The goddess of the victory 3



 「はあ」
 トイレから出ると、深は大きくため息をついた。
 ―――さすがに疲れるな。もう1週間もこんなことをしているのだから。
 コーヒーでも入れようかと、キッチンへ足を向ける。時間は夜中の2時。もう蘭も園子も寝てしまっ
ているだろう。
 はじめは、蘭と同じ屋根の下、もう少し接近できる機会があるかと期待していたのだが・・・。現実
はそう甘くはなかった。ずっと園子が蘭の側にいて目を光らせている上に、蘭の恋人である新一を含め
4人ものライバルが回りにいるのだから・・・。接近するどころか、一言言葉を交わすだけでも大変な
ことだった。それでも、間近で見る蘭の笑顔は何よりも深の心を癒す存在であることは間違いなかった。
「あれ?白馬君?どうしたの?」
 突然声をかけられ、深は吃驚して振り返る。
「蘭さん。あなたこそどうしたんです?」
「わたしは、ちょっと眠れなくって。何か飲もうかなって」
「僕もですよ。じゃあ、一緒にどうですか?」
「うん。あ、白馬君、コーヒー?じゃ、わたし入れるから座って待ってて?」
「あ、でも―――」
「いいから、ね?」
 にっこり微笑まれ、深は何も言えなくなってしまった。
 ―――あの笑顔は反則ですよ・・・。
 ソファに座りながら、深は苦笑いした。
 ―――きっと本人は無意識なんだろうな・・・。まったく、厄介だな。
 暫くして、蘭がマグカップを2つ手にしてやってきた。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがとう」
「―――白馬君、大丈夫?」
 蘭が、心配そうに小首を傾げて聞く。深はそんな蘭に見惚れつつ、質問の意味がわからずに聞き返す。
「何がです?」
「なんかちょっと、元気ないなって・・・。どこか具合悪いとかじゃない?」
「ああ・・・違いますよ。ずっとパソコンの画面を見ていたせいで、ちょっと目が疲れているだけで。
心配ありません」
「ホント?それなら良いけど・・・。無理、しないでね」
「大丈夫ですよ・・・。蘭さんの笑顔が見れるなら、ずっとここにいたいくらいなんですけどね・・・」
「え・・・」
 蘭の頬が、ぽっと赤く染まる。
「けど、それは無理そうだな。もうそろそろ誰かがゲームを終わらせる頃ですから」
「え!ほんとに?だって、まだ1週間しか・・・」
 蘭が驚いて目を見開く。
「みんなムキになってますからね。僕ももう最後のところまで来てますよ。多分、みんな同じくらいだ
と思いますが・・・。明日中には誰が勝つか決まるんじゃないですか」
「すごーい。やっぱり志保さんが選んだだけあるのね。わたしだったらきっと、その最後のところまで
行くのに半年くらいかかっちゃいそう」
 その言葉に、深が可笑しそうに笑う。
「そんなこと、ないと思いますけど」
「・・・白馬君も、そんな風に笑うんだね」
「え?」
「うふふ・・・なんか、同じ年頃の男の子なんだって、初めて思えた感じ。嬉しいなあ」
 ふんわりと笑う蘭に見惚れ、深は、無意識にその頬に手を伸ばしていた。
「?なあに?」
「―――蘭さん、僕は・・・」
「何しとんねん」
 突然背後から聞こえた声に、深はさっと手を引っ込める。
「あ、服部君」
 平次が、じろりと深を睨みつけながら、自分もソファに腰をおろした。
 良いところを邪魔され、少し憮然としながらも深はポーカーフェイスを装いにやりと笑った。
「コーヒーを飲んでいただけですよ」
「あ、服部君も飲む?今入れてくるね」
「おおきにー」
 蘭がキッチンへ行ってしまうと、平次はまた、深へと視線を戻した。
「―――トイレに行ったきり戻ってこない思ったら・・・抜け駆けとはええ度胸やん」
「そんなつもりはありませんよ。コーヒーを飲もうと思ったら、たまたま蘭さんに会って、一緒に飲ん
でただけです」
「ふん、さよけ。まあええわ。どうせ明日には勝負がつくんやからな」
「自信ありそうですね」
「おまえもやろ?こんなところでコーヒー飲んで、余裕やん」
