伝わる想い
その日、コナンが起きると蘭は出かける支度をしていた。
「あれ、蘭姉ちゃんどっか行くの?」
「あ、コナンくん。おはよう。うん、ちょっとね。コナンくんは今日どこか行く?元太クンたちと約束
とかしてる?」
「ううん、別に。蘭姉ちゃんどこ行くの?」
「え?え―とね・・・」
蘭はなぜかちょっと照れたような顔で・・・
コナンは胸騒ぎを感じた。
「実は、服部くんと約束してて・・・」
「は・・・平次兄ちゃんと?どうして?」
コナンは動揺しながらも、どうにか平静な振りをして聞く。
「なんかね、和葉ちゃんと一緒に来る予定だったらしいんだけど、和葉ちゃんかぜひいちゃって来れな
くなっちゃったんだって。それで、どうしても今日までに行って買いたいものがあるからって・・・。
そのお店に案内して欲しいって言われたの」
「ふーん・・・。2人で行くの?」
「うん、そうよ」
どこか嬉しそうな蘭。デニムのロングスカートに淡いピンクのタートルネックのセーターを着た蘭は
とてもきれいでデートに行く時のようなおしゃれをしているように見え・・・コナンは当然面白くなか
った。
「・・・それ、僕もいっちゃダメ?」
「え?コナンくんも?」
「うん。僕も平次兄ちゃんに会うの久しぶりだし。ねえ、いいでしょ?」
子供らしく、甘えて見せる。と、蘭は苦笑いして
「仕様がないなあ。じゃあ着替えてきて?30分くらいしたら出るから」
と言った。
「うん、わかった!」
コナンはすぐに部屋に戻ると服を着替えた。
―――それにしても・・・服部の奴どういうつもりだ?俺に何も言わずに・・・
訝しげに思いながらも支度をし、部屋を出る。
「お待たせ、蘭姉ちゃん」
「出来た?じゃあ行こうか」
家を出て、平次と待ち合わせをしているという駅に向かう。その間中、蘭はご機嫌でにこにこと楽し
そうだった。そんな蘭を見て、やはり心中穏やかでないコナン。
―――なんだよ、蘭のやつ・・・。服部と会うのがそんなに嬉しいのか?
イライラと歩くコナンの顔を見て、そっと微笑む蘭。そんな蘭にコナンは気付いていない。
駅に着くと、もう平次が先にいた。
「おお、姉ちゃん久しぶりやなあ。―――と、何でボウズがおんねん?」
コナンを見て顔を顰める平次。コナンの顔が引きつる。
「うん、どうしても一緒に行きたいって・・・。ダメ?」
「ダメやないけど・・・しゃあないなあ。せっかく姉ちゃんとデートや思ったのに」
平次の言葉に蘭は頬を染め、コナンの顔はさらに引きつった。
「あら、江戸川くんじゃない」
と、聞き覚えのある女の子の声が聞こえ、3人がそちらを見る。
「あ、哀ちゃんじゃない。どうしたの?」
「ちょっと、博士に用事を頼まれて・・・」
言いながら、哀は3人の顔を見比べた。
「・・・西の名探偵さんがどうしてここに?何か事件でも?」
「いや、今日は事件ちゃうよ。和葉も来るはずやってんけどあのアホ風邪引いてもうて・・・。姉ちゃ
んに付き合ってもらうことにしたんやけど、このボウズまでついてきおって・・・」
平次の言葉に、コナンは顔を顰め平次を睨みつける。
哀はそんな2人を見てくすっと笑うと、蘭に視線を移し
「ねえ、わたしもご一緒しちゃダメ?邪魔はしないから」
「え?哀ちゃんも?」
哀の言葉に蘭のみならず、ほかの2人も目を丸くする。
「なんや、めずらしいなあ」
「わたしはいいけど・・・」
言って、蘭は平次の顔を見る。
「俺もかまへんよ。こうなったら3人も4人も変わらん」
平次が肩を竦める。
そして歩き出した4人。コナンは哀の横に立つと、小声で言った。
「おい、どういうつもりだよ」
「別に?ただ楽しそうだなと思って」
「楽しそうって・・・」
「あの2人を見てイライラしてるあなたを見てるだけでも充分暇つぶしになりそうだわ」
くすくすと笑う哀を見て、コナンは目を細めた。
―――相変わらず何考えてるかわかんねえ奴だぜ。
やがて着いたのは渋谷のブランドショップ。今日までセールをやっているというその店はたくさんの
女性客で溢れていた。
「ごっつい人やなあ」
「そうだね。みんなはここで待ってる?わたし行って来るから」
「すまんなあ」
「ううん。じゃ、ちょっと待っててね」
にっこり笑い、蘭は店の中に入って行った。
「おい、どういうことなんだよ」
蘭の姿が見えなくなった途端、コナンが平次をじろりと睨んで言った。
「なにがや?」
「今日のこと。俺は何にも聞いてねえぞ」
「そやったのか?俺はただ和葉の買い物に付き合って、ここにくる予定やったんや。何でも、ここにし
