C h a n c e !? 


「お父さん、出かけてくるね」
「んあ?こんな日曜の朝っぱらからどこ行くんだあ?」
 いつもよりもおしゃれをして、いそいそと出かけようとする蘭を見て、小五郎は顔を顰めた。
「新一のとこよ」
 しれっとして言う蘭に、不機嫌になる小五郎。
「新一ィ?あの探偵気取りのガキか!まさかおめえ、あんな奴と付き合ってるとかいうんじゃねえだろ
うな?」
 小五郎の言葉に、蘭がパッと頬を染める。
「な・・・!そうなのか!?ダメだ!!絶対に許さんぞ!!」
「べ、別にまだそんなんじゃ・・・と、とにかく行って来るからね!」
 血相を変えて身を乗り出した小五郎をあとに、蘭は慌てて家を飛び出した。
「おいっ、蘭!!俺は絶対に認めんぞー!!」
 階段を下りる蘭の耳に小五郎の怒鳴り声が響いてきたが、蘭はかまわず家を後にしたのだった。


 「蘭の奴、まだかな」
 一方の新一は、蘭が来るのを今か今かとドキドキしながら待っていた。
 新一が戻ってきてから1ヶ月。
 蘭などが想像も出来なかったような大きな組織と戦い、壊滅に導いた新一。もちろん新一1人の力で
はなかったが、世間は久しぶりの高校生探偵、工藤新一の活躍に沸いた。
 せっかくもとの姿に戻れたというのに、世間は新一を放っておいてはくれず、なかなか蘭との時間を
作ることの出来なかった新一。
 1ヶ月たって、漸く自由な時間が出来、こうして蘭を自宅に呼ぶことが出来たのだった。
 ―――今日こそは、ちゃんと俺の気持ちを伝えねえと・・・
 実は先日、学校に呼び出された新一は偶然そこにいた園子に会い、
「いいかげん、蘭のこと放ったらかしにしてると他の男にとられちゃうわよ?こないだだって、隣のク
ラスの男子に告られてたんだから!」
 と言われたのだった。
 ―――冗談じゃねえ!今更他の奴になんか渡して堪るかよ!
 そう決意を新たにし、拳を握りしめた時―――

