学校へ行こう!



 「―――あ、浅見、沙羅です・・・。よろしくお願いしますっ」
 真っ赤な顔で、沙羅―――蘭はペコッと頭を下げた。帝丹小学校の1年生としてやって来た蘭。小さ
な子供とはいえ、大勢の前に立つのは、やはり緊張してしまうものだ。
 そんな蘭を見て、クラスの子供たちはざわざわと騒ぎ出す。「かわいー!」「すげームツカシイ字だ
なー」などといった声が、あちこちで聞こえて来る。
「じゃ、浅見さんの席は、あの1番後ろの開いている席ね」
「あ、はい」
 蘭はとことこと歩いて行くと、言われた席に座り、ホッと息をつく。まだちらちらと自分を見ている
視線が痛かったが―――。
「さあ、じゃあこれからみんなで浅見さんに校内を案内してあげましょうか」
 と、担任の女性教師がそういったので、蘭は思わず、
「あ、大丈夫です。知ってますから―――」
 と言いかけて、“まずい!”と思った。蘭はこの小学校の卒業生。知っていて当然なのだが、今、そ
れを口にしたらまずいだろう。
「知ってるって・・・」
 先生が訝しげに蘭を見る。
「あ、いえ、あの・・・と、隣に住んでるお兄さんがこの学校の卒業生で―――聞いてるんです、その
―――いろいろと・・・」
「あ、そうなの。それじゃあ・・・」
 と、少々訝りながら、それでも一応先生は納得したようだった・・・。
 蘭は、ホッと息をつくと改めて回りを見回した。当然のことながらみんな小学1年生。
 ―――可愛いなあ・・・。わたしと新一も、昔はこんなだったのよね。なんか懐かしい・・・。
 もう一度小学校へ通うことなど考えたこともなかったので、今自分がこんな姿で、この場所にいるこ
とがなんだか信じられなかった。
 1年生は給食が終わると、すぐに下校時間になる。
 蘭はランドセルに教科書をしまい、帰ろうと席を立ったが・・・
「浅見さん!」
 と、女の子が1人寄ってきたのだが、その名前にまだ慣れていない蘭は、そのまま帰ろうとして、
「浅見さんってば!」
 と、腕をつかまれ、ハッとした。
 ―――あ、わたしの事だ。
「あ、ご、ごめんね。ボーっとしてて・・・何?」
 蘭の腕を掴んだその女の子はニコッと笑った。瞳の大きな、なかなか可愛い女の子。黒髪は肩でそろ
えられ、どことなく、蘭に似ているような・・・。
「あたし、吉田歩美。よろしくね」
「あ、うん、よろしく」
 蘭も、ニッコリ笑う。
「ね、沙羅って字、ムツカシイ字書くんだね。はじめて見たよ」
「う、うん、そう?」
「さらちゃん・・・って呼んでもいいかなあ?」
 歩美が可愛らしく首を傾げる。蘭は思わず笑って、
「もちろん!わたしも、歩美ちゃんって呼んでいい?」
「いいよ。みんなそう呼んでるし」
 ニコニコ笑っている歩美を見て、蘭も微笑んだ。
 ―――可愛い女の子。なんか、妹とか欲しくなっちゃう。
「あれ?歩美ちゃん、何話してるんですか?」
 と、顔を出したのは、まじめそうな、顔にそばかすのある男の子。
「あ、光彦君」
「よお、帰ろうぜ」
 その後ろからぬっと出て来たのは、体の大きな男の子。
「元太くんも。ね、4人で帰ろうよ。さらちゃん、いいでしょ?」
 歩美が嬉しそうに言う。蘭はニッコリ笑って、
「もちろん!」
 と言ったのだった―――。


 「ただいまァ」
 蘭が博士の家のドアを開けた。
「おお、帰ってきたか。お帰りなさい、ら・・・沙羅君・・・」
 出て来た博士が慌てて言い直したのは、蘭の後ろから、3人の子供たちが顔を出したからで・・・。
「あ、博士、ただいま。あのね、同じクラスのお友達。歩美ちゃんと、光彦君と、元太くん・・・。遊
びに来てくれたんだけど・・・。上がってもらってもいい?」
「おお、もちろんじゃよ。さあどうぞ。いや、早速友達が出来たのか。良かったのォ」
 博士に促され、3人はリビングに入って行った。蘭はそれを見送ってから、
「ごめんなさい、博士。なんか断りきれなくて・・・。あの子達、すっごく可愛いの」
 まるで、自分の子供のことでも話しているかのような蘭の口調に博士は笑い、
「いいんじゃよ。ここは蘭君の家でもあるんじゃから。これからも、どんどん友達を連れてきなさい。
―――わしも、これからは沙羅君と呼ぶようにしなきゃならんのォ」
「ふふ・・・。ありがとう、博士」
 蘭は安心したように笑い、自分もリビングに行き、3人に加わった。
「さて、ジュースがあったかのォ」
 といいながら博士は、キッチンへ向かったのだった。


