Nightmare 



  「お誕生日、おめでとう」
「・・・・・なんでおめえがここにいんだよ?」
 新一が、不機嫌を隠そうともせずそう言って見たのは、隣人の宮野志保。
「あら、ご挨拶ね。せっかく誕生日のお祝いをあげようと思ってきたのに」
 心外、といった顔で返す志保。が、新一の言い分も分かるというもので・・・。
 ここは、新一の自宅。そして、時間は朝の6時。しかも今日は5月4日。ゴールデンウィーク真っ只中
である。
「・・・俺、一昨日事件で呼び出されて、さっきやっと片付けて帰って来たとこなんだけど・・・」
「ええ。お疲れさまね」
「ぜんっぜん寝てなくて、くたくたなんどけど・・・」
「そうみたいね」
「・・・これから、蘭が来るんだけど・・・」
 そう、今日は新一の誕生日。この日を一緒に過ごしたいという蘭の希望に応える為、寝る間も惜しみ
事件を解決し、ついさっきやっと帰宅してところなのだ。
 蘭が来るのは10時ごろ。それまで少しでも良いから睡眠をとっておこうと思っていたのに・・・。

 志保は新一の言葉に、いつものようにどこか意味深な笑みを浮かべて口を開いた。
「ええ、知ってるわ。大丈夫よ、渡すもの渡したらすぐに失礼するから」
「渡すもの?」
 怪訝な顔をする新一の目の前に差し出されたのは、ケーキの箱のような四角い箱で、ピンクの包装紙
で綺麗にラッピングされていた。
「誕生日プレゼントよ。受け取ってくれるでしょう?」
 いつになくにこやかな志保に、なんとなく釈然としないものを感じながらも、とりあえずプレゼント
を受け取る新一。
「・・・サンキュー・・・」
「じゃ、わたしはこれで。良い誕生日をね」
 そう言って、さっさと帰っていく志保。
 呆気に取られてその後姿を見送っていた新一だったが・・・。
「―――おっと。ボーっとしてる場合じゃねえな。しかし、あいつがプレゼントなんて・・・。どうい
う風の吹き回しだ?」
 首を傾げつつリビングに入り、ソファに座る。そして、志保のプレゼントを疑わしそうにじっと見て
いたが・・・。
「開けてみっか」
 意を決して、プレゼントを開ける新一。
 その箱の中に入っていたものは・・・・・。
「―――なんだ?こりゃ・・・?」
 箱の中に入っていたのは、なんと蘭にそっくりの人形で・・・瞳を閉じたその人形には布団代わりな
のか、かわいいミニタオルがかけられていた。本当に、蘭がそのまま小さくなってしまったようなその
姿に、新一の頬も思わず緩んでいたが・・・どこか、違和感を感じるような・・・。
 新一は、全長20cmくらいのその蘭の人形にそっと手を伸ばした。が・・・
「ううん・・・」
 なんと、小さなうめき声と共に、その人形が動いたのである。
「!!??な・・・!?」
 驚いて、その手を引っ込める新一
 あらためてそれをじーっと見つめると・・・その人形と思っていたものは、確かに呼吸をしているこ
とが分かった。
「ま、まさか・・・」
 恐る恐る、再度それに手を伸ばす新一。そっとその髪の毛に触れてみると・・・
「ううん・・・。誰・・・?」
 そう言って、人形が起き上がったのである。
「ら・・・蘭・・・!?」
 新一の声に、その人形―――蘭が、顔を上げて新一を見る。
「・・・新一・・・?あ、あれ?わたし・・・?」
 きょろきょろと周りを見回す蘭。
「な、なに?どうなってるの?」
「・・・おめえ・・・本当に蘭か・・・?」
 新一の言葉に、蘭は瞳を潤ませながら、ゆっくりと頷いたのだった・・・。



