-tsukushi-
「司が、帰って来てるって知ってた?」 類のその声に、あたしは思わず足を止める。 「え・・・・・?何それ・・・・・?知らないよ、あたし・・・・・」 「やっぱり・・・・・知らなかったんだ」 類の言葉に、あたしの胸がどきどきと騒ぎ出す。 「どういうこと?何であたしに言ってこないの?」 不安に掻き立てられて類の袖口を掴むと、類があたしを見てふっと微笑む。 優しい、包み込むような笑顔。 「・・・・・たぶん、これのせいじゃないかな・・・・・」 「え・・・・・?」 何のことかわからず首を傾げる。 と、類は持っていたバッグからリボンのかかった小さな包みを取り出した。 「はい、これ」 「へ・・・・・?」 差し出されたものを思わず素直に受け取ってから、戸惑う。 「えっと・・・・・花沢類?これは・・・・・」 あたしの反応を、くすくすとおかしそうに笑う類。 「今日、ホワイトでーでしょ?」 「あ・・・・・」 「やっぱり忘れてたんだ」 「だって・・・・・・花沢類からもらえるなんて思ってなかったから、全然・・・・・」 確かにバレンタインデーに日ごろの感謝の気持ちをこめて、チョコレートはあげたけれど・・・・・。
道明寺にあげるために何度も失敗したチョコレートケーキ。 その失敗作の、それでもおいしく焼けてた部分をくっつけて、無理やり小さなチョコレートケーキを作ったあたし。あまりに不恰好なケーキに、これはあまりにもひどいと思ってもう一度作り直そうと思ったとき、類が言ったのだ。 「それでいい。そのほうが牧野らしい」 にっこりと、いつものように穏やかに笑う類。 その笑顔に癒されて、あのチョコレートケーキを渡したけれど・・・・・・
「こ、こんなのもらえないよ!あんな、失敗作のチョコレートケーキだったのに!」 あたしが慌ててもらったその包みを類に返そうとすると、類がやんわりとあたしの手を押し戻した。 「いいんだ。気持ちが嬉しかったから。それよりも・・・・・早くこれ、しまったほうがいいと思うけど」 「へ?なん・・・・・・」 「牧野!!てめえ、何やってやがる!!」 突然響いて来た怒鳴り声に、あたしは驚いて目を見開いた。 「道明寺!?」 肩で息をし、これ以上ないくらい不機嫌な顔であたしと類を睨みつけて立っていたのは、紛れもなく道明寺だった・・・・・。
「友チョコだあ〜〜〜?」 道明寺のリムジンに乗せられて、どこかへ向かいながら。 あたしは、さっきまでの状況を説明していた。 「だって、類には日ごろからお世話になってるから・・・・・。まさか、御礼もらえるなんて思ってなかったけど。あんなへんてこなチョコレートケーキ・・・・」 「お前が作ったものなら、何でもいいんだろ」 道明寺が肩を竦めて言った。 「類のお前に対する気持ちは知ってるだろ。たとえへんてこなものだって、それが食べられないものだとしたってあいつには関係ねえんだ」 「道明寺・・・・・・」 「わりい・・・・・。離れてると、どうも不安になっちまうもんだな。類が、俺を裏切るわけないって信じてるつもりなんだが・・・・・」 「・・・・・そうだよ。信じてよ、類のことも・・・・・あたしのことも・・・・・」 そう言ってやると、道明寺はあたしを見てにやりと笑った。 「ああ・・・・・」 道明寺の手が伸びてきて、あたしの肩を引き寄せる。 されるがままに道明寺抱き寄せられ・・・・・ 唇が、重なった。
先月のバレンタインデー以来、1ヶ月ぶりのキスだ・・・・・。
道明寺の屋敷に着くと、たま先輩やメイドさんたちに挨拶をして道明寺の部屋へ行く。
「まだ、たまの話し相手に来てんのか?」 「うん。たま先輩と話してるの、楽しいもん。あたしの楽しみでもあるんだから、やめろとか言わないでよね」 「いわねえよ。言っても無駄だろうしな。ただ、あのババアがこれからも幅きかせやがんのかと思ったらウンザリしただけだ」 「またそういうこと言って・・・・・本当は好きなくせに。素直じゃないんだから。大体、道明寺は恩知らずなのよ。いつだってたま先輩がいなかったら―――」 突然、腕を引っ張られ、道明寺の正面を向かされたかと思ったら、あっという間に唇が重なる。
乱暴な口調や素振りとは正反対の、優しいキス。 いつもこのキスに酔わされながら・・・・・ほんの少し、不安な気持ちが首をもたげる。
昔、あたしと出会う前に遊んでた時期があったって言ってた。 もう、そんな昔のことをとやかく言うつもりはないけれど・・・・・
―――今は、あたしだけ、だよね・・・・・・?
「・・・・・何考えてる?」 「え・・・・・?」 唇を離し、至近距離で含み笑いであたしに聞く道明寺。 「べ、別に・・・・・」 「・・・・・安心しろよ。お前以外の女に、触れたりしてねえから」 「―――むかつくっ、その言い方」 何もかもわかったような顔しちゃって。 あたしがむっとして言い返しても、楽しそうに笑ってる道明寺が憎たらしい。 「・・・・・お前こそ」 急に、まじめな顔になってあたしの腕を掴む道明寺。 至近距離に、きれいな顔。 いつ見ても、どきどきする・・・・・。 「な、なによ」 「俺以外のやつに・・・・・触れさせるなよ」 そう言って、あたしを抱きしめる力強い腕。 「道明寺・・・・・・?」 「お前には・・・・・逃げられないように、首輪が必要だな」 「え・・・・・?きゃっ」 突然、首に冷たい感触。 驚いて道明寺から離れようとするのを、道明寺が止める。 「だから、逃げるなよ」 にやりと笑う道明寺。 あたしは、自分の胸元を見下ろした。 「これ・・・・・」 小さな赤い石が付いた、ハートのネックレス。 「お前にやる。ホワイトデーだからな。チョコレートのお礼だ」 「な・・・・・何言ってんのよ、全然違うじゃん!これ、ルビーかなんかでしょ?こんな高いもの・・・・・」 「俺は、お前からそれ以上のものもらってると思ってる。俺からやれるのは、こんなものくらいだ」 「こんなものって・・・・・」 「一番大事なものは、金じゃ買えない。俺にとって、おまえ以上に価値のあるものなんかねえ。その俺がお前にやれるものは、こんなものくらいだ。だけど・・・・・形じゃないものなら、いくらでもやれる」 「道明寺・・・・・」 道明寺の瞳が、やさしくあたしを見つめる。 「俺が、愛してるのはお前だけだ・・・・・。俺の心を全部、お前にやるよ・・・・・」 涙が溢れ、あたしの頬を濡らす。 「もう、十分だよ・・・・・・。一番、欲しかったもの、もらったもの・・・・・・」 そうしてまた、口づけを交わす。
何度も口付けを交わし、抱き合い・・・・・
やっぱり、あたしにはこの人しかいないと。 心からそう思った瞬間だった・・・・・。
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