Triangle その後のお話


 蘭が帰ってしまってから3日が立っていた。明日からは、新一も快斗も新学期が始まる。
 にもかかわらず、2人は魂が抜けてしまったかのような状態で、毎日をボーっと過ごしていた。
 そして、この日の朝―――
「A Happy new year!!ただいまあ!新ちゃん、快ちゃん、いるう!?」
 と、元気いっぱいに帰ってきたのは、2人の母親である工藤有希子だった。
「―――ちょっとォ、いるんならお出迎えくらいしてよォ。久しぶりに帰ってきたのにィ」
 と、ぷうっとほおを膨らませて見せるが、2人はソファに寝そべりちらりと有希子を見ただけで、ま
た視線を戻す。
「―――お帰り」
「―――お帰り」
 2人して気のない言葉を返す。
 そんな2人を見て、有希子は溜息をついた。
「ふーん・・・。せっかく2人の喜びそうなお土産用意したのに・・・いらないのね」
 そんな有希子の言葉にも、2人は無反応。有希子は、仕方がないとばかりに肩を竦めると、
「じゃ、わたしが貰うことにするわ。後で撤回しようとしても駄目だからね?」
 と言いながらリビングを出ると、なにやら玄関に向かった。
 そして、玄関のドアを開け、誰かと話してるような気配。
「?誰か来たのか?」
 その気配に気付き、快斗が体を起こす。
「ああ?父さんじゃねえのか?」
 と、新一は相変わらず寝そべったまま。
「けど・・・」
 と、快斗が言いかけたところに、また有希子がひょいと顔を出した。
「母さん、誰か来てんの?」
「ふふふ・・・まあね」
 有希子がにやりと笑って答える。その、何か企んでそうな声に、新一もようやく体を起こす。
「なんだよ?父さんじゃねえのか?」
「優作は今向こうでホテルに缶詰よ。原稿が終わらなくってね。わたしも待ってたんだけどもう冬休み
終わっちゃうし、とりあえず1度こちらに来たかったから」
「ふーん?で?今来てるのは誰なんだよ?」
 と快斗が聞くと、また有希子はにやっと笑い、後ろを向いた。
「さ、どうぞ入って頂戴」
 有希子に促されるように、おずおずと部屋に入ってきたのは―――
「!!蘭ちゃん!?」
 快斗が驚いた声を上げ、続いて新一も蘭を見て目を見開く。
「何で蘭ちゃんがここに!?」
「あらァ、ずいぶんな言い方ね。2人とも蘭ちゃんのこと嫌いなの?」
「んなわけねえだろ!?」
「そうだよ!俺らはただ、何で蘭ちゃんが母さんと一緒にここへ来たのかってことを聞きたいだけで・
・・」
 2人の慌てぶりに、有希子が楽しそうにくすくすと笑った。隣にいる蘭は、なんとなく困ったような
表情で・・・
「あの、わたし・・・」
「大丈夫よ、蘭ちゃん。わたしがちゃんと説明するわ。とりあえず座りましょう?快ちゃん、わたしと
蘭ちゃんに紅茶入れてくれる?」
「あ、わたしが・・・」
「あ、良いよ、蘭ちゃん。俺、入れてくるから座ってなよ」
 と言って、快斗は立ち上がると、キッチンへ行った。快斗が行ってしまってからも、新一はなんだか
信じられないような思いで蘭をじっと見詰めていた。3日ぶりに見る蘭は、相変わらず可愛くて・・・
素直にこの再会を喜びたかったが、有希子が何を考えているのか分からない状態ではそれも出来なかっ
た。
「はい、紅茶入れてきたぜ?」
 キッチンから快斗が出てきて、2人の前にカップを置いた。
「ありがとう、快斗くん」
 蘭に微笑まれ、快斗は思わず顔を赤らめる。それを見た新一はちょっとむっとし、
「で?どういうことか、説明してくれよ、母さん」
 と、有希子に言った。
「そうね。何から説明したら良いかしら・・・。あのね、蘭ちゃんのお母様の妃英理さんとわたしは、
高校の同級生だったのよ」
「蘭ちゃんのお母さんと?」
「ええ」
「ちょっと待てよ、妃英理って・・・まさかあの弁護士の?」
 と、新一が言った。
「そうよ。あの有名な法廷のクイーン、妃英理は蘭ちゃんのお母様なの。そして、お父様は探偵の毛利
小五郎」
「!」
 今度は2人同時に吃驚した顔をする。探偵の毛利小五郎といえば、有名な名探偵だ。娘が1人いると
聞いたことがあるが、まさかそれが蘭だったとは・・・
「驚いた?このことはあまり知られていないからね。両親とも有名すぎて、そして敵も多いわ。だから
蘭ちゃんのことはなるべく表に出さないようにしていたのよ」
「で・・・どうして、蘭ちゃんが家政婦なんかになってうちに来たんだ?」
「実はね、小五郎さんがアメリカのある事件の捜査をF.B.I.から依頼されてるの」
「F.B.I.だって!?」
「そう。そして、英利も・・・小五郎さんの補佐役として、依頼を受けてるのよ。でも、それはとても
危険な仕事で・・・まだ高校生の蘭ちゃんを一緒に連れて行くことは出来ないと、2人は判断したの。
