣装のチェックをしていた若い女の子に声をかけた。
「はーい!」
 女の子が元気良く返事をし、蘭を連れて奥の更衣室のような所へ入った。
「今日のセット素敵なのよ。衣装もそれに合わせてみたから」
 にこにこしながら衣装を出してくれる女の子。その手際の良さに感心して、蘭は目を丸くした。
 そんな蘭を見た女の子はクスッと笑って、
「あなたって、ホント可愛いわね。大木先生が惚れこむのも分かるわ。ね、芸能界とか興味ないの?あ
なただったら絶対イケルと思うけど」
「ええ?そんな・・・わたしなんてダメですよォ。あんまりおだてないでください」
 真っ赤になって手を振る蘭を見て、女の子は、ますますおかしそうに笑う。
「本気で言ったんだけど・・・まあ良いわ。はい、じゃあこれ着てね」
 と行って、蘭に衣装を渡すと女の子は外に出た。
 蘭は渡された衣装に着替えると、部屋の外に出た。
「あ、可愛いじゃない!思った通り、似合ってるわ」
 女の子が蘭を見て言った。
「そ、そうですか?なんか恥ずかしい・・・」
「ふふ。さ、次はメイクよ」
「え、メイクまでするんですか?」
「もっちろん!可愛くしてあげるからね♪」
 女の子が心底楽しそうに笑うのを、蘭はなんとなく不安な面持ちで聞いていたのだった・・・。
 あっという間にメイクを施され、いよいよ撮影開始。そのセットを見て、蘭も園子も、思わず言葉を
なくした。
「うわあ・・・すてき・・・」
「だろう?蘭ちゃんのイメージに合わせてみたんだ」
 大木の言葉に、思わず蘭が真っ赤になる。
「わ、わたしの?こんな素敵なセットが?」
「そうだよ。ほら、いつまでもビックリしてないで、その中央に立ってみて」
 大木に言われるがまま、蘭はセットの中央に立った。
「うん、そう。カメラ見て。―――そんなに緊張しないで。普通のスナップ写真とる時みたいにリラッ
クスしてよ」
 そう言われても、慣れないことに蘭はなかなか自然に振舞うことが出来ない。大木はう〜んと考え、
「―――じゃあ、彼氏が側にいると思ってみて。君は彼氏とデートに来てる。いいかい?ここには2人
以外誰もいない。彼氏と君、2人きりの世界だ。目を瞑って、想像してみて」
 そう言われ、蘭は目を瞑ってみた。
 ―――新一のことを考えてみる。
 推理をする時のキラキラと輝く瞳。自分にだけ向けられる優しい瞳。時折見せる拗ねたような表情や
、甘えるような表情・・・。
 蘭はゆっくり目を開けた。自然と笑顔が浮かぶ。
 その表情は、そこにいた誰もが見惚れるような美しさで・・・。
「そう、その表情・・・」
 大木は、満足げに笑うと、シャッターを押し続けた。
「すご・・・蘭って、あんなにきれいだったんだ・・・」
 園子が、溜息混じりに呟いた。
 ―――こりゃあ、この写真を新一君だ見たら大変なことになるかも・・・。
 そんなことを思い・・・そして、それが現実のものとなる日は、すぐに訪れたのだった・・・。


 「おい!工藤、スゲエな!」
 徹夜である事件を解決してきた翌日。学校につくなり机に突っ伏して居眠りを始めようとした新一の
もとへ、クラスメイトの男子がなにやら雑誌を持って近付いてきた・・・。
「ああ?スゲエって、何がだよ?」
 てんで興味なさそうに応える新一の目の前に差し出された雑誌。その表紙を飾っていたのは―――
「な!!!」
 一気に目が覚めた新一はひったくるように雑誌を取り上げると、その雑誌の表紙をまじまじと見つめ
た。満開の花の中央で、輝くばかりの笑顔を見せているその女性は・・・まぎれもなく、新一の恋人で
ある毛利蘭、その人だったのだ・・・。
 暫しその表紙を呆然と見ていた新一の手から、スッと伸びてきた手が雑誌を持って行ってしまった。
「!おいっ」
 新一がそちらをギロッと見ると・・・そこにいたのは園子だった。園子は、雑誌を持ってきた男子を
睨みつけ、
「もう!何で新一君に見せちゃうのよ!」
 と言った。
「だってよお、とっくに知ってると思ったから・・・。大体、もうみんな知ってんだろ?こんなにでか
でかと表紙飾ってんだからさ」
「そりゃそうだけど・・・。もう、大木さんてば表紙にするなんて言ってなかったのにィ」
「おい、園子、これどういう事だよ?」
 怒りを押さえているような新一の低い声に、さすがの園子も冷や汗をかいている。
「お、落ち着いてよ。蘭は嫌がってたんだけどさ。この写真とったカメラマンが蘭のこと見て気に入っ
ちゃって・・・。で、前から行きたかったバンドのライブのチケットくれるって言うから・・・」
「蘭を売ったわけだ」
「う、売ったなんて!人聞きの悪いこと言わないでよ!新一君に言ったらきっと反対すると思って黙っ
てたけど・・・でも、すごくきれいに写ってるのよ?ほら、見てみて」
 園子が、ぱらぱらと雑誌をめくる。中には、5ページにもわたって蘭の写真が載せられていた。
 色とりどりの花の中にいる蘭。衣装は白いノースリーブのワンピースと、ちょっと大胆に胸元の開い
た薄いピンクのキャミソールドレス。カメラに向けられた蘭の表情はどれも自然で・・・微笑んでいる
もの、はにかんでいるもの、ちょっと拗ねたような表情や、今にも涙が零れそうな儚げな表情・・・。
「すごーい、蘭ちゃん、きれいねえ・・・」
 一緒に覗き込んでいた何人かの女子が溜息をつく。男子にいたっては、皆見惚れたまま声も出ない様
子で・・・。ただ一人、新一だけは不機嫌そのものの顔をしていた。
 確かにきれいだ。それは分かっている。でも・・・こんな表情、今まで俺以外の奴には見せたことな
かったのに・・・!
 新一は怒りを押さえることが出来ず、がたんと音を立てて席を立つと、無言で廊下に出て行ってしま
ったのだ・・・。
「あ〜あ・・・。やっぱ新一君に見せたのは失敗だったなあ・・・」
 園子は溜息をつき、部活の朝連に出ている蘭に、心の中で謝ったのだった・・・。