『ピンポ――――ン』

 玄関でチャイムの音が鳴り、新一ははっと我に帰った。
 ―――蘭か?
 高鳴る心臓を押えつつ、玄関に向かい、ゆっくりとそのドアを開ける。
 目の前に立っていたのは、やはり蘭。
「蘭!」
 新一はほっとして笑顔になったが・・・ふと、蘭の抱えているものに視線を移す。
「それ・・・何だ・・・?」
 困ったようにそれを見つめる蘭。
「赤ちゃん・・・」
 そう、蘭の胸に抱かれて、気持ち良さそうにすやすやと眠っているのはどう見ても生後3ヶ月もたた
ないような人間の赤ん坊で・・・
「ど、どうしておめえが、赤ん坊なんて・・・!」
 一瞬、まさか蘭の・・・?と思ったが、どう考えてもそんなわけはないと思いなおし・・・
「それが、わたしにも良く分からないの」
 と、蘭も途方にくれたような顔をしている。
 ともかく玄関先で話していても仕様がないと思い、新一は蘭を促し家の中に入った。
 ソファにそっと赤ん坊を寝かせ、蘭はほっと息をつくと自分もその隣に座った。
「―――で?どういうことなんだ?」
「それが・・・阿笠博士の家の前を通ったら、突然家の中から博士と志保さんが飛び出してきて・・・」
「博士と灰原・・・いや、宮野が?」
「うん。で、わたしの顔を見るなり、博士が“蘭君、良いところで会った。ちょっとこの子を預かって
くれんか!”って・・・」
 と言って、蘭は赤ん坊を見た。
「博士が?何で赤ん坊なんて・・・」
 新一が困惑気味に言うと、蘭も肩を竦め
「知らないわよ。で、その後出てきた志保さんが“ごめんなさい、ちゃんと後で引き取りに行くから、
工藤君と2人でがんばってて”って・・・」
 と言った。
「はあ?」
「で、すぐに車に乗り込んで・・・あ、別れ際に“その子の名前は瞬よって”言ってたけど・・・」
「で、どっかに行っちまったと・・・名前だけ教えてもらってもなあ・・・」
 新一は赤ん坊の顔を見て、溜息をついた。
「あ、それから赤ちゃんと一緒に、紙おむつと着替えと、哺乳瓶とミルクを預かってるけど・・・」
 と言いながら、蘭は持っていた大きなボストンバッグを開けてみた。
「で・・・どうすんだ?この子」
「どうするって・・・博士たちが戻ってくるまで面倒見るしかないでしょ?」
「俺たち2人で、か?」
「他に誰がいるの?」
「・・・・・」
 2人は黙ってその赤ん坊・・・「瞬」を見て・・・同時に溜息をついた。
「・・・でも、可愛いね、赤ちゃんて」
 と言って、蘭はくすっと笑った。新一はそんな蘭の笑顔に見惚れ・・・
 ―――ま、少しの間だし・・・な。
 ちょっとした新婚気分を味わえるのもいいかも・・・などと思う新一だった・・・。
「ところで、誰の子なんだろうな。まさか博士の子ってことはねえだろうし」
「そうね。志保さんの子ってわけでもなさそうだし」
 と2人で首を捻っていると・・・
「・・・ふ・・・」
 と、突然瞬が顔をゆがめ・・・たかと思うと、その瞳をパッチリと開いた。
「あ、起きたvわあ、目がおっきくて可愛いねえ〜vv」
 蘭が嬉しそうに言って、瞬を抱き上げた。
 瞬はきょとんとした顔で蘭のことをじいっと見ていたが・・・。やがて安心したのか、ぱあっと笑う
と、その小さな手を蘭の口元に伸ばした。
「なあに?瞬君。うふ、笑顔も可愛いvvね、新一も抱いてみる?」
 と言う蘭の言葉に、新一は
「いや、俺は良い・・・」
 と言って、横を向いてしまった。
「?そお?かわいいのに」
 と、蘭は不思議そうな顔をしている。
 ―――なんだよ、蘭の奴・・・。そんな笑顔、俺にだってめった見せねえくせに・・・。
 何のことはない。瞬にやきもちを妬いているのである。
「ふ・・・ん〜〜〜・・・んあ〜〜」
「ん?どうしたの?オムツ?・・・は、大丈夫みたいね。おなかすいたのかな?ミルク飲む?」
 蘭は、瞬のお尻に手をやり確かめてから、そう言った。その様子を見て、新一が驚いた顔をする。
「おい、おめえずいぶん慣れてねえか?赤ん坊の面倒なんか見たことあんのかよ?」
「こないだ、園子のお姉さんの家に遊びに行ったのよ。園子のお姉さん、2ヶ月前に子供が生まれたで
しょ?それで、ちょっとだけお世話のお手伝いしてきたの」
 ―――そういや、そんなこと言ってたっけ・・・?
 事件と、蘭のこと以外には無頓着な新一。うろ覚えの記憶をたどり、蘭がそういえばそんなことを言
っていたなと思い出す。
「新一、瞬君抱いててよ」
 蘭がひょいと立ち上がると、瞬を新一の前に出した。
「・・・は?なんで?」
「わたし、ミルク作ってくるから」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺、赤ん坊を抱いたことなんて・・・」
「いいから、瞬君おなかすいてるみたいだから、ね」
 と言って蘭は新一に無理やり瞬を押し付けると、キッチンに哺乳瓶とミルクを持って行ってしまった。
「お、おい、蘭!」
 と言ったものの、瞬を放り出すわけにも行かず・・・結局新一はそのまま瞬を抱いて待つことに・・・
 ―――ったくう、博士の奴、どうしてくれるんだよ。せっかくの俺の計画が・・・。
 溜息をつきつつ瞬を見る。瞬は、不思議そうな顔で新一を見ていた。
「あ〜〜あ〜〜・・・」
「ん?なんだよ?はら減ってんのか?今蘭がミルク作ってくれるってさ」
「あ〜〜・・・」
「おめえ、一体どこの子だよ?」
 目の前に伸ばしてくる手をちょいちょいとつついてみると、瞬は新一の指をきゅっと握ってきた。そ
して、握れたことが嬉しかったのか、顔をくしゃっとさせて笑う。
「ん〜?俺の指をおもちゃだと思ってんのか?」
「お待たせ〜。あ、瞬君笑ってるv ね、新一、可愛いね〜瞬君」
 蘭が哺乳瓶片手に戻ってくるとそう言って嬉しそうに笑った。
「人懐っこい子だよね。知らない人とか慣れてんのかな?」
「さあな。赤ん坊のことはよくわかんねえよ」
「ふ〜ん?名探偵の新一にも分からないことあるんだ?」
 そう言って、蘭はいたずらっぽい視線を新一に向けた。
「んだよ」
「う〜ん、別に。新一よりもわたしのほうが知ってることもあるんだなあと思って。ちょっと嬉しくな
っちゃった」
 嬉しそうに笑う蘭の笑顔に、新一は思わず赤くなる。
「あ・・・あのさ、蘭」
「ん?なあに?」
 小首を傾げて、新一をじっと見つめる蘭。新一は高鳴る胸を押え、すうっと深呼吸した。
 ―――今だ!!
「俺、蘭が―――」
「ふ・・・あ〜〜〜っ」
 まさに絶妙のタイミングである。
「あ、ごめん、瞬君、おなかすいてるんだよね」
 そう言って、蘭は瞬を自分の胸に抱きかかえると、もって来た哺乳瓶を瞬の口に当てた。瞬は、ぱく
っとその乳首をくわえると、夢中でミルクを飲み始めた。
