ティーシャツとくつした 



 「―――っだりー・・・」
 ベッドの中、朦朧とした意識で、快斗が呟く。頭がひどく痛かった。測ってはいないがおそらく相当
熱が高いだろうことは自分でもわかった。
 ―――風邪、だろうな・・・。
 昨夜、一仕事終えた後雨に降られてしまった。が、疲れていたのでろくに頭も拭かずにベッドに入っ
てしまったのが悪かったのだろう。
「あ〜あ、最悪・・・」
 そう呟いたとき・・・
「大丈夫?快斗くん」
 すぐ近くで、聞き覚えのあるかわいい声。
 快斗は驚いて、がばっと起き上がった。と、その人物も驚いて「きゃっ」と声を上げる。
「蘭ちゃん!?」
「びっくりした・・・。大丈夫?快斗くん。風邪、引いたの?」
 蘭が、心配そうに快斗の顔を覗き込む。
 突然の想い人の訪問にドキドキしながらも、快斗はどうにか口を開く。
「な、何で蘭ちゃんがここに?」
「何でって・・・約束したじゃない。今日は、快斗くんの誕生日のお祝いに3人でトロピカルランドに
行こうって」
「あ・・・」
 そうだった・・・。明日は快斗の誕生日。でも当日は月曜日で学校があるから前日の日曜日にお祝い
しようと言ってくれたのは蘭。そんな大切なことを忘れてしまうなんて・・・。
「ごめん、蘭ちゃん、俺・・・」
「気にしないで?具合、悪かったんなら仕方ないもの。それより大丈夫?だいぶ熱、高いみたいね」
「いや、たいしたことは・・・あれ・・・?」
 ここで、漸く気付く。いつもなら、蘭の横で仏頂面をしている彼の探偵の姿が見えないことに。
「新一は?」
「あ・・・トロピカルランドまでは一緒だったんだけど・・・。快斗くんを待ってる間に、目暮警部か
ら電話がかかってきちゃって・・・」
 ―――そっか・・・。
 ちらりとベッドの横に目をやると、ダッシュボードに置いた携帯電話に、着信有りの表示。
 何度か快斗に電話したが、ちっとも出ないのを不思議に思ってやって来た。きっと彼女のことだから、
快斗に何かあったんじゃないかと心配して来てくれたのに違いない。そのぐらいのことは、容易に想像
できるはずだった。だが、この時に快斗の頭に思い浮かんだのはまったく別のことで・・・。それは、
熱の所為で思考回路がおかしくなってしまったとしか思えないものだった。
「・・・ごめんな。俺が、新一じゃなくて」
 快斗の言葉に、蘭はきょとんと首を傾げる。
「え?」
「蘭ちゃん、本当は新一と一緒にいたかったんだろう。それなのに、一緒にいるのが俺で、ごめん」
「な、なに言ってるの?そんな・・・」
「一緒にいるのが俺でも、新一に似てるから新一と一緒にいる気分になれると思った?」
「・・・!」
 自分でもわからない。突然生まれた胸に渦巻く嫉妬の炎。蘭が傷付いた表情をするのを見ても止めら
れない。
「俺は、新一じゃないよ。変装することは出来ても本物にはなれない。新一がいなくて寂しいなら、代
わりにキスくらいしてもいいけど―――」
「!!」
 蘭の瞳が驚きに見開かれ、次の瞬間―――快斗の頬に、蘭の平手が飛んでいた。
「―――ってえ・・・」
「どうして・・・?何でそんなこと・・・」
 蘭の瞳には、涙が浮かんでいた。
「・・・蘭ちゃんが、思ってることを言ったつもりだったんだけど。違った?」
 普段の快斗とはまったく違う、その冷たい瞳・・・。
 蘭は、悲しげに首を振った。
「わたし・・・帰るっ」
 さっときびすを返し、部屋を出て行く蘭の後姿を見送り、快斗は溜息をついた。
「何してんだ、俺・・・」
 どうしようもない自己嫌悪の波が、襲ってくる。
 あんなことを言うつもりじゃなかったのだ・・・。
 蘭が、新一が行ってしまったことを残念そうに話す姿を見ていたら、急に胸が苦しくなった。そして、
気付いたらあんなことを言ってしまっていた。
 蘭の傷ついた顔が、頭から離れない。
「俺、サイテー・・・」
 重い溜息をつき、頭を項垂れる。と、ベッドの下から、何かがのぞいているのが見えた。
「?何だ?これ・・・」
 取り出してみると、それは綺麗にラッピングされたプレゼントで・・・
「蘭ちゃん・・・?」
 急いで開けてみると、中からは真っ白な生地にブランドのロゴがワンポイントで入っているティーシャ
ツと、白い靴下・・・。