 「あれ?新一?」
 朝練を終えて教室に向かっていた蘭が、前からやってくる新一を見つけて言った。
「どうしたの?」
 首を傾げる蘭。新一は無言で蘭を見つめていたが・・・
「あ、毛利せんぱ〜い!これ、見ましたよ!すっごくきれいですね!」
 と、1年生の空手部の女の子が雑誌を蘭に見せ・・・蘭の顔色が、サッと変わった。
「ええ?何でわたしが表紙なの?」
 ビックリして声をあげる蘭。周りにはいつのまにか人が集まっていた。
「先輩、ちょ〜可愛いですよね!」
「あの、今度一緒に写真とってもらえますか?」
「あ、ずりい!俺も!」
「毛利さん、モデルになったの?」
「ファンクラブとか、あったら入りたいんだけど」
「先輩、握手してください!」
「俺も!」
「わたしも!」
 あっという間に握手攻めにあってしまった蘭は、突然のことに頭がまわらず・・・気付くと、新一の
姿がなくなっていたのだ・・・。


 やっとのことで握手攻めから脱出した蘭は・・・新一の姿を探し教室に戻ったが・・・
「あ、蘭、大丈夫?髪、乱れてるけど・・・」
 園子が、蘭を見つけて言った。
「園子・・・新一は?」
「え、新一君なら・・・朝、あんたの載ってる雑誌を見て、教室出てっちゃったきりだけど・・・。あ
の、ごめんね、蘭。まさか表紙になるとは思ってなくって・・・」
 すまなそうに言う園子に、蘭ははっとして、笑顔で言った。
「園子のせいじゃないでしょ。大丈夫だよ」
「蘭・・・」
「わたし、新一探してくるね」
 蘭は又教室を出ると、新一の姿を探して学校中を走り回った。その間、何度も雑誌を見たらしい生徒
につかまり・・・そのたびに丁寧に握手をしたりするもんだから、なかなか新一を見つけることが出来
ず・・・。もうとっくに授業は始まっていたが、蘭は諦めることが出来ず。そして、ふとまだ行ってい
なかった所に思い当たり―――真っ直ぐに屋上に向かったのだった・・・。
「新一!!」
 屋上で寝そべっていた新一に駆寄り、蘭はホッと息をついた。
「良かった。やっぱりまだいたんだ」
 新一はチラッと蘭を見たが、又すぐに視線をそらせた。
「あの―――ごめんね、雑誌のこと、黙ってて・・・」
「・・・・・」
「断ろうと思ったんだけど・・・園子、あのライブ楽しみにしてたし・・・」
「・・・・・」
「1回だけって約束で、OKしちゃったの。その・・・新一には言いづらくて・・・ホント、ごめんな
さい」
 ペコンと頭を下げる蘭にちらりと視線を投げ
「・・・ずいぶん、良い顔して写ってんだな・・・」
「え?」
「あんな顔・・・他の奴の前でも、平気で見せてんだ、おまえ」
「新一?」
「そのカメラマンと、ずいぶん仲良くなったんじゃねえか?オメエのことえらく気に入ったらしいしよ
。あの撮影の後、一緒にそのライブにも行ったんじゃねえの?」
「行ってないわよ!何言ってるのよ?わたしのことが気に入ったって言うのは被写体として、だよ?」
「どうだかな。オメエがあんな顔するくらいだからな。オメエも相当そいつのことが気に入ったんじゃ
ねえの?」
「!!」
 2人の間に、沈黙が流れた。
 どの位たったのか。いつまでたっても何も言わない蘭に新一が痺れを切らし、口を開こうと蘭の顔を
見て―――
「ら・・・ん?」
 蘭は、その大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙を流していたのだ。
「おい、蘭・・・」
「・・・っく・・・ひど・・いよ、しん・・ち・・・」
 その口から言葉を発した途端、堰を切ったように声をあげて泣き出してしまった。
「お、おい、蘭、泣くなよ」
 焦った新一は慌てて起き上がり、蘭の身体を引き寄せた。細い肩をぎゅっと抱きしめる。
「蘭、なくなって・・・」
 ひたすら泣きつづける蘭を、オロオロしながら抱きしめる新一。
 ―――なんだよ?泣きたいのはこっちの方だってのに・・・
「新一、なんだよ」