でも、1人暮らしをさせるのも心配だったのね。英理から相談を受けたの。わたしは、最初アメリカの
わたしたちのところに来たら?と言ったのよ。でも、蘭ちゃんが高校を卒業するまでは日本にいたいと
言ったの。あ、勘違いしないでね?蘭ちゃんはその時この話をほとんど知らなかったの。ただ英理から
アメリカの友人のところにいかないかと言われて、そう答えたのよ。で、考えて・・・この家に来たら
どうかしら?と思ったのよ」
 有希子の言葉に、さすがに新一と快斗は驚いて言葉が出ない。
「でも、なんと言っても男2人で暮らしてるわけですからね。こんな可愛いお嬢さんが一緒に住むこと
になって、何か間違いが起こったりしたら大変でしょう」
「おい・・・」
「母さん!」
「怒らないで。当然考えることでしょう?もちろんわたしはあなたたちのことを信じているけれど・・
・。英理はすぐに2つ返事とは行かなかったわ、もちろん。それで、わたしが提案したの。ためしに何
日間か一緒に暮らしてみるのはどうかしらってね。英理の知り合いがやってる家政婦協会の会長に頼ん
で臨時で雇ってもらうことにして、わたしからの依頼と言う形で蘭ちゃんをここに派遣する。蘭ちゃん
は何も知らないわ。ただ、英理に「冬休みにバイトくらいしたら」と言われてここに来たのよ。3人が
うまくやっていけるかどうか・・・。隣の阿笠博士にも協力してもらって様子を見てたってわけ」
「博士にも?博士は知ってたのか?」
「ええ。もし2人が変な気を起こして蘭ちゃんに何かしそうになったら遠慮なく警察に知らせてくれる
ように頼んでおいたわ」
 にっこりと微笑みながら言う有希子を、2人がじろりと睨む。
「ふふふ・・・。この家に盗聴器が仕掛けてあったの、2人とも気付かなかったようね」
 有希子が得意げに言うと、新一はポケットから、なにやら小さい箱のようなものを取り出した。
「―――これだろ?さっき、テーブルの下から見つけたよ。まだあんだろうけど」
「あら、ばれてたの?ま、良いわ。もう必要ないし。で、4日間の3人の様子を博士から聞いて・・・
。これなら大丈夫、と思ったのよ」
「大丈夫って・・・」
「小五郎さんが向こうにいるのは1年の予定よ。事件が解決すればもっと早く戻ってこれると思うけど
。でも、長くなる可能性もあるわ。その間、蘭ちゃんをこの家で預かることにしたの」
「預かるって・・・」
「一緒に住むってことか・・・?」
 ―――蘭ちゃんと?
「そういうこと。蘭ちゃんにはここに来る前に説明して、本人の了解はとってあるわ。ね、蘭ちゃん」
「あ、はい。でも、もし2人が迷惑なら・・・」
 蘭が、心配そうな顔をして2人を見る。
「あらァ、そんな心配は要らないわよ。見て、2人のこの嬉しそうな顔!わたしが久しぶりに帰ってき
たって相手にもしてくれなかったくせにね」
「そ、それは・・・」
「その・・・」
 有希子にじろりと睨まれ、さすがに2人はばつの悪そうな顔をする。
「さっき、わたしが言ったこと覚えてる?このお土産・・・2人がいらないならわたしが貰うって話」
「お土産って・・・まさか蘭ちゃんのことかよ?」
「そうよ?いらないんでしょう?」
「ば!馬鹿言うなよ!大体きたねえじゃねえか!」
 新一が有希子に食ってかかる。有希子は肩を竦め、
「自業自得よ。―――どうしても欲しいなら、わたしの言うこと聞いてよね?」
 と言って、にやっと笑った。新一と快斗は顔を見合わせ、同時に溜息をつくと頷いた。
「わあったよ。何すりゃ良いんだ?」
「素直でよろしい。―――今回、優作のせいであんまりわたしも日本にいられないの。今日の夜の便で
もう帰らなきゃ。で、お買い物行ってる暇がないから、2人に頼みたいのよ。このメモに書いてあるお
店で、そこに書いてあるものを買って送ってくれない?」
 と言いながら、有希子はバッグから1枚の紙を出し、快斗に渡した。
 そのメモを見て、快斗が溜息をつく。
「なんか、めちゃめちゃいっぱいあるんだけど・・・これ全部かよ?」
「もちろん!ないものは取り寄せてもらってね。それともう1つ―――」
「まだあんのかよ?」
「これが1番大切なことよ。良い?2人の気持ちは分かってるわ。でも・・・蘭ちゃんの気持ちを無視
して変なことしたら、絶対に許しませんからね?」
 有希子は、真剣な表情になって2人を見て言った。
 2人は顔を見合わせると、同時ににやっと笑い、
「あったりめえだろ?」
「大事なもの、傷つけるような真似しねえよ」
 それを聞いて、有希子は満足したように微笑んだ。
「よろしい。これで、わたしも英理と小五郎さんに報告することが出来るわ。ね、蘭ちゃん。そういう
ことだから、安心してここにいてちょうだい」
 蘭は有希子の言葉に嬉しそうに微笑み、
「はい、ありがとうございます」
 と言ったのだった・・・。