かない限定もののバッグがどうしてもほしい言うてな。けど、あいつ風邪引いてしもうて。俺はブラン
ド物のことなんて分からんから、姉ちゃんに頼んだんや」
「それなら蘭に買ってきてもらって送らせりゃあ良いじゃねえか。何でわざわざ何もわかんねえおめえ
が来るんだよ」
そう言ったコナンを見て、平次がにやりと笑った。
「なんや、妬いてるんか」
「ばっ、バーローそんなんじゃ・・・」
「ほーお。ま、ええけど・・・。俺はただ単に久しぶりに姉ちゃん・・・と、おまえに会いたいと思っ
ただけやで?」
「じゃ、何で俺に何にもいわねえんだよ。いつもだったらまず俺に言うじゃねえか」
「たまたま電話したら姉ちゃんが出たんや。そもそも用事があんのは姉ちゃんやったし、姉ちゃんに言
えばおまえにも伝わるだろう思ったしな」
「・・・・・」
まだ納得のいかないコナンは、さらに問い詰めようとしたが、哀の人を小馬鹿にしたような笑顔を見
て、口を噤む。
「東西の名探偵さんは恋のライバルでもあり・・・ってとこかしら?蘭さんは魅力的ですものね。実は
わたしも彼女の事が好きなのよ」
「・・・おめえな・・・馬鹿にしてんのか?」
「とんでもない。大真面目よ。彼女には男女問わず人を惹きつける不思議な魅力があるのよね」
そう言って哀は、店の中で目的のものを見つけ微笑む蘭を見つめた。
「そうやなあ。姉ちゃんはほんま綺麗やからな」
と言って、平次も蘭に見惚れている。
そんな2人をじろりと睨むコナン。
―――そんな目で蘭を見るんじゃねえよ!蘭の魅力を1番良く知ってんのはこの俺なんだからな!
「お待たせ!買ってきたよ、ほら」
蘭は、店から出て来ると持っていた袋を平次に渡した。
「おおきに。助かったわ」
「あのね、それ最後の1個だったみたい。間に合ってよかったね」
にっこりと微笑む蘭に3人が見惚れる。先に我に帰ったのはコナン。
「ね、ねえ、これで用事は終わったんでしょう?このあとどうするの?」
「そうやなあ。飯でも食いに行くか。姉ちゃん、どこかうまいもん食えるとこしっとるか?」
「え―と・・・あ、確か園子に教えてもらった洋食のお店が近くにあったはずだけど」
「ほなら、そこいこか」
蘭と平次が並んで歩き、その後にコナンと哀が続く。
「なかなかお似合いの2人じゃない?」
哀が前の2人を見て言った。
コナンは顔を顰め
「おめえ、俺に喧嘩売ってんのか?」
「まさか。本当のこと言ってるのよ。ねえ、あなたが元の姿だったら彼女とあんなふうに並んで歩いて
るのかしら」
言われて、コナンは前の2人に視線を戻した。
楽しそうに話しながら、並んで歩く2人。その様子は確かに子供の姿になる前の新一と蘭を見ている
ようで・・・本当だったらあの場所は俺のものだったはず・・・そんな思いがコナンの胸に湧き上がる。
平次がチラッと後ろを見て、にやっと笑うと蘭の耳元に口を寄せて何か囁く。
蘭の顔が、ポッと赤く染まる。
その様子を見て、コナンは拳を握りしめた。
―――そんな顔して服部を見るんじゃねえよっ。その場所は・・・おめえの笑顔を近くで見れるのは
俺だったはずなのに・・・
「結構うまいやないか、この店。さすが鈴木財閥のお嬢様のお墨付きだけあるわな」
「うん、ホントおいしいね。和葉ちゃんも来れたら良かったのにね」
4人で入った洋食のレストラン。平次と蘭は相変わらず楽しそうだったが、コナンの機嫌は最悪だっ
た。仏頂面のまま無言で食事を続けるコナンを、呆れたような顔で見ている哀。
「なんだよ?人の顔じろじろ見て」
「・・・別に。あなたも気苦労が多くて大変だと思って」
「・・・おめえが言うと、微妙に刺があるような気がすんだけど」
「そう?気のせいよ、たぶん」
しれっと言って肩を竦めると、哀は食事を続けた。ふと、蘭が哀を見る。
「哀ちゃん、おいしい?」
笑顔で聞かれ、哀の頬が微かに染まる。
「ええ、とっても」
「良かった。哀ちゃん、普段あんまりわたしとお話してくれないから、今日はちょっと嬉しかったんだ。
ね、この後どこか行きたい所ある?」
「え・・・別に・・・」
「ないの?」
「ええ・・・。蘭さんの行きたいところなら、どこでもいいわ」
小声で、照れたように告げる哀を、嬉しそうに見つめる蘭。コナンは不貞腐れたような表情でその光
景を見て・・・ふと、平次に視線を移すと平次もやはり面白くなさそうに蘭と哀を見ていた。
―――こいつ・・・もしかして、本気で蘭のこと・・・?
