give me chocolate! 



 「ら〜んちゃんvチョコちょうだいv」
 満面の笑みで、照れもせずにそうおねだりするのは、毎日のようにここ、工藤邸に足しげく通ってい
る男、黒羽快斗。
 そして、その快斗の言葉を聞いて、寝そべっていたソファからがばっと起き上がったのは、いまや全
国的に名の知れた高校生名探偵、工藤新一。
「快斗っ、てめえ―――!」
 殺気立つ新一の横で、大きな瞳をまん丸に開ききょとんとしているのは、新一の恋人であり、快斗の
想い人でもある毛利蘭。
「チョコ、欲しいの?快斗くん」
 不思議そうに聞く蘭を、ギョッとして新一が見る。そして、快斗は嬉々として
「うん、欲しい!くれるの?蘭ちゃん!」
「うん、良いよ」
 そう言って、にっこりと微笑む蘭。もちろん新一が黙っているはずもなく・・・
「なっ、何言ってんだよ!?蘭!」
「新一こそ、何怒ってるの?良いじゃない、チョコくらい。待っててね、快斗くん。今もって来るから」
 慌てる新一をさらりとかわし、蘭はキッチンへと消えた。その後姿を、呆然と見送っていた新一は・・・
「あいつ・・・今日が何の日か、忘れてんじゃねえのか?」
 と呟いた。
 そう、今日は2月14日。バレンタインデーなのだ。その、今日という日にチョコレートを贈るとい
うことは、やはり特別な意味合いがあるもので・・・。今まで、そういう特別な日を忘れてしまうのは、
いつも新一のほうだった。自分の誕生日でさえ忘れ、いつも蘭に思い出させてもらっていた。しかし、
今年は蘭と恋人同士になってから、初めてのバレンタインデーだ。いつもチョコレートは貰っていたが、
今年はちょっと違う贈り物があるのではないかと・・・密かに期待していたりしたのだ。
 今日は土曜日で、学校も休みだ。いつもは学校で、女の子からたくさんのチョコレートを貰う新一も、
今年はまだ誰からも貰っていない。もちろん、今までとは違い、蘭以外の女の子からチョコレートを貰
うつもりなど毛頭なかったのだが・・・。
 しかし、いつも通り朝から新一の家に来て、掃除、洗濯、食事の支度をてきぱきとこなす蘭からは、
チョコレートが渡される気配はまったく感じられず。そうこうするうちに、昼過ぎにやってきた快斗が、
さらっとチョコレートをねだってしまったというわけだ。
「さあね。とりあえず、俺は蘭ちゃんからチョコレートがもらえれば良いや♪」
 ご機嫌な様子の快斗。新一の向かい側に座り、鼻歌など歌っている。先を越された形の新一は、八つ
当たり気味に快斗を睨みつけたが、まるっきり効果はなく・・・。
「おまたせ〜〜」
 にこにこと、無邪気な笑顔をたたえてやってきた蘭は、お盆に3人分の飲み物と、ハート型のチョコ
レートケーキを乗せて持っていた。
「うわっ、うまそ〜〜!これ、食べても良いの?」
 感激する快斗。それを見て、照れくさそうに頬を染めて微笑む蘭はとてもかわいくて・・・。思わず
見惚れてしまう新一だったが、そんな場合ではないと我に帰り、
「ら、蘭!そ、そのチョコレートケーキ、おめえが作ったのか?」
「ん?そうよ。新一は、どうする?」
「ど、どうするって・・・」
「だって、新一、甘いものあんまり好きじゃないでしょう?これ、食べれる?」
「あ、新一食べないんなら、俺が新一の分も―――」
 快斗がここぞとばかりに身を乗り出すのを、今度こそ食い止めようと、新一は快斗の言葉を遮った。
「食べれる!」
「あ、そう?じゃあ、これ2つに切るね?」
 そう言って、にっこり微笑む蘭。その笑顔はとてもかわいく、快斗はそんな蘭に見惚れていたが、新
一はどうにも納得いかなかった。
 蘭の手作りのチョコレートケーキ。それは、どう見てもバレンタインデー用である。蘭が、今日とい
