夏の恋人



 「今日も来てたなあ、彼女v」
「ああ、あの髪の長いかわいい子vvここのところ、毎日だよなあ。どこから来てんだろなあ」
 ここはとある海の家。夕方になり、店じまいを始めたアルバイトの男子学生が、ある話題で盛り上が
っていた。
「なあ、快斗知ってるか?」
 話題をふられた快斗はちらりとそちらに目を向けたが、すぐに目をそらし、「さあ・・・」と肩を竦
めた。
「なあ、今度誰か話し掛けてみろよ」
「いいね。俺、やろうかなあ」
「・・・お先ィ」
 快斗は、まだ盛り上がってる仲間たちを尻目に、早々にバイトを切り上げ店を出た。
 暫く歩いてからちらりと周りを見回し、誰もいないことを確認すると突然走りだし、近くの林の中へ
と身を躍らせた・・・。


「蘭ちゃん!!」
 艶やかな長い黒髪を見つけ、快斗はそう呼びかけた。その声に気付いて、ぱっとこちらを振り返る少
女。
「快斗くん!」
 快斗を見つけ、ふわりと微笑む蘭。その笑顔があまりにも綺麗で、思わず快斗は立ち止まってしまっ
た。
「?どうしたの?」
 不思議そうに首を傾げる蘭に、快斗は慌てて
「や、何でもねえよ」
 と言って、再び歩を進め、蘭の隣に並んだ。
「ごめん、待たせて」
「ううん。夕日が綺麗だったから・・・。海って、ずっと見てても飽きないよね。待ってる時間なんて
、すぐに過ぎちゃう」
 そう言って海に視線を移した蘭の横顔がまた綺麗で、快斗はまたもや見惚れてしまっていた・・・


 蘭は、夏休みに入ってから、同じ学校に通う親友の鈴木園子と一緒に、この海に来ていた。鈴木家の
所有する別荘がこの海にあったからだ。
普段、園子と蘭は、鈴木家のプライベートビーチで泳いでいる。だが、人のいないビーチは寂しいのか
時々2人で快斗のバイトしている海の家があるビーチへ来ては、焼きとうもろこしやかき氷などを買っ
て食べて行っていた。
 そこで蘭と出会った快斗。
 すぐに気付いた。
 ―――あれは、探偵君の・・・
 蘭の、寂しそうな様子が気になった。
 そして、こっそり園子の別荘まで行き、蘭が1人きりでいるところへ現れた。
「探偵君は、一緒じゃないのかい?」
「あなたは・・・」
 蘭は、すぐに快斗がキッドだということに気付いたようだった。
「なんか、見たことあるような気がしてたの・・・」
 そして、まるで久しぶりに会う友人を見るような瞳で、快斗を見つめた・・・。


「コナンくんね、外国の両親のところへ行っちゃったの・・・。もう、2度と会えないかも・・・」
 寂しそうな笑顔でそう言った蘭を、快斗は知らず抱きしめていた。
「・・・泣きたいときは、泣けよ・・・」
 最初驚いて離れようとしていた蘭も、快斗の優しい声に動きを止め、やがて声を押し殺して泣き出し
たのだった・・・。


 それから1週間、快斗は毎日のように蘭に会いに行くようになった。
 蘭も、時間になると外へ出て快斗を待っていてくれるようになった。
 そうして2人の距離は、急速に近付いていったのだった・・・。