 「宮野に、何された?」
 コーヒー用のミルクポーションの空き容器にアイスティーを入れて蘭に飲ませ、新一はアイスコーヒ
ーを飲みながら話を始めた。
「よく覚えてないの・・・。昨日、新一の部屋の掃除をしてたら、志保さんが来て・・・。一緒にお茶
でもどうかって言うから、お隣に行って、紅茶を飲んだの。そこまでは覚えてるんだけど・・・。そ
の後のことは、全然・・・」
 小さな両の手を使って、今の体には大きすぎるその容器を持ってアイスティーを飲むその姿は、とて
も可愛らしかったが、本人にとってはそれどころではない。
「睡眠薬、使ったな・・・」
「ねえ、新一、わたし・・・」
 不安げに自分を見上げる蘭に、新一は優しく微笑み
「安心しろ。俺が、絶対オメエを元に戻してやっからさ」
 と言うと、蘭もほっとしたように微笑んだ。 
 その笑顔が儚げで、しかしとても綺麗で・・・思わず抱き寄せて口付けたかったが、今の状態ではそ
うもいかず・・・。新一は、そっと溜息をついたのだった・・・。


 「説明してもらおうか」
 阿笠邸に乗り込んだ新一は、地下室でパソコンに向かう志保を睨みつけた。
 志保は相変わらずパソコンに目を向けたままだった。
「あら、お気に召さなかった?プレゼント」
 しれっと言う志保に、つい新一もカチンと来て、表情を強張らせた。
「なにがプレゼントだよ!蘭をあんなにしやがって・・・!さっさと戻せよ!」
「大きな声、出さないでくれる?―――大丈夫よ。ある程度時間がたてば元に戻るわ」
「・・・ある程度って?」
「さあ?何しろ、試作品ですからね。人間で試すのは初めてだし。あ、でも安心して。人体には何ら影
響ないはずだから」
「・・・・・・」
 新一は、もはや何も言う気になれず、阿笠邸を後にした。


「何が影響ないだ!ふざけやがって!」
 怒りも露に帰ってきた新一。自宅のドアを開け・・・ふと、下を見ると、見慣れない女物の靴が一足。
「?・・・誰か来てるのか?」
 リビングに向かうと、中から楽しそうな話し声が聞こえて来た。
 ―――この声は、まさか・・・
 いやな予感を感じつつ、リビングのドアを開ける。
「あ、新一、お帰りなさい」
「やっほー、新一君。お邪魔してるわよ」
「・・・やっぱりおめえだったか・・・」
 リビングのソファに座り、すっかりくつろいでいたのは、蘭の親友、鈴木園子だった。
「ね、新一、志保さん、なんて?」
 園子の膝にちょこんと座っていた蘭が、不安気な様子で新一を見上げる。
「ああ、大丈夫だ。ある程度の時間がたてば元に戻るらしい。その時間ははっきりしねえんだけど・・
・。人体には影響ないって事だから、とにかく戻るまで待つしかねえな」
「そう・・・」
 とりあえず、戻れることが分かりほっとしたのか、蘭は安心したように微笑んだ。
 ―――かわいい・・・。
 向側に座り、蘭を見つめる新一。が、それを面白そうに眺める園子の視線が・・・。
「―――んだよ・・・」
 園子の視線から逃げるようにそっぽを向く新一。
「べっつにー。新一君さ、ひょっとして、わたしと代わりたいvvなーんて思ってない?」
「な、なに言ってんだよっ」
 思わずうろたえる新一だったが、実は本当にそう思っていたのだ。2人きりなら、蘭を自分の膝に乗
せて、甘いひと時を過ごせるのに、と・・・
「そ、園子ってば何言ってるの」
 蘭も顔を真っ赤にしてうろたえている。
「だ、大体、何でオメエがここにいるんだよ?」
「蘭の携帯に電話したのよ」
「・・・なんで」
「だって今日は新一君の誕生日じゃない?もしかして、昨日から泊り込んでたりなんかして、ラブラブ
なのかしらと思ってさ。ちょっとからかってやろうと思ったのよ」
 ―――そんなことだろうと思ったぜ。
 がっくりと肩を落とす新一。
「そしたら、大変なことになってるって言うじゃない。びっくりして駆けつけたってわけ」
 と言いながらも、ちっとも深刻そうじゃない園子に、新一は頭の中で
 ―――面白がってるじゃねえか。ぜってー邪魔しようと思ってただろ。早すぎんだよ、来るのが・・・。
 と思ったが、あえて口に出すのは止めておいた。もはや、何を言っても無駄だということは分かって
いた・・・。
「ね、ところでその服ってどうしたの?」
 と、園子。蘭は、可愛らしいエプロンドレスを着せられていた。
「あ、これ、たぶん人形の服じゃないかなあ」
「へえ。志保さんって人形なんか持ってるの?」
 意外そうな園子に、新一は面白くもなさそうに肩を竦める。
「このために買っといたんだろ?その辺は抜かりないんだ。そういう奴だから・・・」
「なるほど。でも、かわいいわあvこのままお店に置いたら速攻で売れそうじゃない?」
 園子のとんでもない言葉に、新一は思わず園子の膝から蘭を奪い取り、自分の胸に抱き寄せた。
「ば、バカなこと言ってんじゃねえよっ」
「あらあら」
 にやりといやらしい笑みを浮かべる園子。蘭は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「し、新一、苦しいよ・・・」
「あ、ご、ごめん」
 はっとして、手の力を緩める新一。蘭はほっとしたようにはにかんだ笑みを浮かべて、新一を見上げ
た。そのあまりの可愛らしさに、新一は眩暈を覚えた。
 ―――う・・・か、可愛すぎる・・・。一種の犯罪だぜ、これじゃあ・・・
「・・・・な―んか、すっごくお邪魔みたいねえ」
 と、園子が言うと、蘭が慌てて、
「やだ、そんなことないわよ。わたし、すっごく不安だったんだもん。園子が来てくれて嬉しいんだよ
、ホントに」
 という言葉に園子はにんまりと笑い、新一は小さく肩を竦める。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも、やっぱりそろそろ帰るわ。じゃないとあんたの旦那
様に一生恨まれそうだから」
 いつものようにからかう園子に、いつものように頬を染める蘭。そして、そんないつまでも初々しい
蘭に見惚れる新一。
「じゃあね。あ、見送りはいらないわよ。新一君、くれぐれも妙な気を起こさないようにね」
 そう言って立ち上がった園子に「うるせーよ」と返す新一。蘭がちょっと困ったような顔をしている
のを面白そうに眺め、手を振って園子は行ってしまった。
 

