いるかな? いつもの非常階段を覗く。
さらさらの透き通るような薄茶の髪が目に入る。 閉じられた瞳。 長い睫がかすかに揺れていた。
あたしはちょっとほっとして、静かに類に近づいた。
傍に座り、ちょっと躊躇する。
気持ち良さそうに寝てるし・・・・・ 起こすのは悪いよね。
そう思って、持ってきたものを類の足元に置くと、その場を後にしようと立ち上がりかけたが・・・・・
「置き逃げ?」 その声に驚いて類を見る。 その瞳はしっかりと開いていて。 「起きてたの?」 「起こされた。何?これ」 そう言って、足元に置かれたものに手を伸ばす。 茶色い包装紙できれいにラッピングされたそれを、目の前に掲げ、首を傾げる。
気恥ずかしい気持ちが体を駆け巡り、うまくその顔が見れない。 でも、じっと見つめられているのがわかるから、答えないわけにもいかない。 「・・・・・チョコレート」 仕方なく、目を逸らしたまま答える。 その言葉に、類の瞳が瞬く。 「チョコレート?俺に?何で?」 「何でって・・・・・」 その言葉にがっくりする。 「バレンタインだからに決まってるでしょ!そりゃ・・・・・類のことだから、きっともうたくさんもらってるだろうけど・・・・・」 「バレンタイン・・・・・そっか・・・・・全然気にしてなかったから、忘れてた」 「って・・・・・もらってないの?女の子から、チョコレート」 「うん。おれ、朝からずっとここにいたし」 その言葉に、あたしは呆れてため息をついた。 ある意味、類らしいとも思ったけれど・・・・・ 「・・・・・で、チョコレート、俺に?」 そう言ってまた見つめられ、あたしははっとして目を逸らす。 「そ、そう言ってるじゃない。甘いものは苦手って言ってたけど、こういうときくらい、受け取ってよね。それでもあたし・・・・・」 「いらない」 言いかけた言葉を遮り告げられた言葉は、とても冷たくて。 あたしは、声を出すことも出来なかった。 「・・・・・他のやつと、同じものなんて欲しくない。総二郎やあきらにも、あげてるんでしょ」 「・・・・・・え?」 「義理チョコなんて、らしくないよ。変な気、使わないで。司とのこと・・・・・別れて落ち込んでた牧野を励ますのなんて、友達として当たり前でしょ」 その言葉に、あたしの心はずきんと音を立てて痛み・・・・・ 気付かないうちに、涙が零れていた。 「・・・・・・して、そんなふうに言うの・・・・・・」 「牧野?何で泣いて・・・・・・」 「あたしは・・・・・類が、好きなのに・・・・・・」 「・・・・・え?」 類が、目を見開く。 「義理チョコじゃないよ。西門さんや美作さんにもあげてない。類だけだよ。もう・・・・・道明寺のことも考えてない。ただ・・・・・類のことだけ考えて、作ったのに・・・・・類にとって、あたしは単なる友達なんだ・・・・・」 悲しくて、悲しくて・・・・・・ 涙が、止まらなかった。 こんなこと言ったら、きっと類が困る。 ダメだ、こんなの・・・・・ 「ごめん、あたし、もう行く。今言ったこと、忘れて」 そう言って、類の手にあったチョコレートの入った箱を取ると、そのまま立ち上がり、非常階段を駆け下りた。
―――馬鹿みたい。あたし・・・・・類なら受け取ってくれるって、どこかで自惚れてたんだ・・・・・。
恥ずかしくて、情けなくて・・・・・ 溢れ出る涙で、前が良く見えなかった。 「あっ」 階段を踏み外し、体が宙に浮く。 そのまま落ちる―――と、思ったとき。
あたしの体は、後ろから抱きしめられていた。 「る・・・・い・・・・・?」 「・・・・・危ないよ」 優しい声が、耳元に響く。 あたしはカッとしてその腕を振りほどこうとしたけれど、なぜか類は離してくれない。 「離してよ。もう、大丈夫だから。こんなこと、しないで」 「・・・・・嫌だ。俺のもの、返してもらってないし」 「俺のもの・・・・・?」 「その、チョコレート・・・・・俺にくれたんじゃないの?」 「これは・・・・・だって、いらないんでしょ?そう言ったじゃない!」 「うそ」 「うそ・・・・・?」 思わず、類の顔を振り返る。 すぐ間近に、類の優しい笑顔。 どきんと胸が鳴る。 「・・・・・義理チョコだって、思ったから・・・・・牧野が、俺のこと思ってくれてるって知らなかったから・・・・・・他のやつと同じものなんて欲しくない。そう言ったでしょ?」 「言った・・・・・・けど・・・・・」 「だから・・・・・俺にだけ、くれるものなら、欲しい」 「だって・・・・・友達なんでしょ?あたしは・・・・・単なる友達なら、こんなのもらったって・・・・・」 言いながら、また涙が出てくる。 そのとき・・・・・ 類の顔が近づいてきて、優しくあたしの唇を塞いだ。 触れるだけの優しいキス。 そっと唇を離すと、その薄茶色のビー玉のような瞳で、あたしを見つめた。 「・・・・・好きだよ。ずっと、牧野が好きだった」 「うそ・・・・・」 「嘘じゃない。ずっと好きで・・・・・でも、牧野にとって俺はずっと友達のままだと思ってたから。だから・・・・・もう、自分の気持ちは言っちゃいけないって思ってた。牧野を苦しめるだけだと思ってたから。だけど・・・・・もう、言っても良いよね?」 そう言って、優しく微笑む。 「類・・・・・」 「好きだよ、牧野・・・・・。ずっと、これからも・・・・・・」 「あたしも・・・・・好き」 「・・・・・チョコレート、俺にだけ・・・・・?」 「うん。類だけ。類だけが・・・・・好きなの・・・・・」
類の唇が、またあたしの唇に重なり・・・・・・ 今度は、もっと深く、長く・・・・・ お互いの思いを伝え合うように・・・・・ 耳元で囁かれる甘い言葉を聞いて、あたしは蕩けそうになる・・・・・。
「このまま2人で溶けても良いって思えるくらい・・・・・・愛してる・・・・・」
fin.
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