「蘭ちゃんが来るとさあ、バイトの連中の顔色が変わるんだよなあ」
「え?どうして??」
 きょとんとした表情で首を傾げる蘭。そんな表情もかわいいのだが・・・
「どうしてって・・・蘭ちゃんがかわいいからだろ?」
「え―?そんなことないよォ」
 真っ赤になって否定する蘭は、どう見ても真面目だ。
 ―――分かってないよなあ・・・。
 この分じゃあ、快斗の想いにも気付いていないだろうと思いながら、切なげな視線を送る。
「・・・で、蘭ちゃんの待ってる探偵君はどうしてるの?」
「え?」
「小さい方じゃなくって、蘭ちゃんがずっと待ってるヤツ。そろそろ、帰ってくるんじゃないの?」
「・・・さあ、どうかな・・・。全然、連絡ないし・・・」
 ふと寂しげに俯く蘭。その表情に快斗の胸がちくりと痛む。
「・・・けど、待ってるんだろ?」
 その問いには答えず、蘭は寂しそうに微笑むと空に瞬き始めた星を見つめた。
「・・・蘭ちゃん・・・?」
「・・・わかんない・・・」
「え?」
「わかんないの・・・」
 そう呟いた蘭の瞳から、涙が一滴、零れ落ちた。
 それを見た途端、快斗は蘭の体を抱きしめていた。
「快斗くん・・・?」
「好きだ・・・」
「え・・・」
「蘭ちゃんが、好きだ・・・」
 蘭が、驚いて快斗の顔を見上げる。
 そして、蘭が何か言おうとする前に、その唇を快斗のそれが塞いだ。
「・・・!!」
 突然のことに、蘭の動きは止まり、意識がついてこない。
 何が起こったのか、理解することが出来ない。

 長く、熱い口づけに、蘭の体からは力が抜けていく。
 体が熱く、頭の芯がとろけるような感覚・・・。
  
 いつしか、蘭はその熱い波に飲み込まれ、快斗に体を預けていったのだった・・・。


 
 今日は花火大会だ。
 快斗のバイトしている海の家のアルバイトたちが園子を誘い、快斗たちと一緒に花火を見に行くこと
になった。蘭と快斗が知り合いだということは、誰も知らない。
 なんとなく、後ろめたい思いで蘭はでかけたが・・・

「蘭ちゃんvこっちの方が良く見えるよ」
「いや、こっちだってvv」
「こっちこっち!!」
 いきなり男の子達に囲まれ、戸惑う蘭。ちらりと快斗に視線を向けてみるが、快斗は蘭のほうを見よ
うともしない。
 ―――快斗くん・・・?
 快斗の表情が気になり、そちらの方に向こうとした時―――

『ドオ――――ン!!』

「あ、始まった!」
「きれ―――い!!」
 花火大会が始まり、思わず蘭もそちらに気をとられたのだが・・・
 いきなり、ぐいっと腕を捕まれ、すごい力で引っ張られる。
「きゃっ、な―――」
「しっ、蘭ちゃん、俺」
「!」
 人ごみの中を、快斗に手を引かれるままに走り出す。どこに行くのか、なんて聞かない。
 気がつくと、2人はあの林の中にいた。
「快斗くん・・・?ここ、花火見えないよ・・・?」
 ちょっと不満気に呟く蘭に、快斗はにやりと笑いかける。
「ま、見てろよ」
 そう言ったかと思うと、快斗は蘭を横抱きに抱え、すごい速さで走り出した。
「きゃあっ」
「つかまってて」
 たまらず蘭が快斗の首にしがみ付く。快斗は林の木々を器用に避けながら走っていった。
 どのくらい走ったのか・・・
「ついたよ」
 と言う快斗の声に、蘭ははっとして顔を上げる。
「ここは・・・?」
「見てごらん」
 そう言いながら、快斗は蘭を下ろした。
「わ・・・」
 蘭は、目の前の光景に驚いて目を見開いた。
 林を抜けたそこは、小高い丘になっていて、そこからは遮るものは何もなく、海に映る花火までもが
綺麗に見えたのだった。
「すごい・・・」
「だろ?とっておきの場所、見つけといたんだ。蘭ちゃんと2人で見たくって・・・」
「快斗くん・・・」
 見上げると、快斗の優しい視線とぶつかる。
 何か言おうと、口を開きかけたが、それは快斗の唇によって塞がれた。
 
 甘く、熱い口づけに酔いしれる・・・。

 花火の音が、遠くに聞こえていた・・・。



「ら〜ん、どうかしたあ?」
 物思いに耽っていた蘭に、園子が声をかける。
「え?あ・・・ううん、なんでもないよ」
「そう?ならいいけど・・・そろそろ行くよ?用意できてる?」
「あ、うん・・・」
 今日、蘭と園子は東京へ帰る。
 昨日の花火大会の日に交わした快斗との会話が、脳裏によみがえる。