「良かった。やっぱりおなかすいてたのね。どうしたの?新一」
 蘭は、ガクッと肩を落として項垂れている新一を不思議そうに見た。
「いや、別に・・・」
 新一は力なく笑い、恨めしそうにミルクを飲む瞬を見た。
 ―――ちぇ、平和そうな顔してら・・・。
 蘭は、ミルクを呑む瞬を、優しい笑顔で見つめている。その光景は、まるで聖母マリアを見ているよ
うで・・・新一は、そんな蘭の姿に思わず見惚れていた。
 ―――綺麗、だな・・・。もし、これが自分の子供だったりしたら・・・当然俺たちは夫婦で・・・
 いろいろな映像が頭の中を駆け巡り、か―――っと顔が赤くなる新一。
「新一?どうしたの?顔赤いよ?」
 気付いた蘭が、きょとんと首を傾げる。
「な、なんでもねえよ。それより・・・もし今日中に博士たちが戻ってこなかったらどうするんだ?俺
、1人で赤ん坊の世話なんか出来ねえぜ?」
「そう、だよねえ。どうしよう・・・。やっぱりわたしが連れて帰ったほうがいいかな」
「ばか、それはやめろ」
 慌てて言う新一に、蘭はちょっと顔を顰める。
「なんでよう?」
「あのなあ、おめえはどう見たってまだ高校生なんだぜ?そのおめえが赤ん坊なんか抱いてその辺歩い
てみろよ」
「あ・・・」
「明日には、街中その噂で持ちきりだぜ?毛利探偵の娘は17歳で子供を生んで、高校に通いながら育
てるらしいとか。差し詰め、その相手は・・・」
 と、そこで言葉を切り、赤くなる新一。蘭も、新一の言わんとすることを理解し、真っ赤になってし
まう。
「や、やだ、新一ってば何言って・・・」
「だ、だからさ、小五郎のおっちゃんだって怒るだろうしよ、今日はここに泊まってけばいいじゃねえ
か」
「・・・え?・・・」
 さらっと、何かすごいことを言われたような気がして、蘭は一瞬呆けた顔をする。
「園子に事情説明して、口裏合わせてもらってよ、園子の家にでも泊まることにすればいいだろ?」
「え、うん、でも・・・」
 ―――泊まるって・・・ここに・・・?そりゃあ、子供の頃は良く泊まったりしたこともあったけど
・・・。新一は、わたしが泊まることなんて、大して気にしてないのかな・・・。
「なんだよ、嫌なのか?」
「う、ううん、嫌じゃないよ。じゃあ、博士たちが戻ってこなかったらそうするね」
 首を振ってそう言う蘭を、新一はちょっと不安そうに見つめた。
 ―――蘭の奴、ここに泊まるの、嫌なのか?俺のこと・・・もう、好きじゃねえのかな・・・。
 なんとなく、気まずい空気が流れる。と、その時・・・
「ふえ・・・」
 瞬が、顔を歪ませたかと思うと、突然真っ赤な顔をして
「うあ〜〜〜〜、あ”〜〜〜〜」
 とぐずり始めたのだ。
「どうしたの?瞬君」
 蘭が、慌てて瞬を抱き上げる。
「ど、どうした?病気か?」
 新一も青くなって瞬を見る。
「あ・・・ううん、違う、オムツみたい。重くなってるもん。おしっこ出ちゃったのかな?」
 蘭はそう言うと、落ち着いた様子でバッグから紙おむつを取り出して、瞬を抱っこしたままソファに
それを広げた。
「おめえ、そんなことできんの?」
 新一が、驚いて言った。
「うん。園子のお姉さんに教えてもらって、3回くらいやったかな?」
 言いながら、蘭は手際良く瞬をソファに寝かせ、服の股の部分のボタンを外し、両足を持ちながらお
尻の下に紙おむつを敷いてしていた紙おむつを外した。
「あ、良かった。おしっこだけね。―――あ、ちゃんと男の子だったね」
 蘭が、くすっと笑って言った。何を見てそう言ったのかは誰にでも分かることで・・・新一は、なん
となく複雑な顔をする。赤ん坊と言えども、同じ男、である。その男の・・・を見て、笑う蘭。
 ―――なんか、面白くねえ・・・
 新一が不貞腐れている間にも、蘭はさっさとオムツを変え、服を元通りにするとまた瞬を胸に抱きか
かえた。
「はい、おしまい。気持ち良いねえ、瞬君。お尻さらさらでしょう?」
 にっこり笑いながら、瞬に話し掛ける蘭の姿は、なかなか様になっていて・・・それが蘭の子、と言
われても納得してしまいそうだった。
 新一は、2人の姿に見惚れている自分に気付き、ぶんぶんと首を振ると、拳を握りしめた。
 ―――冗談じゃねえ!あれが蘭の子のわけねえだろ!?大体、蘭が母親なら父親は俺だ!そうだ、俺
しかいねえ!!
「蘭」
「え?」
「俺、今日はおめえに話があるんだけど」
 新一は、真剣な顔をして、蘭を見つめた。
 ―――子供がいたってかまうもんか。今を逃したら、またいつ2人の時間ができるかわからねえ。そ
の間に、もし他の男が言い寄ってきたりしたら・・・
 新一の頭に、一瞬蘭と見知らぬ男が瞬を間に仲睦まじく寄り添う姿がフラッシュバックして・・・慌
てて首を振った。
「なあに?新一?」
 きょとんと小首を傾げる蘭。
 ―――可愛い・・・。ぜってえ、他の奴にはわたさねえからな。
 新一は、立ち上がると蘭の隣に行って座った。
「蘭っ」
 新一は、両手で蘭の肩を掴み、ぐっと引き寄せた。蘭は吃驚して、頬を染め、目を見開いた。
「し、新一・・・?」
「蘭、俺・・・蘭が、好きだ・・・」
 じっと蘭の瞳を見つめながら、新一は告げた。蘭の瞳が、一層大きく見開かれ、頬が赤く染まる。
「新一・・・」
「蘭の気持ち・・・聞かせてくれるか・・・?」
「・・・ばかあ・・・」
「え・・・」
「そんなこと・・・今更聞かなくたって分かるでしょ・・・?」
 真っ赤になって俯く蘭を、愛しそうに見つめる新一。
「でも、聞きたいんだ・・・。蘭・・・」
「・・・好き、よ・・・。わたしだって・・・新一が好き。ずっと前から・・・大好きだったんだから
・・・」
「蘭・・・」
 嬉しそうに笑う新一を、潤んだ瞳で見上げる蘭。
 2人の視線が絡み合い、自然に顔が近づいていく。あとほんの数センチで、2人の唇が触れそうにな
った、その時―――
「ふ・・・ぎゃあ〜〜〜っ」
 と、突然瞬が大きな声で泣き始め・・・2人はパッと体を離し、間にいた瞬を見た。
「瞬君?どうしたの?あ・・・」
 2人の間に立ち込める空気・・・ではなく、匂い。この匂いは・・・
「・・・今度は、ウンチみたいね」
「はあ・・・」
 新一は、がっくりと肩を落とし、せっせとオムツがえをする蘭を見ていたが・・・
 ―――ま、良いか・・・。これで、俺たちは恋人同士になれたわけだし・・・。未来の予行演習だと
思えば、な・・・
 そう考えると、急に嬉しくなってくる新一。
「な、俺も何か手伝うよ。何したら良いか言ってくれよ」
「え?ホント?ありがとう!じゃあ、この汚れたオムツ、ビニール袋に入れて捨ててくれる?あ、ウン
チはトイレで流してね?」
「・・・・・・・了解・・・・・」
 言ってしまったことを、ちょっと後悔した新一だった・・・。


