***2010 White day 〜総つく〜***



   「何が欲しい?」

 西門さんの言葉に、あたしはちょっと考えたけれど。
「―――別に、欲しいものなんてないよ」
 その言葉に、がっかりしたように息をつく西門さん。
「今日はホワイトデーだろ?今日くらい、何でもしてやるのに。たまにはわがまま言えよ」
「わがまま?」
「そ。俺はお前のわがままが聞きたい」
 そう言って笑う西門さんの笑顔が眩しくて、ドキドキしているのを悟られないように目をそらす。
「そ、そんなこと急に言われても、思いつかない。欲しいものなんて本当にないし―――」
「ふーん・・・・?んじゃ、今日は俺に付き合えよ」
「へ・・・・・?」


 連れて行かれたのは、海の傍の高級ホテルの最上階。

 全面ガラス張りの部屋から見える景色は、言葉をなくしてしまうくらいきれいで―――

 しばらくそれに見惚れていると、西門さんが後ろからあたしの腰に手を回してきた。
「―――いつまでもここに張り付いてないで、俺の方も見てくれよ、つくしちゃん」
 チュッと、髪にキス。
 思わず肩が震える。
「―――ワイン、運んでもらったんだけど。乾杯しない?」
「え―――」

 振り向けば、丸いテーブルの上には白ワインとチョコレートの盛り合わせ。
「いつの間に―――」
「お前が海に見惚れてる間に。―――おいで」
 西門さんに手をひかれ、テーブルの傍のソファーに身を沈める。

 慣れた手つきでグラスにワインを注ぎ、2人で乾杯。

 ちょっと辛口のそれは、甘いホワイトチョコレートとバランス良く口の中で溶けあい―――
「―――おいしい」
「だろ?きっと気に入ると思って―――取り寄せといたんだ」
「って―――じゃあ、最初からここに来る予定だったの?」
「当たり前だろ?もう1ヶ月も前から予約してるよ」
 にやりと笑う彼に、いつもながらやられた、とあたしは息をついた。
「お前が、欲しいものはないって言うのもわかってたし。どうすれば喜んでもらえるかって、これでも必死に考えたんだぜ」

 女の子の扱いには人一倍慣れてる西門さんがそんなことを言うのも不思議に思えたけれど。

 でも、それくらいあたしのことを思ってくれてるんだって思うとやっぱり嬉しくて。

 「ありがと。すごくうれしいよ」
 素直に言葉にすれば、ちょっと意外そうに目を瞬かせて。
「何よ、その顔」
「いや―――お前がそんなふうに素直だと、ちょっと調子狂うなと思って」
「たまには、あたしだって素直になるの。この部屋もすごく素敵だし―――ちょっと贅沢過ぎる気もするけど」
「ホワイトデーだからな」
「うん、だから―――今日は、素直に受け取っておこうって、思ったの」

 見上げれば、西門さんも嬉しそうにあたしを見つめていて。

 自然に重なる唇。

 ふわりとワインの香りがして。

 それから、チョコレートの甘い香りが―――

 ワインのグラスをテーブルに置き、何度も口づけを繰り返す。

 そのまま甘い雰囲気にのまれそうになった時―――

 「―――お前、こんなの持ってた?」
 西門さんの手があたしの髪をかきあげて。
 耳に揺れるピアスに気付き、いぶかしげな顔をする。

 プラチナ台に小さなローズクオーツが乗ったピアス。

 シンプルだけど女の子らしくてかわいいそれは―――

 「あ、これは花沢類から、ホワイトデーだからって今朝―――」

 言ってしまってから、しまったと思った。
 途端に、不機嫌に歪んでいく西門さんの顔。
「―――へーえ、俺と会うのに、類からもらったピアスつけてきたんだ?」
「だ、だって、類の前でつけて見せて―――そのままつけっぱなしになってたの、忘れてて・・・・・」
「類と会ったことも忘れてた?俺、初めて聞いたぞ、今朝類が来たなんて」
「それは―――聞かれなかったし―――」
「聞かれなきゃ言わないわけ?じゃ、他に何言ってないことがある?」
 いつの間にか、あたしの腰を抱く西門さんの手に力が込められていて。
「な、何も―――忘れてたわけじゃないけど、わざわざ言わなくてもいいかなって―――」
「―――俺に、隠そうと思った?後ろめたいから?」
「違うってば。だって―――」
「だって?」
「西門さんに―――そんな顔してほしくなかったから」
 その言葉に、西門さんが目を見開いた。
「ピアス、外し忘れたのは本当。着ていく洋服、ぎりぎりまで迷ってて、約束の時間に遅れそうで―――ピアスのことすっかり忘れてた。今日は―――ずっと、西門さんの笑顔が見ていたかったの」
「牧野―――」
「ホワイトデーだから・・・・・一緒にいられれば何もいらないけど、その笑顔だけ。西門さんの笑顔だけは見たくて。だから―――後ろめたいことなんてないけど、類のことは言わないでおこうって思ったの」

 困ったような、なんとも言えないような顔をして。

 西門さんは小さく息をつくと、再びあたしを抱きしめた。

 「―――ずるいよな、お前は」
「なんで」
「俺がお前にベタ惚れだって知ってて、そういうこと言うなよ。もう、怒る気もなくなった」
「ホント・・・・・?」
「ほんと。その代わり、今日は絶対離さないから―――覚悟しとけよ」

 わざと耳元で囁かれる言葉に、胸が熱くなる。

 「もう、あたしのが離れらんないから」
「―――も、限界。俺今、全く余裕ないからな」
 言い終わるより早く、唇を塞がれて。

 長く、熱いキスがあたしの心までも溶かしていくようで。

 そのまま2人、ソファーに身を沈め―――

 ようやくその腕から解放されたころ・・・・・

 あたしの耳についてたはずのピアスは、西門さんの手で外されていた・・・・・・。


                              fin.







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