食事を終えると、4人は近くのデパートへ行き中を見て歩いた。
「あ、見て、哀ちゃん。この店可愛い。哀ちゃんに似合いそうな服たくさんあるよ」
女の子向けの洋服が並んだ店で蘭は止まり、哀の手を取って中に入った。哀もされるがままになり、
蘭の持ってくる服を合わせたりしている。
「ふーん、あの哀っちゅう子もあんな顔するんやなあ。案外、姉ちゃんを好き言うのは本気なんかな」
「・・・おめえはどうなんだよ」
「あん?」
「おめえ、蘭のこと本気で好きなんじゃねえのか?」
「・・・さあな」
「おい・・・おめえには和葉ちゃんが・・・」
「あいつは幼馴染や言うてるやん。けど・・・そやなあ。今日、和葉が行かれへん言うて姉ちゃんと2
人になれる思うたら、ちょっとうれしかったんは事実や」
平次がコナンを見てにやりと笑った。
「まあ、おまえが来ることもわかっとったけど・・・」
淡々と話す平次を険しい目で睨みながら、
「あいつだけは・・・譲る気、ねえからな」
と低い声で告げるコナン。平次は、ただ笑ってコナンを見返しただけだった。
「ね、屋上行かない?」
戻ってくるなり蘭が言った。
「屋上?なんかあるんか?」
「あのね、催事やってるんだって。今はガーデニングフェアやってるって」
「ガーデニングって、お花とか?」
コナンが蘭を見て聞くと、蘭はにっこり笑い、
「そうよ。事務所と、屋上にもちょっと花を置きたいと思ってたの。ね、行ってもいい?」
といった。見惚れるような笑顔でそう言われて、断れるはずもない。
4人は屋上に上がると、思い思いに花を見て回った。
「見て、コナンくん。この花綺麗だと思わない?事務所にどうかな」
「いいんじゃない。おじさんには似合わないけど」
「ふふ、そうね。でもちょっと飾ったらあそこの雰囲気も変わるよね」
楽しそうに花を見る蘭を、コナンは複雑な顔で見つめた。
「どうしたの?コナンくん。わたしの顔に何かついてる?」
「・・・ううん。楽しそうだなと思って」
「そう?」
「うん。・・・平次兄ちゃんと一緒にいて、楽しい?」
「うん、そうね。服部くん面白いし。今日はコナンくんも哀ちゃんも一緒だしね」
「・・・・平次兄ちゃんのこと・・・好き、なの・・・?」
俯きながら、消え入りそうな声で聞くコナンを、蘭は穏やかに見つめた。
「・・・うん、好きよ」
その言葉に、コナンはパッと顔を上げ、蘭を見る。
「友達として、ね」
「・・・友達・・・?」
「うん。・・・実はね、ここんとこわたし、ちょっとへこんでて・・・服部くんに相談にのってもらっ
たりしてたの。それで励ましてもらったりしてて・・・。そのお礼がしたくって服部くんに何が良いか
聞いたら、和葉ちゃんとこっちに来るから久しぶりに会おうかって言ってたの。和葉ちゃんは来れなく
なっちゃったけど・・・。実はね、コナンくんにはあえて言わないでおこうって言われてたのよ」
「へ・・・なんで?」
「言わなくてもきっと着いてくることになるからって。そしたらわたしも少し元気になるんじゃないか
って」
「??・・・それ、どういう意味?」
どこか嬉しそうに話す蘭の言ってることが分からなくて、コナンは首を傾げた。
「わたしがへこんでた理由・・・あいつのこと、なの」
「あいつって・・・」
聞かなくても分かっている。
「わたしは・・・ずっとあいつのこと待ってるけど、それってあいつにとってはどうなのかなって。待
ってて欲しいって言われたけど、期待しちゃってもいいのかなって。あいつにとって、わたしってなん
なんだろうって・・・考えてたら落ち込んじゃって・・・。でもね、今日、ちょっとあいつの気持ちが
見えた気がしたの」
「・・・どういうこと?」
コナンが聞くと、蘭は不思議な眼差しでコナンを見つめて、ふわりと微笑んだ。
「不安になったりするのは、わたしだけじゃないんだって。きっとあいつも不安になったりするんだっ
て分かったの」
コナンは、まだわけがわからず首を捻った。
「わたしが服部くんと会うって分かって、少しは心配した?」
いたずらっぽい目でコナンを見る蘭。コナンはその眼差しにはっとして・・・
―――まさか、蘭、気付いて・・・?