 その日は有希子も含め4人で賑やかな1日を過ごし、夕食の席には阿笠博士も招いて女性2人で手料
理を振る舞い、あっという間に時間が過ぎていった。

 「じゃあ、わたしは行くわね」
 荷物をまとめ、帰り支度を済ませた有希子が玄関で言った。
「気をつけて」
「父さんによろしくな」
「ええ。じゃあ、蘭ちゃんまたね。3人で仲良くしてね」
「はい。ありがとうございます、おば様。母と・・・父にもよろしくお伝えください」
「もちろんよ。大丈夫、あの2人ならさっさと解決して帰ってくるわよ」
 と言って、有希子はパチンとウィンクした。
 それを聞いた新一と快斗は、
 ―――あんまり早く解決されんのもつまんねえよな・・・。
 などと、蘭には決して言えないようなことを思っていたのだった。
「―――新ちゃん、快ちゃん、今、何を考えてたか当ててあげましょうか?」
 有希子がにやりと笑って言った。
「―――いや、良い」
「じゃあ、わたしの言いたいことは?」
「・・・わかってるよ。約束は守る」
「ま、大切なのは蘭ちゃんの気持ちだから。蘭ちゃんが望むことならわたしは構わないのだけどね?」
「は!?」
「か、母さん!?」
「うふふ、2人ともがんばってねv どっちが勝つか楽しみにしてるからvv」
 有希子は楽しそうに笑うと、2人にウィンクして旅立っていったのだった・・・。


「ったく、あの母親は何考えてんだよ」
 リビングへ戻り、新一が文句を言う。
「結局、母さんも蘭ちゃんのことを気に入ってるってことだろ」
 快斗も少々呆れ気味。
 そんな2人を見て、蘭は首を捻り・・・
「ねえ、おば様が最後に言ってたのって、どういう意味?」
 蘭の言葉に、2人は目が点になる。
「・・・何って、え―と・・・」
「蘭ちゃん・・・マジでわかんなかった・・・?」
「え、うん・・・何か、2人で勝負でもしてるの?何の勝負?」
 きょとんとした顔で無邪気に聞かれ、2人は言うべき言葉が見つからず・・・
 この戦いは長くなりそうだ、と思い、同時に深い溜息をついたのだった・・・。

 とにもかくにもこうして3人の共同生活は始まった。
 ちょっと鈍感で、誰よりも優しく、誰よりも可愛い蘭をめぐる双子の戦い。
 どちらが蘭のハートを掴むのか―――?

 それはまた、別の話・・・。


                                         fin


 ようやく完結です〜♪う〜ん、思ったより長くなってしまった。
 そして、思ったよりも盛り上がりに欠ける話になってしまいました・・・。
でも、考えるのはとっても楽しかったです。また機会があれば、書いてみたいお話です♪
 それでは♪