 それからどたばたと瞬の世話に追われていた新一と蘭。ミルクを飲んだらすぐに寝るだろうと思って
いたのが大きな間違いで、結局夜の8時になって博士と志保が工藤家を訪れた頃、やっとうとうとし始
めたところだったのだ・・・。
「すまんかったのう、2人とも。実はあの子は歩美ちゃんの弟でのう」
「歩美ちゃんの?弟なんていたのか?」
 新一が驚いて聞く。
「ええ。3ヶ月前に生まれてね。工藤君は、ちょうど組織を追うために一時日本を離れていたから、知
らなかったでしょうけど」
 と、志保が言った。
「で、何でその歩美ちゃんの弟が?」
 と新一が聞くと、志保はちょっと苦笑いして、
「実は、吉田さん、最初は弟が出来たことを喜んでいたんだけれどそのうち両親が弟ばかり構うのが我
慢できなくなっちゃったみたいで・・・家出しちゃったのよ」
 と言った。
「家出ェ?」
「ええ。それで吉田さんのご両親が家に見えて・・・吉田さんを探してる間、瞬君を預かって欲しいと
言ってきたの」
「そうだったのか」
「で、わしらも言われた通り待ってたんじゃが、1時間ほどして歩美ちゃんのご両親から電話が来てな
。歩美ちゃんを見つけたんじゃが、大人では入れないような路地裏に入ったまま動こうとしない、と言
うんじゃ。これは、わしらも行って説得せんと、と思ったんじゃ」
「で?今までかかってたのか?」
「まさか。吉田さんはそれから30分くらいして出て来たわよ。博士に説得されてね」
「じゃ、なんで・・・」
「たまには、吉田さんもご両親を1人占めしたいのよ。だから・・・博士の車に3人を乗せて、ドライ
ブに行ったのよ。海に行って、動物園に行って、食事して・・・」
「その間、わしらは一言も俊君のことを話さなかったんじゃ。じゃが、そのうち歩美ちゃんの方から、
“瞬を迎えに行こう”、と言い出してな・・・」
「そうだったんですか・・・」
 博士たちの話に、蘭も腕の中で眠る瞬を見つめ、頷いた。
「歩美ちゃんが、そんなこと・・・」
「結局彼女は車の中で寝てしまったからそのまま自宅まで送ることにしたのよ。そしてわたしたちが瞬
君をまた彼らのところへ送り届けるってわけ」
「大変だったんですね」
 蘭の言葉に、志保はくすっと笑い、
「あなたたちほどじゃないけどね。どう、1日パパとママになった気分は?」
 と言ったので、2人の顔が見る間に赤く染まり―――
「ばっ、バーロ、そんなのんきなこと言ってる場合じゃなかったんだぞ!」
「あら、そう?新婚気分を味わえるかと思って、気を利かせたつもりだけど?」
「な・・・!おめえな―――」
「ま、まあまあ新一君。ご苦労じゃったのお。それじゃあご両親も心配してると思うから、瞬君は連れ
て行くぞ」
 博士の言葉に、蘭ははっとして抱いていた瞬を志保に渡した。
「―――バイバイ、瞬君」
 そう言った蘭の顔は、どことなく寂しそうだった。たった1日とはいえ、一生懸命世話をしていたの
だ。そのぬくもりが離れる瞬間、なんともいえない寂しさが蘭を襲った。
「今度、みんなで遊びに行きましょう。吉田さんも喜ぶわよ」
 志保が、めったに見せないような優しい表情で蘭に言った。
「そうですね」
 蘭は、にっこりと笑って言った。新一は、そんな蘭の肩をそっと抱いた。