う日のことを忘れているとはとても思えない。それなのに、蘭はそれについて一言も触れようとせず、
しかもこのチョコレートケーキを新一だけではなく、快斗にも食べさせようとしている・・・。
 ―――一体、どういうことだ??
 ハート型のケーキを綺麗に2つに切り分けると、快斗と新一の前にどうぞと置く。快斗は、嬉しそう
にそのケーキにフォークを刺したが、新一は手をつけようとしない。
 蘭が、不思議そうに新一を見て、首を傾げた。
「食べないの?新一」
「・・・あのさ、蘭」
「何?」
「これ・・・バレンタインデー用のケーキじゃねえのか?」
 恥ずかしい気持ちを抑え、思い切って聞いた新一に、なぜか困ったような表情の蘭。
「蘭?」
「そう、だったんだけど・・・」
「だったって・・・どういう意味だよ?」
「だって・・・新一、バレンタインデーのチョコレートはいらないんでしょう?」
 思いもよらなかった蘭の台詞に、思わず新一の目が点になる。
「―――はァ?なんだよ、それ」
「だって・・・隣のクラスの子が言ってたの、聞いちゃったの。新一が、今年は誰からもチョコレート
を受け取らないって言ってるんだって・・・」
「・・・・・・・」
 ・・・確かに。隣のクラスとの合同体育の授業のとき、「良いよなあ、工藤は毎年余るほどのチョコ
レートが貰えてよォ」と言って冷やかしてきた隣のクラスの男子に言ったのだ。「今年は、誰からも貰
うつもりねえよ」と・・・。
 だが、それは「蘭からのものを除いては」という意味。晴れて恋人同士となった2人。彼女がいれば
至極当然のことと、新一は思ったのだ。もちろん、その場にいた誰もが新一の言いたいことは分かった
し、たぶんその話をしていた隣のクラスの女子だって、そんなことは分かっていたはずなのだ・・・。
「・・・で・・・?」
「え?・・・だからね、渡すのやめようかなって思ったんだけど、せっかく材料も買ってあったし・・
・。バレンタインデー用としてじゃなければ、食べてくれるかなあって思って・・・。だめだった?」
 伺うように、不安げな視線を新一に向ける蘭。新一は、体中の酸素を吐き出すかのような、盛大な溜
息をついたのだった。
「・・・おめえな・・・俺が、何で誰からも貰うつもりねえって言ったのか、わかんねえの・・・?」
「え・・・?え―と・・・甘いもの苦手だし・・・たくさん貰いすぎて、持って帰るの大変だし・・・
お返しが大変だから・・・?」
 天井を見つめ、考えながら思いつく理由を並べてみる蘭。それを見て、新一はがっくりとその場に突
っ伏してしまった。
「し、新一?どうしたの?」
 蘭はわけがわからず、新一を見ていたのだが・・・。
 それまで、黙って2人の会話を聞いていた快斗が、堪えきれなくなったかのように、急にぷーっと噴
出してしまった。
「か、快斗くん?」
 突然笑いだした快斗を、びっくりして見つめる蘭。新一は、苦虫を噛み潰したような顔で快斗を睨む。
「・・・笑ってんじゃねえよ」
「クックック・・・わ、わりい・・・。蘭ちゃん、サイコーv俺、蘭ちゃんのそ−ゆーとこ、大好きv」
 快斗の台詞に、顔がゆでだこのように真っ赤になる蘭。しかし、なぜうけているのかはさっぱり分か
らない。
 ひたすら笑いつづける快斗と、膨れっ面でそっぽを向いている新一。蘭はだんだん面白くなくなって
来た。
「もう!どういうことよ?」
 ぷうっと膨れてしまった蘭に、快斗が慌てて笑いを止める。
「ごめん、ごめん、蘭ちゃん。教えるからさ、怒らないでよ」
 その言葉に、蘭は伺うような視線を快斗に向けた。
「・・・要するに、新一の欲しかったものはこれなんだよ」
 と言って、快斗が指差したのは、半分に切られたチョコレートケーキ。
 蘭は、きょとんとしてケーキを見る。
