80000hit企画X 〜白馬編〜 勝者は・・・


 「お話があるんです」
 そう言われて、柄にもなく胸をときめかせてしまった。
 この僕が、そんな気持ちになるなんて・・・。


  店の入り口に彼女を見つけ、思わず綻ぶ顔を引き締めて、さっと手を上げて見せる。
 彼女はすぐに気がつき、ほっとしたように微笑むと、こちらへやってきた。
「ごめんなさい、お忙しいのに呼び出したりして・・・」
 彼女は席に着くと、申し訳なさそうに僕を見つめた。
 僕の心臓は、さっきから落ち着きなく騒いでいたが、それに気づかれないようにわざとゆっくりと口
を開く。
「いえ、良いんですよ、蘭さん。久しぶりにあなたに会えて僕もうれしいですし」
 そう言って微笑むと、彼女の頬がほんのりとピンクに染まる。
 ―――なんて、かわいい・・・
 途端に跳ね上がる心臓を、どうにか理性で落ち着かせようとするが、なかなかうまくいかない。
「そ、それで、お話というのは?」
 赤くなったのを気づかれないように、1つ咳払いをしてそう聞いてみる。
「工藤君のこと、ですか・・・?」
 言われる前に、言ってみる。彼女の幼馴染であり、この僕同様高校生探偵として有名な人物。それが
工藤新一だ。今は、ある厄介な事件に巻き込まれたとかで姿を隠していた。一説には死んだとの噂もあっ
たのだが・・・。
「あ、いえ、違うんです」
 工藤君の名前に頬を赤らめながらも、首を横に振る蘭さん。
 たったそれだけのことに、僕の心臓はぎゅっとわしづかみにされたように苦しくなる。
「実は、母のことで・・・」
「蘭さんのお母様、というと、あの妃弁護士ですね?」
「ええ。白馬君、確かちょっと前にお母さんと会ってるんですよね」
「ああ、先月のことですね。僕が調べていたある事件の関係者が妃弁護士と会ったことがあるというの
で、話を伺ったんですよ」
 そう僕が答えると、蘭さんは真面目な顔で頷き、それからちょっと黙ってしまった。
「どうしたんです?それが何か?」
「いえ、あの・・・」
 口を開いたものの、まだ何か考えあぐねているのかすぐに俯き、また黙ってしまった。
 こういう沈黙はあまり好きじゃないのだが・・・。しかし、その間に僕は誰にも遠慮することなく彼
女のきれいな顔を見つめていることができた。
 大きな瞳に、形のいい唇。とても整った顔立ちなのに、美人というよりは可愛らしい、無邪気な印象
を人に与える。芯はしっかりしているのに、どこか頼りなげで、守ってあげたくなってしまうのだ。
 どのくらいの間見惚れていたのか・・・
 突然蘭さんが顔を上げ、僕のほうをまっすぐに見たので、ずっと見つめていたことを悟られてしまっ
たのかと焦ってしまったが、そんなことはないようだ。
「あの、お母さん・・・母に、変わった様子はなかったかと・・・」
「は・・・?それは、どういう・・・?」
「えっと、あの・・・たとえばその、お、男の人と会ってたとか・・・」
 言い辛そうに視線を泳がせながら言う蘭さんを見て、なんとなくわかってきた。
「・・・それは、橘信二のことですか?」
「知ってるんですか?」
 驚いて僕を見つめる蘭さんに、微笑んで見せる。
「彼とは、ちょっとした知り合いでね。そう・・・彼に妃さんを紹介したのも僕なんですよ」
「白馬君が?」
 蘭さんはさらに驚き、目を見開く。こういう素直な反応もとても可愛らしい。
 
