キス未遂事件 〜平次編〜



 「お―――い、誰かおるかあ―――?」
 毛利探偵所に響く、関西弁。が、それに答える声はなく・・・
「・・・なんや、誰もおらへんのかいな?」
 平次はがっかりしながら、それでも未練がましくドアノブを回してみる―――と、いとも簡単にドア
が開いた。
「なんや、無用心やなあ。それとも誰かおるんか?おーい、おっちゃん・・・?なんや・・・やっぱり
誰も・・・」
 勝手知ったるなんとやら。ずかずかと入り込んで行った平次は、ふとソファを見て固まる。
 そこにいたのは、毛利蘭。
 蘭はソファに横になり、なんとも気持ち良さそうに、すやすやと寝息を立てていたのだ・・・。
 ―――なんつー無防備な・・・
 平次は呆れながらも、蘭の側に行き、声をかけてみた。
「おーい、姉ちゃん、こないなとこで寝とったら風邪引いてまうで―」
 が、蘭は一向に起きる気配無し。
「おーい・・・って、全然反応ないなあ。そういや、工藤のやつが言っとったなあ。姉ちゃんは1度寝
たらなかなか起きんて・・・」
 さて、どうしたものか・・・。
 平次は、ちょっと顎に手をあて考えていたが・・・
 ―――ま、急ぐ用もないんやし・・・ちょっと待ったるかあ。そのうち、工藤かおっちゃんが帰って
くるかも知れんし。
 そう思い、蘭の向側のソファに腰掛ける。そして、暫く蘭の寝顔を眺めていたが・・・
「・・・なんか、掛けといた方がええんちゃうか?ほんまに風邪引きそうや。ええと、なんかないんか
・・・?」
 きょろきょろと辺りを見回すと、部屋の隅に小五郎のものらしきジャケットを見つける。
「とりあえずあれでええやろ」
 そのジャケットを持ってきて、蘭にかけてやる。と―――
「ん・・・・・」
 ほんの少し身じろぎし、それまで閉じられていた唇が少し開いた。
 その瞬間、平次の心臓がどきんと音を立てた。
 ジャケットをかけるために蘭の顔の至近距離まで近づいていた平次は、そのままそのかわいらしい寝
顔に釘付けになる。
 ―――やば・・・これは不意打ちや・・・。この姉ちゃん、こんなにかわいかったか・・・?
 顔が熱くなるのを感じ、頭ではそこから離れようと思うのだが、体が言うことをきかず・・・心臓は
どきんどきんと、早鐘を打つ。
 ―――やばい・・・やばいて・・・。こんな場面工藤の奴に見つかったらどうなるか・・・。
 そう思っても、まるで金縛りにあったかのように体を動かすことが出来ない。
 そして、いつの間にか平次の掌は蘭の頬に・・・
 ひんやりとした感触。陶器のように白く、滑らかな肌が平次の掌に吸い付くようだった。
「あかん・・・止められへんかも知れん・・・」
 平次の目は、蘭のその花のような唇に引き寄せられ、そのまま誘われるように顔を近付けていったが
・・・

「・・・し・・・いち・・・」
 不意に零れた声に、平次ははっとして蘭から離れた。
 蘭はまだ眠ったままだ。
 その穏やかな寝顔に、平次はほおっと溜息をついた。
「・・・・危ないとこやった・・・。にしても、やっぱり邪魔するんはあいつやなあ・・・」
 ふっと苦笑いを零し、蘭の前髪をそっと撫でる。
 まだ起きる気配のない蘭をじっと見つめていた平次は、そっと顔を寄せ、その額にほんの少し触れる
だけのキスをした。
「・・・・これくらいやったら、許されるやろ・・・」

「ただいまー」
「お―、やっと帰ってきたか。何遊び歩いとんねん」
「あ?なんだよ、おめえいつ・・・」
 事務所に入ったコナンは、そこにいた平次と、ソファに寝ている蘭を見てぴたりと動きを止めた。
「よお寝てるで。しっかし鍵くらい閉めとかなあかんよなあ。入って来たのが俺だったから良かったよ
うなものの・・・って、なんや、その目ェは。俺は何にもしてへんで」
「・・・・・俺は何も言ってねえぜ・・・?」
 コナンにジト目と低い声で突っ込まれ、思わず平次はぎくりとする。
「あ、いや、おまえがそんな目ェで見るからやなあ・・・」
 と、慌てて言い訳しようとしたとき、蘭が身じろぎをして目を開いた。
「んー・・・コナンくん、お帰り―。・・・あれ?服部くん、来てたの?」
「お、お―、姉ちゃんが気持ち良さそうに眠っとったから、起こすのも悪い思うてな。あ、あかん、も
う時間のうなってしもうた。ほなら、また連絡するし!」
 そう言いながらいそいそと出口へ向かう平次を、不思議そうに見つめる蘭。
「え??もう帰るの?お父さんに何か用でも・・・あ、服部くん!」
 あっという間に閉じられてしまったドアを、目をぱちくりさせながら見ている蘭。
 コナンが、タタっと駆けて窓際に行くと窓を開け、下を見下ろした。それにつられ、蘭も窓際へ行っ
てみる。ちょうど、平次が外へ出て来たところだった。
「ねえ、服部くん!何か用事だったんじゃないの?」
 蘭の声に、平次が振り向く。そして、コナンと蘭の顔を見比べたかと思うと、ふと悪戯っぽい笑みを
浮かべて、こう言った。
「ええんや。たいした事やないし。それよりも、ここへ来てええもん見してもろうたからな。今日は怪
我せんうちに退散するわ。また近いうちに邪魔するわ。・・・そん時は、未遂で終わらせんかも知れん
けどな!!」
 そして、大きくてを振ると、ちょうどそこへきたタクシーを捕まえ、さっさと乗り込んでいってしま
った・・・。

「??どういう意味だろうね?ええもん見してもろうたとか、未遂とか・・・。コナンくん、分かる?」
 それまで黙り込んでいたコナンは、蘭の声にはっとして、
「え?あ、ううん、僕にもわからないや・・・。何言ってんだろうね?平次兄ちゃん・・・」
「ねえ・・・あ、電話!」
 蘭は、ちょうど鳴り出した電話を取った。
 コナンは、再び外の通りに視線を戻す。

 ―――あいつの、あの慌てよう・・・ええもん・・・未遂・・・まさか、服部の奴・・・?

 ざわざわと、胸が騒ぎ出す。
 後では、蘭が電話の相手―――どうやら小五郎らしい―――に何やら怒っていたが、コナンの耳には
入ってこない。
 近いうちにまた来る、と言っていた平次。最悪の事態を避けるには・・・まず、蘭からどうにかしな
くてはならない。知っている人だからといって、100%信用してしまうこの無防備な彼女に、どうやっ
て警戒心というものを理解してもらうか・・・。
 はっきり言って、どんな謎解きよりも難しいその問題を、コナンはこれからずーっと考えていくこと
になるのだった・・・。






                                                                                     
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 平→蘭です♪以前、ランキングのリクエストでやった「平蘭のラブラブ」というお題で、見事玉砕し
てしまったので、今回はリベンジということで・・・。実は、相当前から頭の中に出来上がっていたこ
のお話。私自身、かなり楽しんで書いてしまいました。皆さんにも、楽しんでいただけたらいいのです
が・・・。感想とか、頂けたら嬉しいです♪