「聞いちゃいけないことだってあるのはわかってる。だから聞かない。でも、時々こんなふうに・・・
気持ちを確かめたくなるときもあるの」
「・・・・・」
蘭の眼差しはどこまでも優しく、穏やかだった。
「ごめんね・・・。でも、おかげでちょっと元気になれたの。また、これからもがんばれるよ」
蘭はそう言ってにっこり笑うと、鉢植えを1つ持ってすくっと立ち上がった。
「これ、気に入ったから買おうかな。あとは・・・あ、あの辺良さそう」
楽しそうに歩いていく蘭の後姿を見つめるコナンの側に、いつの間にか平次が来ていた。
「・・・おめえ、あいつに何か言ったのか?」
「なんも言わんよ。ただあんまり姉ちゃんが落ち込んでたから、話し相手になってただけや」
「ったく・・・余計な気ィ回しやがって」
「ほっとけんかったんや。姉ちゃんは何でも我慢しすぎる。たまには我侭言うてもええのにな。なんや
姉ちゃんと話してるうち、どうにかしてあげたくなったんや。少しでも元気になってくれたらええと・
・・」
コナンは、吃驚して平次の顔を見た。
―――こいつ・・・まさか本気で蘭のこと・・・?
平次の蘭を見つめる瞳。それは今までのものと確実にどこか違うような気がした。愛しいものを見る
ような深く、優しい眼差し・・・。それは、今までコナンが見たことのない平次だった。
「安心せい、まだ本気でどうこうしよう思うてるわけやない。とりあえずおまえが元の姿に戻るまでは
待っといたるから」
にやりと笑ってコナンを見ると、ぶらぶらと歩き出した。
そんな平次の後姿を呆然と見ていると・・・
「早く元の姿に戻らないと、彼女をとられちゃいそうね」
哀が、どこか楽しそうに言いながら、コナンの隣に来た。
「おめえな・・・そう思うんだったら・・・」
「あら、わたしは努力してるわ。それよりも、ちゃんと彼女の心をつかまえとかないと取り返しのつか
ないことになるわよ?」
「言われなくっても・・・。他の奴になんかわたさねえよ」
「ふーん・・・ま、がんばってね。・・・わたしもわたしでがんばるし」
「はあ?」
意味ありげに笑う哀を、コナンは訝しげに見た。
「わたしも蘭さんといっしょに、お花見てこようかしら」
さっさと蘭の元へ走っていく哀。そして平次も蘭の側に・・・。
「あいつら・・・」
―――冗談じゃねえぞ!俺だって毎日言いたいこと言わねえで我慢してるってえのに、今更他の奴に
なんか渡せるか!!
「蘭姉ちゃん!!」
3人の間に割り込むように蘭の側に駆け寄ったコナン。
蘭はそんなコナンを優しい笑みを浮かべて見つめた。
何も言えなくても。その気持ちは伝わっている。
―――だから、大丈夫だよ。
コナンの手を、黙って握った蘭の瞳がそう語っているようだった・・・。
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このお話は12000番をゲットして頂いたモンブラン様のリクエストによる作品です。
当初、コナンをはめて楽しむ平次ということにしようと思っていたのですが・・・
書いているうちに変わってきてしまい、なぜか哀ちゃんも含め蘭ちゃんを巡る四角関係となってしまい
ました。書いていて難しかったけれど楽しい作品でした♪
感想とかいただけたら嬉しいですv それでは♪
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