 泣きながら言った蘭の言葉に、新一は目が点になる。
「へ?」
「新一が、わたしをああいう顔にさせるんだよ?」
「―――って、何だよそれ?俺は撮影ん時いなかったじゃねェか」
「でも、新一だもん」
「だから、なんで・・・」
「大木さんが言ったの」
「大木って・・・カメラマン?」
「うん・・・。わたし、すごく緊張して・・・どうして良いか分からなかったの。そしたら大木さんが
、彼氏のことを考えてって・・・」
「え・・・」
「彼氏と、デートしに来たんだと思ってって言ったの。それで、わたし考えたの。あんなふうにお花が
たくさん咲いている場所に新一と行けたらって・・・」
「蘭・・・」
「きっと、すごく楽しいだろうなって・・・そう考えたら自然に笑うことが出来た。それから、新一と
のデートの時のこととか思い出して・・・新一に優しくして貰った事とか、からかわれた事とか・・・
事件が起きて呼び出されて行っちゃうこととか・・・」
 蘭は、新一の顔を見上げて、潤んだ瞳で見つめた。
「全部、新一のことを考えてああいう顔になったんだよ?」
「蘭・・・」
「他の人なんか、見えてなかったよ?」
「蘭!!」
 新一は、堪らず蘭を抱きしめ、口付けた。
「んっ―――」
 蘭は一瞬驚いて離れようとしたが、新一の腕は更に強く蘭を抱きしめ・・・やがて蘭もその身を新一
に預けた。
 長く、深い口付けの後漸く新一は蘭を離した。
「―――ごめんな、蘭」
「ううん。もとはといえば黙ってたわたしがいけないんだし」
 ―――いや、それを言うならそんな話を持ってきた園子が悪いんだ!と言おうとして・・・。友達想
いの蘭が園子を庇うことは分かっていたので、やめた。
「もう、モデルなんかすんなよ?」
「うん。1回だけって話だもん。しないよ」
「なら、良いけど。・・・やっぱ他の奴らには見せたくねえよ、蘭のあんな可愛い顔・・・」
 新一のちょっと拗ねたような表情が嬉しくて、蘭は新一の胸に頬を摺り寄せた。
「新一・・・大好きだよ?」
「蘭・・・」
 新一はもう一度蘭の顔をあげさせ、キスをしようと唇を近づけたが・・・
「あ――――!!こんな所にいた!!毛利先輩!」
 突然大声が屋上に響き渡り・・・屋上の入り口を見ると、カメラを持った1年生らしき男子生徒が数
人・・・。
「毛利先輩!!ぜひ写真とらせてください!!」
 とっさに蘭を背に隠す新一。
「おいっ!蘭は芸能人じゃねえぞ!」
「良いじゃないですか、写真くらい!」
「そうですよ!減るもんじゃなし」
「俺の気持ち的に減るんだよ!とにかく勝手に蘭の写真撮ることはこの俺がゆるさねえ!!」
 新一と男子生徒の必死の攻防戦を、オロオロと見守る蘭。その光景を入り口の陰から見ているのは・
・・
「あ―あ、やっぱりこうなるか・・・。あやつの独占欲の強さにも困ったもんよね」
 と言ったのはやっぱり園子。
「けど惜しいなあ。蘭を芸能界デビューさせるチャンスだったのにい。ま、あの様子じゃ蘭がその気に
なるはずもないし・・・しょうがないか。しばらくはこのネタであいつを苛めて楽しむしかないわね」
 と言って不敵な笑みを浮かべつつその場を後にする園子・・・。
 屋上では声を聞きつけてやってきたギャラリーがどんどん数を増し・・・
「蘭は俺のもんだあ―――!!!勝手に見るんじゃねえ―――っ!!!」
 という新一の雄たけびが、学校中に響き渡ったのだった・・・。

          

 このお話は6000番をゲットして頂いた凛様のリクエストによるお話です。
いつかは書いてみたいと思っていたお話・・・。でも、意外に難しかったです。
気分的には、もっと掘り下げていろいろ書いてみたかったんですが・・・なんか、ジェラ新も中途半端
になってしまって、申し訳ありません。いつか又、こういうネタで蘭ちゃんが芸能界に関わっていくお
話を書いてみたいなあと思ってます。
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