「アメリカでは、男から女の人にバラの花をプレゼントするんだって」
そう言って類は、1本の真っ赤なバラをあたしに差し出した。
「うわ、きれい・・・・・。いいの?あたしがもらって」
その言葉に、類がおかしそうに笑う。
「牧野以外の女には渡さないよ」
そんなことをサラっと言われると、何も言えなくなってしまうあたし。
今日はバレンタインデーだから。
いつもは1人日向ぼっこしている類のところへも女の子がひっきりなしにやってくる。
だけど類はそんなのお構いなしにあたしにバラを差しだしたりするから、恥ずかしいやらくすぐったいやら―――。
嬉しいのに、素直になれないあたしがいた。
「あ―――えと、これ・・・・・」
照れ隠しに、というわけでもないのだけれど、あたしは自分のバッグの中から小さな箱を取り出し、類に差し出した。
「何?」
不思議そうに首を傾げる類。
「チョコレートケーキ、作ったの。時間なかったし、凝ったことはできないからものすごくシンプルだけど」
「牧野の手作り?へえ」
意外そうな顔をして、類が箱を開ける。
10cm四方の小さな箱から出てきたのは、小さなハート型のチョコレートケーキ。
一応ホワイトチョコで「Rui」の文字を書いてみたけれど。
本当にシンプルで、何の飾りもないケーキ。
今まで類がもらった高級なチョコレートとは比べ物にならないけれど。
でも、気持ちだけは誰にも負けてない。
なんて、密かに思ってた・・・・・。
「すごい。綴り合ってる」
くすりとおかしそうに笑う類。
「ちょっと、どういう意味」
「冗談だよ。ありがとう、嬉しい」
「うん・・・・・」
ちょっと恥ずかしくなって目をそらす。
これだけでもドキドキしたのに。
類が、とんでもないことを言い出す。
「これだけ?」
その言葉に、あたしは目を見開いた。
「は?」
「チョコレートケーキだけ?彼女なのに」
「へ・・・・・」
「確か、あきらと総二郎にもあげてたよね、チョコレート」
「あれは―――!類の作るときに、余った生地で作っただけで・・・・・」
「でも、俺とおんなじだよね」
にっこりといつもの笑み。
でも、その笑顔が何気に怖いのは気のせいだろうか。
「―――おれだけ特別っていう感じ、しないんだけど」
そう言って伸びてきた手が、あたしの手を掴む。
まるで逃がさないとでも言うように。
「えっと・・・・・どうすれば・・・・・?」
「俺だけ特別、っていうのが欲しい」
「欲しいって、でも、あたしなにも―――」
「別に、モノじゃなくてもいい」
「え・・・・・」
じっとあたしを見つめる瞳は、どこか熱っぽくて。
あたしの心臓はドキドキと早鐘を打ち始める。
「―――たまには、牧野から、っていうのもありじゃない?」
そうして間近に迫る類のきれいな顔。
「―――ち、近いよ」
「うん」
その声は優しいのに、あたしの手を掴む力は一向に弱くならなくて。
「―――あんまり待たされると、俺も我慢できなくなるよ」
耳元で囁かれた言葉は、少しかすれていて艶っぽい。
頭がくらくらして、どうにかなってしまいそうだった。
でも。
今日はバレンタインデーだから・・・・・。
やっぱり、特別な人に、特別な思いを伝えたい―――。
あたしは思いきって顔をあげ―――
類と目が合う前に、チュッと、その唇にキスをした―――。
そしてすぐに離れようとしたのに―――
いつの間にかあたしの体はぎゅっと類に抱きしめられていて。
甘くて熱いキスを、与えられていた―――。
「―――特別は、やっぱりこのくらいじゃないと」
あたしの瞳を覗き込む類の笑顔に、あたしは沸騰寸前で。
「だって―――」
「でも、いいや。今のも―――十分特別。だって、チョコレートよりも甘かったからね、牧野の唇」
そう言って嬉しそうに笑う類に。
悔しくて。
でも愛しくて。
もう一度、甘い甘いキスを送った・・・・・。
fin.
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