***2009 Valentine Special 類編***



いるかな?
 
 いつもの非常階段を覗く。

 さらさらの透き通るような薄茶の髪が目に入る。
 閉じられた瞳。
 長い睫がかすかに揺れていた。

 あたしはちょっとほっとして、静かに類に近づいた。

 傍に座り、ちょっと躊躇する。

 気持ち良さそうに寝てるし・・・・・
 起こすのは悪いよね。

 そう思って、持ってきたものを類の足元に置くと、その場を後にしようと立ち上がりかけたが・・・・・

 「置き逃げ?」
 その声に驚いて類を見る。
 その瞳はしっかりと開いていて。
「起きてたの?」
「起こされた。何?これ」
 そう言って、足元に置かれたものに手を伸ばす。
 茶色い包装紙できれいにラッピングされたそれを、目の前に掲げ、首を傾げる。

 気恥ずかしい気持ちが体を駆け巡り、うまくその顔が見れない。
 でも、じっと見つめられているのがわかるから、答えないわけにもいかない。
「・・・・・チョコレート」
 仕方なく、目を逸らしたまま答える。
 その言葉に、類の瞳が瞬く。
「チョコレート?俺に?何で?」
「何でって・・・・・」
 その言葉にがっくりする。
「バレンタインだからに決まってるでしょ!そりゃ・・・・・類のことだから、きっともうたくさんもらってるだろうけど・・・・・」
「バレンタイン・・・・・そっか・・・・・全然気にしてなかったから、忘れてた」
「って・・・・・もらってないの?女の子から、チョコレート」
「うん。おれ、朝からずっとここにいたし」
 その言葉に、あたしは呆れてため息をついた。
 ある意味、類らしいとも思ったけれど・・・・・
「・・・・・で、チョコレート、俺に?」
 そう言ってまた見つめられ、あたしははっとして目を逸らす。
「そ、そう言ってるじゃない。甘いものは苦手って言ってたけど、こういうときくらい、受け取ってよね。それでもあたし・・・・・」
「いらない」
 言いかけた言葉を遮り告げられた言葉は、とても冷たくて。
 あたしは、声を出すことも出来なかった。
「・・・・・他のやつと、同じものなんて欲しくない。総二郎やあきらにも、あげてるんでしょ」
「・・・・・・え?」
「義理チョコなんて、らしくないよ。変な気、使わないで。司とのこと・・・・・別れて落ち込んでた牧野を励ますのなんて、友達として当たり前でしょ」
 その言葉に、あたしの心はずきんと音を立てて痛み・・・・・
 気付かないうちに、涙が零れていた。
「・・・・・・して、そんなふうに言うの・・・・・・」
「牧野?何で泣いて・・・・・・」
「あたしは・・・・・類が、好きなのに・・・・・・」
「・・・・・え?」
 類が、目を見開く。
「義理チョコじゃないよ。西門さんや美作さんにもあげてない。類だけだよ。もう・・・・・道明寺のことも考えてない。ただ・・・・・類のことだけ考えて、作ったのに・・・・・類にとって、あたしは単なる友達なんだ・・・・・」
 悲しくて、悲しくて・・・・・・
 涙が、止まらなかった。
 こんなこと言ったら、きっと類が困る。
 ダメだ、こんなの・・・・・
「ごめん、あたし、もう行く。今言ったこと、忘れて」
 そう言って、類の手にあったチョコレートの入った箱を取ると、そのまま立ち上がり、非常階段を駆け下りた。

 ―――馬鹿みたい。あたし・・・・・類なら受け取ってくれるって、どこかで自惚れてたんだ・・・・・。

 恥ずかしくて、情けなくて・・・・・
 溢れ出る涙で、前が良く見えなかった。
 
 「あっ」
 階段を踏み外し、体が宙に浮く。
 そのまま落ちる―――と、思ったとき。

 あたしの体は、後ろから抱きしめられていた。
「る・・・・い・・・・・?」
「・・・・・危ないよ」
 優しい声が、耳元に響く。
 あたしはカッとしてその腕を振りほどこうとしたけれど、なぜか類は離してくれない。
「離してよ。もう、大丈夫だから。こんなこと、しないで」
「・・・・・嫌だ。俺のもの、返してもらってないし」
「俺のもの・・・・・?」
「その、チョコレート・・・・・俺にくれたんじゃないの?」
「これは・・・・・だって、いらないんでしょ?そう言ったじゃない!」
「うそ」
「うそ・・・・・?」
 思わず、類の顔を振り返る。
 すぐ間近に、類の優しい笑顔。
 どきんと胸が鳴る。
「・・・・・義理チョコだって、思ったから・・・・・牧野が、俺のこと思ってくれてるって知らなかったから・・・・・・他のやつと同じものなんて欲しくない。そう言ったでしょ?」
「言った・・・・・・けど・・・・・」
「だから・・・・・俺にだけ、くれるものなら、欲しい」
「だって・・・・・友達なんでしょ?あたしは・・・・・単なる友達なら、こんなのもらったって・・・・・」
 言いながら、また涙が出てくる。
 そのとき・・・・・
 類の顔が近づいてきて、優しくあたしの唇を塞いだ。
 触れるだけの優しいキス。
 そっと唇を離すと、その薄茶色のビー玉のような瞳で、あたしを見つめた。
「・・・・・好きだよ。ずっと、牧野が好きだった」
「うそ・・・・・」
「嘘じゃない。ずっと好きで・・・・・でも、牧野にとって俺はずっと友達のままだと思ってたから。だから・・・・・もう、自分の気持ちは言っちゃいけないって思ってた。牧野を苦しめるだけだと思ってたから。だけど・・・・・もう、言っても良いよね?」
 そう言って、優しく微笑む。
「類・・・・・」
「好きだよ、牧野・・・・・。ずっと、これからも・・・・・・」
「あたしも・・・・・好き」
「・・・・・チョコレート、俺にだけ・・・・・?」
「うん。類だけ。類だけが・・・・・好きなの・・・・・」

 類の唇が、またあたしの唇に重なり・・・・・・
 今度は、もっと深く、長く・・・・・
 お互いの思いを伝え合うように・・・・・
 
 耳元で囁かれる甘い言葉を聞いて、あたしは蕩けそうになる・・・・・。

 「このまま2人で溶けても良いって思えるくらい・・・・・・愛してる・・・・・」



                                fin.









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