 
 「・・・とんだ誕生日になっちまったな」
 何気なく言った新一の言葉に、蘭はしゅんと肩を落とす。
「ごめんね、わたしの所為で・・・」
「な、なに言ってんだよ。おめえのせいじゃねえだろ?悪いのは宮野のやつで―――」
 慌てる新一を、蘭は潤んだ瞳で見上げる。
 ―――う・・・だから、その目は犯罪だって〜〜〜。
 ぐらぐらと揺れる理性を何とか立て直そうと、新一はひとつ咳払いをし、あさっての方向を見ながら
言葉を続けた。
「おめえが気にすることねえって。時間がたてば元に戻るんだしよ。それよりも、腹へらねえか?なん
か食おうぜ」
 新一の言葉に、蘭も少し気を取り直したように口を開いた。
「わたしは、あんまり・・・。あ、でも新一おなか空いてるでしょう?ごめんね、わたし何も作れなく
て・・・」
「仕方ねえって。そうだな、冷蔵庫にあるもんで、なんか適当に作るよ。おめえも少し何か食えよ。な
?」
 新一がそう言って笑うと、蘭もようやく微笑んで頷いた。
「よし、待ってろよ。俺がうまいもん作ってやるから」
「ふふ。期待しないで待ってる」
「にゃろお」
 くすくすと楽しそうに笑う蘭を残し、新一はキッチンへ入っていった。