 橘信二とは、今人気急上昇中の若手俳優だ。
「このことは妃さんと僕、それから当事者しか知らないことなんですが・・・。まあ、蘭さんならいい
でしょう」
「白馬君・・・ありがとう」
 ふわりと微笑んだその笑顔に、思わず赤くなる。
 ―――それは、不意打ちですよ・・・。
「えー・・・実は彼、結婚してまして」
「ええ!!」
「しーっ」
 驚いて声を上げた彼女を、人差し指を口に当て制止する。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
「いえ、無理もないですよ。それで・・・彼は、離婚したがってたんです。結婚したのは3年前なんです
が、1年前からうまくいってなくて。しかし、彼女は離婚に応じなかった。そこで、裁判を起こそうとし
たのですが、今、彼は有名人だ。結婚していたことも秘密にしている。こんなことが公になったら・・・。
そこで、僕が相談を受けたわけです」
 僕の説明に、蘭さんはこくりと頷いた。
「そして、僕はちょうどそのとき関わっていた事件の件で会っていた妃さんに、そのことを相談したん
です。何とか内密にことを進められないか、とね。妃さんは快く引き受けてくださった」
「そう・・・だったんですか・・・」
「しかし、どうしてあなたがそのことを?絶対に2人でいるところを見られないようにするとのことだ
ったんですが・・・」
 怪訝そうな僕の問いに、彼女はちょっと顔を赤らめて恥ずかしそうに口を開いた。
「あ、あの、実はこの間、お母さんとお父さんが一緒に食事するようにセッティングしようとして・・
・いつもだったらお母さん、いやいやながらもわたしのお願い聞いてくれるのに、今回はまるっきり受
け付けてくれなくて・・・。それで、そのわけを調べようと、お母さんのあとをつけてみたんです。そ
こで・・・ホテルでこっそりあってる2人を見てしまって・・・」
「なるほど。それで・・・」
「お母さんに限って、絶対そんなことないはずって思ったんです。でも、お父さんとの食事を拒否して
まで会ってるのがどうしても気になってしまって・・・」
「わかります。確か、その日は橘君がロケでアメリカのほうへ行く前日だったと思いますよ。その日を
逃してしまうと、2週間、帰ってこないものですから、たぶんどうしてもその日に打ち合わせがしたか
ったんでしょう」
「そっか・・・そうですよね、忙しい人ですものね」
 と言って、蘭さんは漸く納得できたというように頷いた。
「しかし、僕のせいで蘭さんに心配をかけてしまったようですね。申し訳ない」
「そんなこと!わたしのほうこそ、こんなことで呼び出してしまって・・・ごめんなさい。でも、おか
げですっきりしました。ありがとうございます」
「いや、お役に立ててよかったですよ。また何かあったらいつでも声をかけてください」
 そう言って笑うと、蘭さんもにっこりと笑ってくれた。
「白馬君て、本当に親切ですよね。紳士的だし・・・」
 褒められることは別に珍しくはないのだが・・・彼女に言われると、なぜか照れてしまう。まっすぐ
なその瞳が、心の奥まで見透かしているようでどきどきしてしまう。今日、蘭さんと会えるということ
をとても楽しみにしていたこと。そして、これを機会にもっと親しくなりたいと思っていることまで、
すべて知られてしまうんじゃないかと言う思いに駆られてしまう。
「僕は、その・・・ただ、君の役に立ちたいと・・・あの、蘭さん、良かったら―――」
「え?」
 蘭さんがきょとんとした表情でかわいく小首を傾げる。
 と、そのとき・・・

『♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜』

「あ、ごめんなさい!携帯が・・・」
 蘭さんが慌ててバッグから携帯電話を取り出し、耳に当てる。
「もしもし・・・・新一?どうしたの?・・・・え?今?えっと・・・ちょっと外に・・・どこって、
え〜と、杯戸町の喫茶店で・・・・だ、誰とって、その・・・いいじゃない、別に!・・・そんなんじ
ゃないわよ!ちょっと用があって・・・」
 工藤君か・・・。
 僕は、困っている様子の蘭さんに声をかけてみた。
「代わりましょうか?僕が説明しますよ」
「え?でも・・・・」
「大丈夫。貸してください」
 そう言って手を出すと、蘭さんは戸惑いながらもそれを僕の手に乗せた。
「―――もしもし、白馬です。工藤君、ですね」
『白馬?・・・ってあの高校生探偵の?』
「ああ、覚えていてくれましたか。それは光栄ですね」
『・・・なんでおめえが蘭と一緒にいる?』
 あきらかに不機嫌な彼の声に、苦笑いする。
「ちょっと以前扱った僕の事件で、彼女のお母さんにお世話になりましてね。その時のお礼をと思った
んですが、妃先生は残念ながら来られないとのことだったので、代わりに蘭さんを招待したんですよ」
『・・・・・ふ〜ん・・・・・』
 何か言いたげな彼の様子が目に浮かび、なんとなく愉快な気分になってくる。
「そう心配しなくても、そろそろ帰りますから大丈夫ですよ。ちゃんと家まで送り届け・・・」
『必要ねーよ。俺が―――いや、コナンに迎えに行かせっから』
「コナン・・・君、ですか・・・?」
 なぜ、あの子供に?そう聞こうとしたが、すぐに彼の声に遮られる。
『とにかく蘭に代わってくれよ』
 言われたとおりに蘭さんに携帯を返す。
「もしもし?・・・うん・・・コナン君が?駅まで来てくれるのね?・・・うん、わかった」
 驚いたのは、彼女があっさりとそれを受け入れたことにもあったが、その時の彼女の表情だ。
 とてもうれしそうな、安心したような笑顔・・・まるで、恋人が会いに来てくれると言ってくれたよ
うな・・・そんな表情をしていたのだ。
 相手は子供なのに、なぜ・・・?
 

 「それじゃあ、白馬君、今日は本当にありがとう」
「いや・・・しかし、本当に大丈夫ですか?コナン君はまだ子供で・・・」
 と言うと、蘭さんはちょっと可笑しそうにくすりと笑った。
「大丈夫。コナン君て、とっても頼りになるから」
「そう・・・ですか・・・?」
 どうにも納得しかねるのだが・・・と、そのときパタパタと走ってくる子供の足音が・・・
「蘭姉ちゃん!!」
「コナン君!」
 まただ。蘭さんのうれしそうな笑顔。
 子供相手に、どうしてそんな顔をするんだろう?
 コナン君が蘭さんのそばに駆け寄ると、蘭さんはコナン君に手を伸ばし、2人は自然に手を繋いだ。
 その光景を不思議な気持ちで見ていると、コナン君が僕を振り返った。
「・・・じゃあね、白馬のおにいちゃん」
 すぐに言葉を発することができなかったのは、彼のその強い視線のせいだった。
 蘭さんを見つめるまなざし。やさしく、包み込むようなまなざし。それとは対照的な、僕を見つめる
まなざしは・・・とても6歳の子供のものとは思えない、強い想いを秘めたまなざし。嫉妬という想い
を・・・。
「白馬君、今日は本当にありがとう」
「あ、いえ・・・」
「それじゃ、これで・・・」
 蘭さんはそう言ってにっこり笑うと、軽く会釈をして、コナン君の手を引き、歩き出した。
 最後に、コナン君はちらりと僕を振り返り、ほんの少し口の端を上げ、笑みを作った。
 それは、勝者の笑み・・・恋に勝利したものの笑みのようだった・・・。


 何で僕が、あんな子供に負けなきゃいけないんだ?

 2人の姿が見えなくなると、僕はふと我に帰り、肩を竦めた。
「馬鹿らしい、あの子がライバルだなんて・・・」
 そうさ。いくらなんでも、そんなことはありえない。
 あの工藤新一ならともかく、コナンくんだなんて・・・


 そうして僕は納得し、その場を後にした。
 また、蘭さんと会える日を思い描きながら・・・



 



                                                                                     
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 白馬君編です。
 彼のキャラを把握できていないのに話を作ろうとするわたしは、やっぱり無謀・・・かな。
 でも結構好きなキャラなので、また書きたいです。
 それでは♪