「明日、帰るんだって?」
「うん・・・」
「・・・・・俺、諦めるつもり、ないけど・・・」
 蘭がはっとして顔を上げると、快斗の真剣な眼差しとぶつかった。
「一夏の思い出で、終わらせたくないんだ」
「快斗くん・・・わたし・・・」
「蘭ちゃんが、迷ってるのわかってるよ。だけど・・・。これからもずっと、俺と付き合ってくれる気
があるのなら、帰る前に海の家に来てくれないか。もし、もう会うつもりがないならそのまま帰って・
・・」
 
 もうすぐ、迎えの車が来てしまう・・・。
 蘭は、まだ迷っていた。
 快斗の優しさに惹かれている自分。でも、まだ新一を待ちつづけている自分がいる。
 ―――やっぱり、こんな気持ちで快斗くんに会いに行けない・・・
 蘭は、荷物を両手に持つと、玄関へと向かった・・・
「どうしたの?蘭、早く乗りなよ」
 車に乗り込もうとして、躊躇している蘭を不思議そうに見つめ、園子が言った。
「あ・・・うん・・・」
「??何?何か忘れ物?だったら待ってるから取ってくれば?」
「ちがうの。わたし・・・」
 ―――乗らなきゃ。そして、ここから離れなきゃ・・・。わかってるのに・・・体が、動かない・・・
 無理やり体を動かそうと、ぐっと手を握りしめた、その時―――
「―――わりい、彼女は、返さないよ」
 そう言って、蘭の手を握りしめたのは・・・
「快斗くん・・・!?」
「え?あなた、あの海の家の?何であなたがここに?」
 びっくりして快斗を見た園子に、快斗はにっこりと笑って、
「蘭ちゃんを、攫いに来たんだよv」
 と言った。
「はぁ!?何言ってんのよ!?」
「じゃ、そういうことで♪」
 そう言うと、快斗は蘭を抱き上げ、そのまま駆け出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!ら―ん!!どうなってんのよぉ!!」
 園子の声が後から追いかけてくるが、快斗は止まる様子はない。
 蘭は、呆気に取られたまま快斗を見つめ、声を出すことも出来ずにいた・・・。


 気がつくと、2人はあの小高い丘の上にいた。
「・・・どうして・・・」
「待ってようと思ったんだ。でも・・・蘭ちゃんの性格考えたらさ、絶対来るわけねえよなって思えて
きて・・・そしたら、無償に腹が立ってきた。何で俺が引き下がんなきゃなんないんだってね。蘭ちゃ
んが、あいつを待ってたっていい。でも、俺だって蘭ちゃんを思う気持ちは負けてないって自信あるか
ら。正々堂々と勝負してやるよ」
 そう言って、にやりと笑った快斗を、蘭は複雑な思いで見つめる。
「快斗くん・・・」
「・・・俺、少しは、自惚れてもいいかな?蘭ちゃんも、俺のことを思っててくれてるって・・・。だ
から、あの車に乗ろうとしなかったんだって・・・」
「み、見てたの?」
 途端に、蘭の頬が赤く染まる。
「うんvvで・・・?どうなの?」
 にやにやと笑いながら顔を覗き込んでくる快斗に、蘭は俯いて真っ赤になっている。
「蘭ちゃん?」
「〜〜〜〜〜もうっ、わかってるなら聞かないでよおっ」
「分かってないって!なあ、言ってよ?蘭ちゃんの口から、聞きたいんだ」
 耳元で囁かれ、蘭の体がぴくりと震える。
「・・・・・・き・・・・・」
「ん・・・・・?」
「・・・・好き、よ・・・・」
 それを聞いた快斗の顔が、とろけそうな笑顔に変わる。
 そして、俯いたままの蘭の顔に両手を添え、そっと上向かせる。
「俺も、好きだよ・・・」
 甘いささやき。蘭の瞳が、静かに閉じられる。
 そして、ゆっくりと2人の唇が重なった。
 何度も角度を変えながら、まるで離れることを忘れてしまったかのように、2人は1つに溶け合って
いった・・・。


 






 去年の日記キリ番51をゲットしてくださったゆんゆんさま(現朝倉菜緒さま)のリクエストです。
ちょっと季節はずれになってしまいましたが・・・漸くこちらにUPできました♪
菜緒様からはこのお話をイメージされたすばらしいイラストを頂いておりますvv
「Gift」ページにございますので、そちらもぜひご覧になってくださいね♪