「―――行っちゃったね・・・」
 博士の車が見えなくなると、2人は家の中に戻った。
「ああ。なんか、嵐が過ぎ去ったあとって感じだな」
 新一が言うと、蘭はくすくすと笑った。
「うん、ホント・・・。でも、楽しかった・・・」
「蘭・・・寂しいか?」
「ちょっと、ね。でも、大丈夫よ。またいつでも会いに行けるし・・・」
 そう言って笑おうとした蘭を、新一がいきなり抱きしめた。
「ちょ、ちょっと新一?」
 吃驚して離れようとする蘭を、新一はしっかりと抱きしめた。
「・・・つよがんなよ」
「・・・え・・・?」
「寂しいんだろう?ホントは、泣きたいほど・・・。俺の前では、無理すんなよ。俺には、蘭の考えて
ることなんてお見通しなんだからよ。無理して笑う必要、ねえよ。泣きたいときは、泣いちまえ」
「・・・もう、偉そうに・・・。でも、ありがと・・・」
 蘭は、そっと自分の腕を新一の背中に回すと、静かに泣き始めた。
 蘭の瞳から零れた涙が、新一の着ているシャツを濡らした。新一は、何も言わず、ただ黙って蘭の背
中をさすってやっていた。優しく、包み込むように・・・
 やがて、泣き止んだ蘭が照れくさそうに顔を上げた。
「ありがと、新一。もう大丈夫だよ」
 潤んだ瞳で新一を見上げて微笑む蘭。
 新一の胸が、どきんと音を立てる。
 ―――バーロ、俺が大丈夫じゃねえよ・・・。そんな顔、見せられたら・・・
「蘭・・・」
 新一は、右手を蘭の頬に添えた。
 一瞬吃驚したように目を見開いた蘭も、そのままそっと、瞳を閉じた。
 もう、瞬はいないいし、誰も邪魔する奴はいない・・・と思ったのが、大きな間違いだったのだ・・・。

『Purrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr・・・・・・・』

 突然鳴り響いた電話の音に、蘭が慌ててその身を離した。
 ―――ったくよ〜〜〜〜〜〜っ
 新一は、深いため息をつくと、どたどたと大股に電話まで歩いていき、受話器を上げた。
「はいっ」
『新一!!てめえいつまで蘭を連れこんでやがる!!とっとと帰しやがれ!!』
「お、おっちゃん・・・?」
「え、お父さん?あ、やば、もうこんな時間だっ、ご、ごめん新一、わたし帰るね」
「え、ちょ、待てよ、送ってくから!おっちゃ・・・おじさん、すいません、これから蘭を送っていき
ますから」
『さっさとしやがれ!良いか、蘭に変なことしやがったら承知しねえぞ!!』
 そう言って、思い切り電話を切る音が、新一の耳に響いた。
「ごめんね、新一」
 小五郎の声が聞こえたのか、蘭がすまなそうに言う。
「いや、良いけどよ・・・。じゃあ行くか」


 夜道を2人で歩きながら・・・新一はそっと蘭の横顔を盗み見た。
 
 ―――今度会う時は、ゼッテー邪魔されね―ようにしねえとな・・・

 そんなことを思いながら、密かに拳を握り締め、決意する新一だった・・・。




 ランキングのページで頂いたリクエストによる小説です。結構難しかったです。
経験者だけに、赤ちゃんのお世話というのが例え1日でもそんなに楽なものじゃないと知っているので
・・・。でもとりあえず、ちょっと無理やりっぽいですが(笑)終わりました♪
感想など頂けたらうれしいですv
 それでは♪