 平次がにっと笑うと、深は肩を竦め、
「余裕なんて・・・。もうあせっても仕方ないと思ってるだけです」
「そら言えてるわな。もちろん勝ちたいけど・・・この1週間、蘭ちゃんと一緒におれたんやしな。そ
れだけでも充分な気もするわ」
「珍しく素直ですね」
「やかましいわ」
「服部君、お待たせ」
 蘭が平次の分のコーヒーを手に戻ってきた。
「おおきに、蘭ちゃん。珍しいな、蘭ちゃんがこんな時間に起きとんの」
「うん、なんか眠れなくって・・・。服部君たちは、いつもこんな遅くまで起きてるの?」
「そうやなあ。大体2時3時までは余裕で起きとるな。ああいうゲームはやめ時が難しいねん。“キリ
のいいところで”なんておもおててもなかなかやめられへん」
「ふーん。だから、みんな朝いつも眠そうなのね。服部君は体大丈夫?」
「ぜんぜん余裕や。それに、毎日蘭ちゃんがおいしいメシ食べさしてくれてるんやから。逆に体調ええ
くらいやで?」
「ホント?良かったあ」
 ほっとしたように笑う蘭の笑顔に2人で見惚れ、それからちらりとお互いを伺う。
「―――白馬、コーヒー飲み終わってるやん。そろそろ戻ったらどうや?」
「―――あなたこそ、部屋で飲んだらどうですか?まだゲームの途中でしょう」
「・・・・・」
「・・・・・」
 静かに火花を散らす2人の空気には、まったく気付かずに蘭は不思議そうな顔で、
「?どうしたの?黙っちゃって・・・。でも、最初は2人が同室なんて、どうなるかと思ったけど・・・
結構仲良くやってるみたいで良かった」
「仲良く・・・ね」
「そやなあ。絶対気ィあわへんやろおもおとったけど。意外と楽しかったわ」
 平次が意味ありげににやっと笑って見せると、深も不敵な笑みでそれに答え、
「そうですね・・・」
 と言った。
「―――さて、戻るか。蘭ちゃんもそろそろ寝たほうがええで」
 と言って平次が立ち上がる。
「あ、うん。飲み終わったら寝るね」
「じゃあ、僕も戻ります。おやすみなさい、蘭さん」
「おやすみなさい、白馬君、服部君」
 2人は一緒に部屋に戻ると、それぞれのパソコンへと向かった。
「―――ホンマ、おまえとは気ィあわへんと思ったんやけどな。意外と楽しかったわ。蘭ちゃんに関し
ちゃあ素直なんやな。その反応見てるだけでおもろかったわ」
「―――余計なお世話ですよ。まあ僕も楽しかったですけどね。普段あまり聞かない関西弁を聞けて」
「・・・・・」
「・・・・・」
 お互い、相手の動向を伺いつつ・・・でもどこか楽しげに、いつしかゲームに没頭していったのだった。

 「蘭」
 蘭が1人でソファでコーヒーを飲んでいると、いつのまにか入り口に新一が立っていた。
「あれ?新一、どうしたの?」
「どうしたのじゃねえだろ?おめえ、何してんだよ」
 不機嫌そうな顔でソファに座り、蘭をじと目で睨む。
「何って・・・ちょっと眠れなかったから、コーヒーを・・・あ、新一も飲む?」
 そう言って立とうとする蘭の腕を掴み、自分の隣に座らせる。
「??新一?」
「・・・さっき、白馬と服部がここにいたろ?」
「うん。見てたの?」
「・・・何、話してた?」
「何って・・・もうすぐゲームが終わりそうだとか、そういうこと、かな。どうして?」
「他には、何もされてねえか?」
「他にはって・・・何もされるわけないじゃない。話をしてただけよ?」
「わかんねえだろ?あいつらだっておめえのことが好きなんだぜ?おめえと1つ屋根の下にいる間に、
なんか企んでるかも知れねえじゃねえか」
 新一の真剣な眼差しに、蘭はきょとんとしていたが、やがてくすくすと笑い出し、
「大丈夫だよォ。2人きりでいたわけじゃないし。それに、みんな同じ家にいるのに、変なことしよう
とする人、いないと思うよ?」
「―――っとに、のんきなやつだな。あんまり人を信用しすぎんなよ。特に男なんて、好きなやつがそ
ばにいたら簡単に理性なんか吹っ飛んじまうんだからな」
「・・・新一も?」
 その問いに、新一は動きを止め、、じっと蘭を見つめた。
