***2010 Valentine 〜つかつく〜***



 「何これ」

 道明寺邸の前で、あたしは思わず固まってしまった。

 道明寺が久しぶりに帰ってくると知ったのは、TVの報道だった。

 『あの時点ではまだ確定じゃなかったんだよ。期待させるようなこと言わねえほうがいいと思ってよ』

 なんて言っていたけれど。

 きっとあたしを驚かせたかったんだろうなって、ちょっとくすぐったい気持ちにもなったのに。

 今日は2月14日。

 バレンタインデーだからということもあって、道明寺邸の前にはマスコミに混ざって若い女の子たちが大勢集まっていたのだ。

 「どうすんのよこれ。近づけやしない・・・・・」
 そう1人呟いた時。
「つくし!こっちだよ!」
 その声とともにグイっと腕を引っ張られ―――

 「先輩!」
 あたしの腕を取りずんずんと力強く歩いているのはたま先輩だった。
「こんなとこで何ぼーっと突っ立ってんだい!司坊ちゃんがお待ちかねだよ!」
 振り向き様に、にやりと笑う。
 そんなたま先輩が、まるで勇者のように頼もしく見えてしまった・・・・・。


 「よお」
 道明寺の部屋に入ると、うんざりしたような表情でソファーに横になってる奴がいた。
「ったく、騒がしくてかなわねえ、あいつら。人んちの前陣取りやがって」
「―――ずっとああなの?」
「ああ。悪かったな、迎えに行けなくて。帰ってきたらすぐに行こうと思ってたんだけどよ・・・・」
「そんなの、いいけど。なんか疲れてるみたいだし。ちゃんと休んでるの?」
 なんとなく、顔色が悪く見えるのが気になった。
 無理してるんじゃないだろうか。
「ちょっとした時差ボケだよ。こんなもんなんでもねえ。それより、どっか行こうぜ。ここでぼーっとしててもつまんねえだろ」
「行くってどこに?」
 どこに行ったって、注目を集めてしまうのは目に見えてる。
 たとえ変装してたって、道明寺が目立ってしまうのはいつものことで―――。
「だってお前、せっかく久しぶりに会えたってのにずっとこんなとこにいたって―――」

 そう言った時だった。

 ソファーから立ちあがった道明寺の体が、ゆらりと揺れた。

 「―――!道明寺!」
 慌ててその体を支えようと道明寺に駆け寄る。
「―――大丈夫だ、わりい」
 でもその顔色は青白くて。
 とても大丈夫そうには見えなかった。
「大丈夫なわけないでしょ!いいからあんたはそこに寝て!あたしは何か飲み物でも―――」
 そう言って道明寺をソファーに押し付け、そのまま行こうとしたけれど。

 そんなあたしの腕を、道明寺がぐっと掴んだ。

 「―――行くな」
 まっすぐにあたしを見つめる瞳が切なげで。
 あたしは思わずその動きを止めた。
「少し、疲れてるだけだ。寝てりゃあ治る」
「でも―――」
「いいから。頼むから―――そばにいてくれ」
「道明寺―――」

 握られた手に、力がこもる。

 「――らしくないこと、言わないでよ」
 あたしはソファーの横に座り、道明寺の顔を覗き込んだ。
「いつも憎たらしいことばっかり言ってるくせに―――調子狂うじゃん」
「そう言うな。ここんとこ忙しくて―――寝不足だったんだ」
「無理しないで、向こうにいた方が良かったんじゃないの?」
 あたしの言葉に、道明寺はなぜかちょっと頬を染め、拗ねたようにあたしを見た。
「―――そんなことしたら、また類のやつに先越されるからな」
「花沢類?先越されるって、何が?」
 意味が解らなくて首を傾げると、ばつが悪そうに眼をそらす道明寺。
「ちょっと―――」
「今日、バレンタインデーだろうが」
「―――そうだけど」
「類にも―――やるんじゃねえのか、友チョコ、とか言うの」

 ―――そんな事、考えてたの?

 だから、疲れてるのに無理して帰国して―――

 呆れて、言葉も出ない。

 だけど、あたしの胸にはジワリと嬉しい気持ちが広がってきて。

 あたしは、道明寺のその強いくせ毛に手を伸ばし、ぎゅっと引っ張った。
「いてっ!てめ、なにす―――」

 振り向いた瞬間に、唇を重ねる。

 驚いて、目を見開く道明寺。

 すぐに唇を離したあたしの顔は、きっと真っ赤だと思う。

 「友チョコには、感謝の気持ちがこもってるの。いつもありがとうって・・・・・。でも、あんたには感謝なんかしてないんだから」
 その言葉に、道明寺がむっと顰める。
「けど―――これをあげるのはあんたにだけ」
 そう言ってあたしは自分のバッグから、銀色の包装紙に包まれたチョコレートを出した。

 昨日、優紀からレシピを教わりながら作ったフォンダンショコラ。

 たくさんの失敗作は家族に残してきた。

 これは、世界に1つ。

 あたしの愛情がこもってるんだから―――

 「心配しなくたって―――これをあげるのは、あんただけだよ」

 その言葉に道明寺は恥ずかしそうに咳払いして。

 でもそれを受け取ると、嬉しそうに、まるで子供のように笑った。

 「しょうがねえから、受け取ってやるよ」

 憎たらしいんだから。

 でも―――

 「―――愛してる」

 その言葉と、やさしいキスに免じて―――

 許してあげる。





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