 新一はその日、学校が終わると急いで帰ってきた。今日1日、蘭のことが気になって仕方なかったの
だ。今日は、蘭の転校初日だ。あいつ、大丈夫だったかな・・・。
 新一は自分の家には帰らずに、真っ直ぐに博士の家に向かった。勝手知ったるなんとかで、持ってい
た鍵でドアを開け、中に入る。―――と、中から子供たちの声が聞こえてきた。
「?」
 不思議に思いつつ、リビングに入ってみると―――
「あ、新一―――お兄ちゃん、お帰りなさい」
 と、先に気付いた蘭がいうと、他の3人がほぼ同時に顔を上げた。
「え、さらちゃんのお兄さん?」
「へェ、オメエ兄ちゃんがいたのか」
「ちがいますよ。隣に住んでるお兄さん、でしょう?」
 次々に口を開く3人に、ちょっと苦笑いしながら蘭が口を開く。
「うん、そう。隣に住んでる、工藤新一・・・お兄さん。―――お兄ちゃん、わたしの新しいお友達・
・・歩美ちゃん、光彦君、元太君よ」
 そう言われて、呆気にとられていた新一がはっと我に帰る。
「あ、ああ、こんにちは・・・」
「こんにちは――!!」
 元気一杯の3人に、気押され気味の新一・・・。早々に少し離れてその様子を見ていた博士の元へと
逃げてしまった。
「―――なんでいきなり・・・」
「ま、良いじゃないか。蘭君は友達が出来て、嬉しそうじゃぞ?」
「―――っつーより、妹と弟が出来たみたいで喜んでんじゃねーか?あいつも一人っ子だし」
「かも知れんな」
 なんにしろ良いことじゃと目を細める博士。新一は、子供たちの中で何の違和感もなく、自然に溶け
込み遊んでいる蘭を見た。
 歩美となにやら楽しそうにおしゃべりし、元太の取る行動を笑い、光彦の話に耳を傾け、目をぱちく
りさせたり、笑ったり・・・。ころころ変わるその表情が可愛くて、見惚れていたが・・・その表情は
、なぜかだんだんと険しくなって行った。それに気付いた博士が、声をかける。
「なんじゃ、新一。不機嫌そうな顔をして」
「―――べつにっ、んな顔してね―よ」
 だがそんな言葉とは裏腹に、その表情はどんどん不機嫌になっていき・・・
「―――あいつ、何であんなに楽しそうなんだよ?」
 ボソッと呟く新一。博士がん?と新一の顔を見る。
「俺がいること、忘れてんじゃね―のか?あの光彦ってガキも、やたら蘭に話し掛けやがって―――。
蘭が笑うと、顔赤くしたりしてよォ、ガキのくせに・・・。元太ってガキなんか、馴れ馴れしく“さら”
って呼び捨てにしやがって・・・。あいつら調子に乗りすぎだぜ」
 ぶつぶつ文句を言いつづける新一を、ビックリしたように博士は見ていたが・・・
「んだよ!?」
 その視線に気付いた新一の声に、耐え切れなくなったかのように・・・
「ブワ―――ッハッハッハッハッ」
 と、笑い始めたのだった。突然の笑い声に、子供たちも皆、驚いて博士を見る。
「は、博士?」
 大きな瞳を、さらに見開く蘭。
「ど、どうしたんですか?」
 と言ったのは、光彦。
「おい・・・博士・・・」
 さすがに、博士の笑い出した原因に見当がついた新一が、ばつの悪そうな顔をして、博士を見る。
「ファッハッハッ」
「おい・・・笑い過ぎだって・・・」
「い、いや、すまん、つい・・・くくく」
 目に涙を浮かべつつ、笑いを堪える博士。
 子供たちは、そんな博士を不思議に思いつつも、また遊びに戻る。新一は、まだ微かに肩を震わせて
いる博士を横目で睨んだ。
「おい・・・博士・・・」
「す、すまん、思わず・・・。しかし、名探偵も蘭君の前じゃと形無しじゃのォ」
「うっせーよ・・・」
「しかし相手は子供じゃぞ?蘭君はそれこそ、彼らのお姉さんのような気持ちで遊んでやってるんじゃ
ろうから、心配は無用じゃと思うがの?」
「―――んなこと、分かってるよ。別に、本気で心配してるわけじゃね―さ・・・」
 と新一は言ったが、やはりその顔を不機嫌で・・・。


