「―――何これ」
目覚めると、部屋の中は真っ白な花で埋め尽くされていた。
花といっても種類はいろいろで。
ユリやバラ、カスミソウに―――後はなんだろう?名前も知らないような花がたくさん。
ベッドに置きあがった姿勢のまま、しばらく花のむせかえるような匂いにかたまっていた。
そのうちに、部屋の扉が静かに開かれる。
「よお、起きた?」
入って来たのはあきらだ。
「あきら―――これ、何?」
「何って、花だろ?つくし、そんなこともわからなくなったか?」
キョトンとした表情の彼に、あたしはむっと顔を顰めた。
「それはわかってるの!じゃなくて、なんで寝室がこんなことになってるのかって聞いてるんだけど」
あたしの言葉に、あきらはくすりと笑った。
「だって、今日はホワイトデーだろ?」
「ホワイトデー・・・・そうだったっけ」
すっかり忘れてた。
大学を卒業して、すぐにあきらと結婚して。
あきらの秘書になって忙しく世界中を飛び回りながらも、愛する人の傍にいられる幸せな日々。
バレンタインデーには、確かお義母さまに教わってチョコレートケーキを焼いたんだっけ。
ちょっと失敗してしまったそれを、あきらはおいしそうに食べてくれて。
そして、チョコレートと同じちょっとほろ苦いキスの味。
特別な1日はあっという間に過ぎてしまったけれど―――
ホワイトデーの存在なんて、忘れてた。
「つくしらしいっちゃあらしいけど。これはちょっと予定外―――っつうか、白い花ってオーダーしたら、山ほど送ってきやがって」
「―――すごいね」
「でもせっかくだから、部屋中埋め尽くしてやろうかと思って」
にやりと、まるでいたずらが成功した子供のように笑うあきら。
普段大人な彼が、たまにこんなことをするのはちょっとかわいくて。
そんな一面をあたしに見せてくれるのも嬉しくて。
「―――すごい素敵。びっくりしたけど―――いい匂いだね、すごく」
「だろ?けど―――問題が1つあるんだよなあ」
「何?」
「お前のところまで―――どうやって行ったらいい?」
そう。
部屋いっぱいに敷く詰められた花は部屋の入り口とベッドの間にも隙間なく敷き詰められていて。
そこを歩こうとすれば、当然花を潰してしまうことになる。
「―――あのさ、それよりあたしは、どうやって部屋から出ればいいの?」
「だよなあ」
「―――って、あきら!」
「まあ、待てって」
あきらはその場にしゃがみ込むと、足元にあったバラの花を手に持った。
そして、その前にあったカスミソウの花束も手に。
そうして次々と花を手に取っていき―――
「お待たせ」
あたしの元へ来るころには、抱えきれないほどの白い花束をその腕に抱えていた。
「―――なんか、似合いすぎ」
白い花束を抱えたあきらはまるで王子様のようで。
まだパジャマ姿だったあたしは気恥ずかしさにシーツを引っ張り上げた。
くすくす笑いながら、花束をベッドの上に放り、あたしの隣に潜り込んでくるあきら。
「せっかく迎えに来たのに、お姫様はまだパジャマ姿、か?」
「意地悪」
「そうか?せっかくだから―――今日はずっとこのまま2人で過ごそうか」
優しく髪を撫でる手に、ドキドキする。
その甘い笑顔に、いつまでもときめくあたしがいる。
「じゃあ―――今日だけは、あたしが1人占めしていい?」
「もちろん―――今日だけじゃなくって、俺はいつでもお前だけのものだよ」
花よりも甘く優しいキスが落ちてくる。
大好きな旦那さまと2人で過ごすホワイトデー。
あたしだけの王子様に。
もう一度、甘いキスを送って―――
fin.
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