「―――あたりめえだろ?俺がこの1週間、どれだけ我慢してたと思ってるんだ?」
 そう言うと新一は蘭の肩を抱き、自分のほうへと引き寄せた。
「ちょっ、ちょっと新一?何す―――」
「おめえが煽ったんだろ?」
「あ、煽ってなんか・・・」
「その表情がいつも煽ってるんだって言ってるだろ?」
 そう言って、その唇を奪おうと顔を近付けたが・・・なぜか寸前で、蘭の手に阻まれてしまった。
「なんだよ?」
 新一がむっとして言う。
「だって・・・こんなとこ、誰かに見られたら、新一失格になっちゃうじゃない」
「んなこと―――」
「せっかく今までがんばってきたのに、だめよ!もうすぐ終わるんでしょう?だったら・・・」
 そこまで言うと、蘭は新一の肩に頭をちょこんと乗せて、急に声を潜めて言った。
「―――わたしだって、新一とハワイ、行きたいんだからね」
「!」
「だから・・・がんばって」
 上目遣いに見上げる蘭が可愛くて、やっぱりキスしたくなる新一だったが、ここは蘭のためにも必死
に我慢・・・。ふうっと1つ息を吐き出し、
「わかったよ。―――んじゃ、俺ももう行くわ。このままここにいたらやばいし」
 そう言って、にっと笑うと、とたんに蘭の頬が染まる。
「おめえももう寝ろよ。じゃあな」
「うん、おやすみ」
 そうして新一と蘭もそれぞれの部屋に戻り、再び工藤家に静寂が訪れたのだった・・・。


 その翌日・・・いつものように蘭と園子は朝食の準備をしていた。
 そして、蘭がテーブルに皿を並べだした時―――
「ら〜んちゃん、おっはよー!!」
「きゃっ」
 突然蘭に抱きついてきた人物が―――
「か、快斗君!?」
 そう、快斗が満面の笑みで蘭に抱きついたのだ。
「ど、どうしたの?」
「あー!!ちょっと黒羽君何してんのよ!?」
 声を聞いてキッチンから顔を出した園子が叫ぶ。
「蘭に抱きついたりしたら失格だって―――」
「もういいんだよ♪」
「―――え?良いって・・・まさか、黒羽君・・・」
 園子が言いかけると、快斗はにやっと笑い、
「そ、俺、終わっちゃったんだもんね、ゲーム」
「ほ、ほんとに!?」
 蘭も吃驚して快斗の顔を見る。
「ホント♪一緒にハワイ行こうな、蘭ちゃん♪」
「え、あ、あの・・・」
「おはよう」
 突然、部屋の入り口で声がし、3人が吃驚して振り返る。
「志保さん!」
 立っていたのは志保だった。
「あ、志保さん、俺、終わったぜ?」
 快斗が得意げに言うと志保はちょっと笑い、
「おめでとう。でも、残念ね・・・」
 と言ったのだった。
「は?残念って、どういう・・・」
「あのね、あなたたちのゲームのデータは、全てわたしのパソコンに送られてくるのよ」
「―――で?まさか、俺より前にクリアしたやつが・・・?」
「そういうこと。黒羽君は2番目よ」
「じゃ、1番は―――」
「俺だよ。―――快斗、てめえ何蘭に引っ付いてんだよ?離れろっ」
 と言って、顔を出したのは、新一だった。
「し、新一!ホント!?」
 蘭が驚いて言う。
「本当よ。工藤君が、黒羽君よりも10分ほど早かったわ。その次が・・・服部君ね。今、終わったみ
たいよ」
 志保が、いつのまにか広げていたノートパソコンを見ながら言うのとほぼ同時に、けたたましい音を
立てて階段を降りてくる足音が聞こえ―――
「蘭ちゃん!!終わったで―――と・・・なんや、みんな集まって・・・って、もしかして・・・」
「おめえが3番目だとよ」
 と新一に言われ、平次はがっくりと肩を落とした。
「そろそろ白馬君も終わるわ。新出先生は・・・もう少しかかりそうだけど」
 その言葉通り、それから10分ほどたった頃、深が、続いて智明が降りてきた。
「皆さんお揃いで。僕は4番目かな?」
「そうよ」
「で、僕が最後ですね。もっとも僕はまだ終わってないんですけど」
 と言って、智明が笑った。
「1番は工藤君か、黒羽君ですね」
 と深が志保に向かって言うと、志保は頷き、
「ええ、工藤君が1番。黒羽君が2番目よ。みんなご苦労様。おかげでこちらも助かったわ」