 3人が帰ってから、新一と蘭はようやくゆっくり話すことが出来た。
「ね、あの子達可愛いでしょう?歩美ちゃんはね、すっごく素直で優しい子なの。好奇心一杯って感じ
でね。あ、真一のこと”かっこいいお兄さんだね”って言ってたよ。元太君は、やることは乱暴だけど
ホントは優しいのよ。光彦君はとっても物知り。まじめでね・・・フフフ」
 3人のことを話しながら、急に含み笑いをはじめた蘭を、新一が訝しげに見る。
「なんだよ?急に・・・」
「うふ。光彦君ね、歩美ちゃんのことが好きみたいなのよ」
「へえ?」
「元太君も、そうだと思うけど。歩美ちゃんて可愛いし、優しいし人気がありそうだから大変ね、2人
とも」
 と、のんきに笑う蘭。
 ―――オメエも多分、そうなるぜ?
 と新一は、密かに思ったりしていたのだった・・・。
「蘭君」
 地下に行っていた博士が、いつのまにか戻ってきて蘭に声をかけた。
「あ、博士」
「ちょっとこれを使ってみてくれんかの?」
 と言って博士が差し出したのは、赤いリボンのついたブローチで・・・
「?これ・・・裏に何かついてますよ?」
 リボンの裏を見ると、何かダイヤルのようなものがついていた。
「それはな、ブローチ型変声機なんじゃよ」
「ブローチ型・・・」
「変声機・・・?」
 蘭と新一が、眼をぱちくりさせながら博士を見る。博士は得意そうに笑い、
「そうじゃ。そのダイヤルを調節してな、どんな声でも出せるんじゃ。その丸いのがマイクになっとる」
「へ、へえ・・・」
「りぼんは取り外し可能じゃから、他のものをつけてブローチにすることもできる」
「・・・で、何に使うんだよ?これ」
「いやァ、蘭君もたまにはお父さんと話したり、友達と話したりしたいんじゃないかと思ってのォ」
「え・・・」
 蘭が、目を見開いて、博士を見る。
「幾ら女の子で変声期がないと言っても、子供の声じゃ、いつ怪しまれるかわからんじゃろう」
「で、これか?けど、それなら別に、他の声はいらないんじゃ―――」
「わしも最初はそう思ったんじゃが、これから何があるか分からんじゃろう?もしかしたら、何かの役
に立つかも知れんじゃないか」
 蘭は、そのブローチを自分の胸につけてみた。
「蘭君には赤い色が似合うからのォ。今日のその紺のワンピースにも良くあっとるし。どうじゃ?」
「うん、可愛い。博士、ありがとう、すっごく嬉しい」
 満面の笑みを浮かべ、博士を見る蘭。満足そうに頷く博士・・・と、ソレをつまらなそうに見る新一
・・・。
「―――じゃ、早速電話してみようかな・・・。お父さんと・・・それから園子に」
 そう言うと、蘭は電話に駆け寄った。
 蘭は今、留学の準備のために、母親の英理のところにいることになっていた。
 蘭が電話で話し始めるのを見て、新一はボソッと呟いた。
「本当は、会いたい、だろうな」
「そうじゃな・・・。しかしあの姿ではのォ・・・」
 2人で小さな蘭の後姿を見つめる。ブローチを使い、16歳の蘭の声で電話している姿は、どこか痛々
しくもあり・・・。
「―――早く、戻してやんなきゃな・・・」
「うむ。わしもがんばって、薬の研究をしてみるとしよう」
「ああ、頼むよ。俺は―――ゼッテ―あの黒ずくめの奴らを探し出して、刑務所にぶち込んでやるっ―――
見てろよ」
 新一の胸に、また静かな怒りの炎が燃え上がっていた・・・。





 どうでしょう?新一の場合は、「小学生なんて!」とすごく嫌がってる感じだったけど、蘭ちゃん
だったら、こんな感じなんじゃないかとおもって、作ってみました。そして、またジェラ新です。
本当はオリジナルキャラとか出そうかと思ってたんですけど、それはやめておきました。
 次回はいよいよ宮野明美の登場・・・の予定です。