「―――ん、こんなもんだろ。ら〜ん、出来たぞ〜」
 新一は、チーズオムレツの乗った皿を手に、リビングへと戻っていった。が・・・
「蘭・・・?」
 ふと見ると、蘭はソファの上で丸くなっていた。
「おい蘭、大丈夫か・・・?」
 一瞬、蘭の体に何か起きたのかと不安になったが、近くに行って見ると可愛らしい寝息が聞こえ・・
・ただ眠っているだけなのだと分かり、ほっとする。
「おい、蘭、起きろよ。一緒に食おうぜ・・・」
 声をかけてみるものの、蘭は一向に起きる気配がない。
 箱に一緒に入れられていたミニタオルを握り締めて丸くなっている様子はとても可愛らしく・・・
 新一の心臓が、どきんと音を立てる。
 ―――ちょっとくらい、いいかな・・・ちょっとだけ・・・
 そんなふうに自分に言い聞かせながら、新一はそっと蘭に顔を近づけて・・・
「ふ、ん・・・」
 突然蘭の口から漏れた声に、ビクッとしてまた顔を離す。
「ご、ごめ・・・?ら・・ん・・・?」
 新一の顔色が、さっと青くなる。様子がおかしい。
 さっきまではっきりと見えていた蘭の姿が、なぜか薄くなっていたのだ。
「なんだよ、これ・・・」
 低い声で呟く新一の目の前で、どんどん薄くなっていく蘭の姿。もう、下のソファの色が透けて見え
ている。
「蘭!おい、蘭起きろ!おいって!」
 慌てて大声でその名を叫び、体に触れようとしたが・・・
「嘘だろ・・・」
 新一の手は、蘭の体をすり抜けてしまった。
「蘭!蘭!消えるな!消えないでくれ!らぁーーーーーーーーん!!!」



「・・・んいち、新一!大丈夫!?」
「え・・・・ら、ん・・・・?蘭!!」
「きゃあ!!」
 突然がばっと起き上がり、自分の肩を掴んだ新一を、驚いて見上げる蘭。
「ど、どうしたの・・・?」
「・・・・ホントに、蘭、だな?」
「当たり前でしょう?どうしたの?何か夢でも見たの?うなされてたみたいだけど」
 不思議そうに首を傾げる蘭を、まだ信じられないように見つめる新一。
「夢・・・?ああ、そうか。夢か・・・。あれ、ここ、玄関・・・?」
 新一は、ようやく自分の置かれている状況を理解し始めた。
「仕事、大変だったのね。びっくりしたのよ。入って来たら、こんなところで寝てるんだもの。ね、大
丈夫?体、なんともない?」
 心配そうに自分を見つめる蘭を、新一は黙って抱きしめた。
「新一・・・?」
「大丈夫だよ・・・。おめえがいて、良かった・・・」
「ヘンな新一・・・」
 くすくすと笑う蘭の髪を、新一はいとおしそうに撫でた。
「・・・お誕生日、おめでとう、新一・・・」
「ああ、ありがとう・・・」
 そうだ、今日は自分の誕生日・・・。蘭と2人きり、ゆっくり過ごすことにしようと思ったのだが・
・・。
「あのね、ここに来る途中に、志保さんに会ったの」
 蘭の言葉に、新一の動きがぴたりと止まる。
「博士と2人で、誕生日プレゼントを用意したから、後でここに来るって・・・・新一?どうしたの?」
 蘭は、新一の顔を見上げて、その表情が強張っていることに気付いて言った。
「・・・・出かけよう」
「え?ど、どこに?」
「どこでもいい!早く行くぞ!!」
 突然立ち上がり、そのまま外に出ようとする新一に、蘭はわけがわからないままついていく。
「ね、ねえ、でも志保さんが・・・新一?ねえ、新一・・・」
 蘭の言葉には一切耳を貸さず、新一は蘭の手を掴んでずんずんと歩き出した。
 
 ―――今日だけは、絶対あいつと関わりたくねえ。ぜっっったいーーーー!!!

 ものすごい勢いで蘭を引っ張っていく姿を、すれ違っていく人が何事かという顔で振り返っていたが
・・・いまの新一には、そんなことは問題ではなかった。とにかく、あの夢が現実のものにならないよ
うに、ひたすら阿笠低から離れるべく歩きつづけるのだった・・・。







                                                                                     fin.
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 新一君バースデー企画でございます♪サイトを始めて、初の試みという・・・うふふ。ごめんね、
新一君。なんか、コメディなのかシリアスなのか、中途半端なお話になってしまいましたが・・・。
お持ち帰り自由ですので、こんなものでよろしければ持っていってくださいね♪