 と、にっこり笑った。
「さすが、と言ったところね。少なくとも10日はかかると思っていたんだけど・・・。蘭さんが絡む
だけでこんなに違うとは思わなかったわ」
 志保の台詞に、蘭が赤くなる。
「で、まあ結果は知ってのとおり、工藤君の勝ちよ。おめでとう、工藤君」
「ああ。で?これからどうするんだ?」
「もちろん、約束は果たすわよ。賞金のほうはゲーム会社から直接工藤君の口座へ振り込んでもらうこ
とになるわ。―――で、ハワイ行きの航空券はこれよ」
 と言って渡された封筒を受け取り、新一は中を見たが、とたんに顔を顰めた。
「―――おい、ちょっと待てよ。これ、何枚入ってんだ?」
「あら、数が数えられないの?全部で7枚入ってるはずだけど」
 との志保の言葉に、周りの面々もえっという顔をする。
「何で7枚も・・・」
「もちろん、参加してくれた人たちの分と、協力してくれた園子さんの分よ」
「どういうことだよ!?蘭とのデート権は俺が―――」
「そう、デート権はね。―――でもわたし、2人きりでハワイに行けるとは一言も言ってないわよ?」
 にやっと笑って言う志保に、新一は呆気に取られた。
 ―――やられた―――!!
「デートをいつするかは自由よ。ハワイでしたければすれば良いわ。向こうでは全員が自由行動。行く
先で偶然会うこともあるでしょうけど」
「―――で、ホテルの部屋は?」
「ツインの部屋を全部で4つとってあるわ。どういう組み合わせで泊まるかは自由だけど。園子さんが
1人じゃちょっと気の毒よね」
 新一は、は――っと深いため息をついた。
「―――可笑しいとは思ったんだよな・・・。ったく、騙されたぜ・・・」
「あら、わたしは知ってたわよ?」
 と言ったのは、さっきから黙って聞いていた園子だった。
 その言葉に、蘭も驚く。
「ホント!?園子!」
「うん。だって、この話を頼まれたとき、志保さんに“蘭さんと一緒に旅行できるわよ”って言われた
んだもの」
「・・・まんまとしてやられたってわけですか。まあ、ゲームに負けた僕たちとしては願ってもない話
ですけどね」
 と、深が楽しそうにくすくすと笑って言う。
「せやな。ちょうど夏休みやし、泊まりの準備も万端や。いつでもいけるで?」
 とニヤニヤしている平次。
「楽しい旅行になりそうだよなあ。新一、向こうでは蘭ちゃんとのデート楽しめよ?志保さんの言う通
り、行く先で偶然会うこともあると思うけど。そん時はよろしくな」
「おめえらなあ・・・」
「ね、蘭、向こう行ったらいっぱい買い物しようね♪」
「うん、そうだね」
 新一の怒りのオーラにまったく気付かずに、蘭は園子と楽しそうに話している。そんな蘭を見て、新
一は再び大きなため息をついた。
「―――決めた」
 下を向き、黙り込んでしまったと思った新一が、急に低い声で言った。その場にいた人間が、その迫
力にぴたりと話を止める。
「決めたって、何を?」
 ただ一人その雰囲気に気付かない蘭が、きょとんとして新一を見た。
「ハワイに行ったら、ゼッテーおめえをはなさねえ。そして・・・」
「そして?」
「ゼッテー2人きりになってやる!!」
 そう言って、握りこぶしを固めた新一は、いつもの犯人を追い詰めるときとは比べ物にならないよう
な迫力で・・・半ばやけくそ気味に叫んだのだった。

「蘭とのデート権を使えんのは、俺だけなんだ――――!!」





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 えへへ・・・すいません。こんな終わり方で・・・。もう、自分でも何がなんだか・・・。
キャライメージ、だいぶ違ってるかも、です。あーでも、平次はもっと書いてみたいキャラですね。
色黒なところを除けば、すごくわたし好みなんですよ、彼。って、この際私の好みは関係ないか。
そのうち平蘭なんてカップリングも登場するかも。とりあえず終わりです〜。
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