「―――行くよ?牧野」
「ちょ―――、待って、花沢類、あ―――」
「出発♪」
「ぎゃあ―――!」
いつもながらの急発進、急加速―――。
大学のキャンパスを出た途端類の車に乗せられたあたし。
―――まだ死にたくなーい!
生きた心地のしないまま、ぎゅっと目を瞑っている間についたのは―――
「牧野、いつまで目え瞑ってんの」
類の呆れた声に目を開く。
「ここ―――」
見渡す限りピンクと白の花の絨毯が広がっていた・・・・・。
「きれー・・・・・」
「だろ?牧野ならきっと喜んでくれると思って」
「すごいね。でも、何で急に?」
「だって今日はホワイトデーだろ?バレンタインのお返し」
「あ―――そっか」
そんなことすっかり忘れていた。
「―――ここまでくれば、あいつらにも邪魔されないし」
「え?」
気づけば、類がにっこりと笑い、あたしを見つめていた。
薄茶色のビー玉のようなっ瞳に見つめられて、あたしはドキドキする。
「牧野と、2人きりになりたかったんだ」
きゅっと、手を握られる。
それだけで、なんだかすごく緊張してしまう。
「あの、類―――」
「バレンタインデーのチョコレート・・・・・。すごくうれしかったけど・・・・・・」
「けど・・・・・?」
「ちょっと、不満」
切なげに揺れる瞳が、あたしを捕える。
「不満って―――おいしくなかった?」
手作りのチョコレート。
結構頑張って作ったんだけどな。
「味のことじゃないよ」
「じゃあ・・・・・」
「総二郎やあきらにも、同じものあげてたでしょ」
「それは、だって」
パパや進にも、同じチョコレートを渡した。
だって、バレンタインデーだし。
「それが不満。牧野からもらったって、総二郎もあきらも嬉しそうにしてて―――なんか、悔しかった」
そう言って、ちょっと顔を顰める類。
「俺だけが、特別ってわけじゃないんだって思ったら、悔しかった」
どきんと、胸が鳴る。
―――特別?
だって、そんなの―――
「俺にとって、牧野は特別だよ。でも―――牧野はそうじゃない?」
きゅっと、あたしの手を握る手に力がこもる。
「あたし―――」
「総二郎もあきらも、おんなじ?一緒にいるのが俺じゃなくても良かった?」
まっすぐに見つめてくる瞳から、逃れられない。
心の奥まで、見透かされてしまいそうで―――。
「俺は―――ずっと牧野と一緒にいたいって思うけど―――牧野は、そうじゃなかった?」
「あたし―――だって、あたしが、そんな風に思ってもいいの?」
あたしの言葉に、類の目が瞬く。
「なんで?いけないの?」
「だって―――類の傍にいるのが―――ずっと一緒にいるのが―――あたしで、いいの?」
「牧野が、いいんだよ」
そう言って、にっこりと微笑む。
「これから先もずっと、俺の隣には牧野がいてほしい。1年後も10年後もずっと―――こうして一緒にいてほしい」
涙が、溢れ出す。
いつでも、あたしの隣にいてくれる人。
だけど、それには限りがあるって思ってた。
不意に、唇が重なる。
キスしたことに気付くのに、数秒かかった。
「―――る、類!」
「ホワイトデーだから」
にやりと笑う類を、睨みあげる。
「意味わかんない」
「―――他の奴にはさせちゃダメ。俺だけ」
頬を包む、類の掌が冷たくて心地よかった。
「俺にだけ―――キス、させて」
言葉にならなくて。
あたしはただ、頷いた。
頬を伝う涙を、類の唇が掬う。
「―――好きだよ、牧野」
風のように、類の声が耳元を掠めていく。
そしてまた、唇が重なって―――。
「好きだよ―――類が・・・・・」
素直な気持ちが、口から零れる。
「大好き―――」
目を開ければ、そこには嬉しそうに微笑む類がいて。
咲き乱れる花をバックに、花よりもきれいだなんて、ちょっと憎たらしいけど。
でもきっと来年も、そして10年後も。
この人の傍にいたいって、そう思える人だから―――
「ずっとそばにいて・・・・・」
何度でも、キスをしよう。
2人だけの、特別なキスを―――
fin.
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