『快斗くん、その靴下、穴あいてるよ』
『あ、ほんとだ。やっべえ』
『ふふ・・・快斗くんの誕生日プレゼント、決まっちゃった』
『え、プレゼント、くれるの?まじ?すっげえ嬉しいvv』
『当たり前でしょ?ね、その日はみんなでパーティしようねv』

 つい先日の会話が、思い出された。
 プレゼントと一緒に入っていたのは、綺麗なカード。そのカードに書かれていたのは・・・

  快斗くんへv

   お誕生日おめでとう!
   いつもわたしに元気をくれる、快斗くんの笑顔が大好きです。
   これからもよろしくね。

                             蘭
    P.S.ティーシャツ、実はわたしも同じの持ってるの。
              でも、このことは新一には内緒ね!


 「蘭ちゃん・・・」
 フラッシュバックする、蘭の笑顔と、先ほど見せた傷ついた顔・・・。
「俺、なんてこと・・・」
 漸く自分を取り戻した快斗は、着替えるのももどかしく、部屋を飛び出した。
 階段を駆け下り、玄関へ向かう―――と、突然玄関のドアが開き、そこから入ってきた人物と危うく
ぶつかりそうになる。
「うわっ」
「きゃっ」
 驚いて身を引いたのは、先ほど出て行ったはずの蘭で・・・。
「蘭ちゃん!」
「あ・・・」
 蘭は、ばつの悪そうな顔で俯き、ぼそぼそと言葉を紡いだ
「あの・・・帰ろうと思ったんだけど、どうしても快斗くんが、気になって・・・。風邪薬とか、飲ん
でないでしょう?今日、病院やってないし、1人で大丈夫かなって・・・」
 快斗は、すぐに声を出すことが出来なかった。
 そう、これが蘭なのだ。自分のことよりも、人の心配をする。あんなにひどいことを言ったのに、快
斗の体を心配して戻ってくる・・・。そんな蘭だから、快斗は・・・
「・・・快斗くん?どうしたの?大丈夫?熱が―――」
 何も言わない快斗を、心配そうに見上げる蘭を、快斗は思わず抱きしめていた。
「か、快斗く・・・」
「ごめん」
「え・・・」
「ごめん、蘭ちゃん。俺、ひどいこと言った。あんなこと、言うつもりなかったんだ・・・」
「快斗くん・・・」
「何であんなこと言っちまったのか、自分でもわからな・・・」
「もう、いいよ」
 蘭が、快斗の言葉を優しく遮った。快斗が、抱きしめている腕を弱めると、蘭は快斗から少し離れ、
優しく微笑んだ。
「快斗くんが、いつもならあんなこと言うわけないって、わたしもわかってる。分かってたんだけど・
・・つい、カッとしちゃって・・・」
「当然だよ。俺、ひどいこと言ったし・・・。ほんとにごめん」
「もう良いってば。それより、部屋に戻ろう?熱、上がっちゃう。薬、まだ飲んでないでしょう?」
 そうして2人は、また快斗の部屋に戻った。