「これ・・・?」
「そ。他の子がくれるチョコレートはいらない。でも、これは欲しいんだ。だろ?新一」
 ニヤニヤしながら視線を送ってくる快斗には答えずに、ふん、とあさっての方向を見る新一。その顔
は真っ赤だ。
 快斗の言った言葉を頭の中で繰り返しながら、新一の顔をまじまじと見つめ・・・。
 たっぷり1分も考えた後、ようやく蘭の瞳が驚きに見開かれる。
「え・・・え〜〜〜!あ、あれって・・・そういう意味だった・・・の・・・?」
 ばつの悪そうな顔で、蘭に視線を戻した新一は・・・。
「・・・普通、そういう意味だろ?」
「そ、そうなの・・・?」
 赤い顔で、快斗に確認するように、上目遣いで見つめる蘭が、堪らなくかわいくて。快斗は思わず蘭
の艶やかな髪に手を伸ばした。
「ま、受け取り方は人それぞれだからね。蘭ちゃんが悪いわけじゃないって。おかげで俺も、蘭ちゃん
のチョコレートv堪能することが出来たしね」
 快斗の指が、蘭の髪に軽く触れたところで、新一の手がバシッと快斗の手を弾いた。
「おめえは、調子に乗ってんじゃねえよ!」
「いってえ・・・。良いじゃねえか、少しくらい分けてくれたってさ。どうせ甘いもの苦手なんだろ?」
「うっせー!これは別なんだよっ」
 すっかりご機嫌を悪くしてしまった新一に怒鳴られ、快斗もむっと顔を顰める。
 蘭はおろおろと2人の顔を見比べ、どうにかフォローしようとするが・・・
「あ、あの、ごめんね!わたしってばすごい勘違いしてたみたいで・・・。えっとね、実はもうひとつ
用意してるの!これは、新一に食べてもらおうと思ってたやつで、快斗くん、来るかどうか分からなか
ったから、会った時に渡せるようにと思って、これ・・・」
 と言って、自分のバッグからがさがさと取り出したのは、可愛らしい巾着。
「はい!」
「へ・・・これ、俺に・・・?」
 快斗が、目をぱちくりとさせる。
 その光景を、新一は呆気に取られ見ていたが・・・
「ちょ、ちょっと待てよ!何で快斗の分まで用意してんだよ?」
「え?だって、新一だけにあげたんじゃ、不公平かなって・・・。あの・・・」
 見る見る顔色が変わっていく新一を見て、蘭は、さすがに自分の行為が今の状況に不適切だったこと
に気付き、その目を新一からそらせた。
「・・・すっげー嬉しい・・・蘭ちゃんが、俺にチョコレート・・・」
 1人、感激している快斗。新一は、そんな快斗をギロリと睨みつけると、ひくひくと口を開いた。
「・・・出てけ・・・」
「え―――?何でだよ?こっちのケーキ、まだ食い終わってねえのに・・・」
 ぶちぶちと文句を言いつつ新一に顔を向けた快斗は、この世のものとは思えないほどものすごい形相
をした新一の表情に、言葉をなくす。
「し、新一・・・」
「出てけ――――――!!!!」


 快斗が一目散に逃げ出し、シーンと静まり返った部屋で・・・
「蘭・・・」
 新一の低い声に、蘭がその身をぴくりと震わせる。
「は、はい・・・」
「わかってるだろうな・・・」
「な・・・何を・・・?」
「今日は、かえさねえからな!」
「・・・・・・・」
 新一の言葉に、ただ引き攣った笑みを返すしかない蘭だった・・・。

 ―――う・・・快斗くん、戻ってこないかしら・・・

 もちろん、今日ばかりはそんな願いも通じることはなかったのだった・・・。







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 バレンタインデー企画でございましたv
 うふふ・・・新一、暴走してます・・・。かわいそうな蘭ちゃん。
 個人的には、快斗に助けさせたかったのですが。さすがに新一がかわいそうな気がしたので、
 これで終わらせてしまいました。どうでしたでしょうか・・・?