80000hit企画W 〜灰原編〜 ぬくもり


 「こんにちは!哀ちゃん」
 ドアを開けると、そこには彼女がいた・・・。
「・・・今、博士いないけど・・・」
「うん、知ってる。コナンくんや歩美ちゃんたちと出かけちゃったんでしょう?聞いてるわ。今日、み
んなとキャンプに行くはずだったって。残念だったね、風邪引いちゃって。ごめんね、寝てたんでしょ
う?」
 彼女・・・蘭さんはそう言いながら、ちょっと小首を傾げて優しく微笑んだ。
 ちょっとお姉ちゃんに似てる、その心配そうな微笑に、思わず目をそらしてしまう。
「・・・大丈夫。たいしたことないの。1日大人しく寝てればすぐに治るわ」
「そう言って、博士たちを納得させたのね。でも、すごく心配してたのよ?」
「・・・・・」
 わかってるわ、そんなこと。でも、工藤くんはともかく、あの子達は今日のこととっても楽しみにし
てたから・・・。わたしがその楽しみを奪ってしまうわけにはいかなかったのよ・・・。
 わたしが黙ってしまうと、蘭さんはちょっと困ったように微笑み、それからわたしの髪をそっと撫で
た。それが、あまりにも優しくて、思わずどきりとして顔を上げる。
「さ、部屋に戻ろう?こんなところで立ち話してたら体が冷えちゃうわ」
 蘭さんに促され、部屋に戻る。

「お薬飲んだ?―――まだ?じゃ、何か食べてから飲もうか。今、卵雑炊作るから」
「わざわざ、いいのに・・・。おかゆくらい、自分で出来るわ」
 我ながら、可愛げないと思う。でも、どうしても彼女の前ではこんな態度しか出来ない・・・。
「そうね、哀ちゃんしっかりしてるから。でも、風邪引いてるときくらい甘えていいんだよ?わたしじゃ
頼りないかもしれないけど・・・でも、今日はそばにいさせて?」
 そう言って、蘭さんは部屋を出て行った。
「・・・そばにいさせて、ね・・・。そんな台詞、誰かさんが聞いてたらヤキモチ妬くかも・・・」
 1人呟いて、苦笑いする。

 今朝、起きてみたら体がだるかった。熱があることはすぐにわかったけど、どうにかごまかせると思
ってた。だけど、博士にはそんなことお見通しで・・・。ちょっと怒ったように、「無理しちゃいかん」
といわれた。本気でわたしのことを心配してくれている。そんな博士の気持ちが、嬉しくって、ちょっ
とくすぐったかった。
 今日は中止にしようと言う博士たちと、大丈夫だから行ってきてと言うわたしのやり取りは、30分
近く続いた。結局「行かないんだったら彼女にあなたのことばらすわよ」と言う、わたしの脅迫に負け、
彼らはキャンプに行くことになった。
 去り際に工藤くんが、「覚えてろよ」と言っていた。
「・・・最高の仕返しね、工藤くん・・・」


 ―――誰もいない砂漠の真中で、わたしは蟻地獄に落ちようとしていた。熱い熱い砂が、わたしの体
に絡み付いてくる。全身が、焼け付くようだ。
 ―――助けて・・・
 声にならない、声。誰も答えてくれるはずがなかった。だけど・・・
「―――ちゃん、哀ちゃん!大丈夫?」
 はっと目を覚ますと、目の前に蘭さんの心配そうな顔があった。
「哀ちゃん!大丈夫?怖い夢、見たの?」
「あ・・・わたし・・・寝てた・・・の」
 汗をびっしょりかいていた。額に張り付いた髪を、手でかきあげようとする。と、その手が小さく震
えていることに気付く。―――どうして・・・
 呆然としているわたしの手を、蘭さんのきれいな手がそっと包み込んだ。
「あ・・・・・」
「大丈夫・・・大丈夫よ。わたしが、そばにいるから・・・。ずっと、そばにいるから・・・」
「・・・ずっと・・・?」
 自分でも信じられないくらい、か細い声。顔を上げると、蘭さんはとても優しい笑顔でわたしのこと
を見ていた。
「うん、ずっと・・・。哀ちゃんが、良いって言ってくれるならいつまでもそばにいるわ・・・」
 そして、ふわりとわたしを包み込むように、そっと抱きしめてくれた。
 暖かいぬくもりが、わたしを包む。
 蘭さんの優しさが、まるで凍っていたわたしの心を溶かすように、じわじわと胸に染み込んできた。
 ―――お姉ちゃん・・・
 わたしの大好きな人を思い出させる、彼女のぬくもり。
 本当は、ずっとこうして欲しかった。でも、そんなこと出来ない・・・できっこないと思っていた・
・・。だけど、今日、彼女はこうしてわたしの元へやってきてくれた・・・。
「哀ちゃん・・・。わたしでよければ、もっと甘えて?哀ちゃんが抱えてるもの・・・わたしじゃ何も
してあげられないかも知れないけど・・・そばにいてあげることくらいしか出来ないけど・・・でもね、
わたし、哀ちゃんを守りたいの。哀ちゃんの事・・・守らせて・・・?」
 蘭さんの声が、優しいピアノの旋律みたいに、わたしの心に響いてくる。
 わたしは、そっと目を閉じた。
「・・・一緒に・・・わたしの隣に、寝て欲しいの・・・」
「・・・うん、いいよ」
 きゅっと、わたしを抱く腕に少しだけ力を入れて、蘭さんが答えてくれる。
「・・・ありがとう・・・」
 

 汗で濡れたパジャマを着替え、蘭さんが作ってくれた卵雑炊を食べ、薬を飲んでから、わたしは再び
眠りについた。だけど、もううなされる事はなかった。
 隣には、蘭さんがいる。
 彼女のぬくもりを感じるだけで、わたしの心は穏やかになり、心地よい眠りへと誘ってくれた。
 
 ―――工藤くん、悪いわね・・・。今日だけは、彼女はわたしのもの・・・今日だけは・・・。うう
ん・・・もうずっと、離れられないかもね・・・。そうしたら、わたしはあなたのライバルってことに
なるのかしら・・・?

 深い眠りへと落ちながら、わたしはクスリと笑った。

 ―――ライバルも、いいかもね・・・。
 



                                                                                     
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 哀ちゃん編です。いつもクールな彼女を、かわいく書いてみたかったんですが・・・
ちょっと失敗・・・?どうでしょう?