「薬飲む前に、何か食べなきゃね。お台所、借りて良い?」
 蘭は、そこで手早く卵粥を作ると、快斗の元へ持っていった。
「蘭ちゃん、食べさせてv」
 いたずらっ子のように微笑み甘える快斗に、蘭は照れながらも言われたとおり食べさせてやった。
「はい、あーん」
「あーんvv」
 先ほどの喧嘩など、まるでなかったかのような光景。蘭が戻って来てくれて良かったと、心から思う
快斗だった。
 お粥を食べ終わり、薬を飲むと、快斗は次第に睡魔に襲われていった。
「ゆっくり寝たほうが良いよ。わたしのことなら気にしないで。適当に帰るから」
「帰るの?」
 途端に、寂しそうな顔をする快斗。蘭は、まるで子供をあやすかのように優しく微笑み、
「大丈夫。すぐには帰らないから。おうちの人が帰るまでは、いるわ」
 と言ったが、快斗はちょっと不満そうだった。
 蘭はちょっと困ったような顔をしていたが、ふと何か思いついたように口を開いた。
「そうだ。風邪が治ったら、改めて誕生日のお祝いしよう?もうプレゼントは渡しちゃったけど・・・
他に、何か欲しいものない?」
 蘭の言葉に、快斗は2,3度目を瞬かせた。
「欲しいもの?」
「うん」
「何でも良いの?」
「良いよ。わたしが用意できるものなら」
 その言葉に、快斗はにやりと笑った。そして―――
「じゃあ、キスしてくれる?」
「え・・・ええ!?」
 途端に、真っ赤になる蘭。
「キ、キ、キスって・・・」
 うろたえる蘭を、快斗は面白そうに眺めている。完全に遊ばれている状態だ。
「ダメ?俺にとっては、それが1番嬉しいんだけど?」
 いつの間にか蘭の手を握り、そう迫る快斗に、蘭は沸騰寸前だ。
「ら〜んちゃん?」
「〜〜〜〜〜」
 蘭は困ったように上目遣いで快斗を睨んでいたが、快斗は蘭が答えるまでは離してくれそうもなかっ
た。
 仕方なく、蘭は頷いた。
「分かった・・・。でも、一つだけ約束、して?」
「まじ?やったvvって、約束って?」
「・・・・・・新一の代わりなんて、やだからね?」
 真っ赤になって、そう呟く蘭に、快斗は目を見開いた。
「快斗くんは、快斗くんだから・・・。誰かの代わりになんか、ならないんだから・・・。だから、キ
ス、するときも快斗くんとしてして・・・ね?」
「蘭ちゃん・・・」
 

 わかってるのだろうか?それがどういう意味か。そんなことを言われたら、もう我慢なんかできない
ということ・・・。
 わかってる、わけがない。蘭はそういう子なのだ。だけど・・・

 
 快斗は優しく微笑むと、蘭の手を握る手に、少し力を込めた。
「分かった。じゃあ、そうする」
 快斗の言葉に、蘭は安心したように笑った。
「良かった」
「・・・蘭ちゃん、俺、眠くなってきた」
「うん、ゆっくり休んで?」
「眠るまで・・・側にいてくれる?」
「うん」
 蘭の言葉に、快斗は微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。
 そして、眠りにつく直前、こう囁いたのだ。
「覚悟しろよ・・・?」
 もちろん、蘭には何のことだかさっぱりわからない。
 不思議そうに首を傾げていたが、やがて聞こえてきた寝息に安心し、そのまま暫く快斗の寝顔を眺め
ていたのだった・・・。


 覚悟しろよ・・・?次に目が覚めたら、もう容赦しないぜ・・・?本気で、攻めていくからな・・・。



 



                                                                                     fin.
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 快斗のお誕生日企画で、お話を作ってみました。
 たまには、快蘭で喧嘩などもありかな?と思い・・・。見事に玉砕してます。
 こんなんですが、よろしければ、お持ち帰りくださいvv